AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 三人のリンダ・・終われない"強要"

<<   作成日時 : 2017/06/30 18:53   >>

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「試練は続いています。映画が上映されるたび、私は観客の前でレイプされ続けるのです」「私がどれほど苦しんだか分かってもらうのは難しい。でも"恐怖"を知っている人ならすぐに分かるはず」


三本の映画、いや"三人のリンダ"について書こうと思う。
彼女、リンダ・ラブレイス(1949ー2002)、45年前"出演強要"された、一人の女性。

「ディープ・スロート」
(72年 米 監督ジェラルド・ダミアーノ)
製作費約550万円。興収6億ドル?!
史上、最も成功したハードコアポルノ映画。

「インサイド・ディープ・スロート」
(2004年 米 監督フェントン・ベイリー&ランディ・バルバート)
およそ2年の歳月をかけて「ディープ・スロート」を巡る人々にインタビューした記録映画。

「ラヴレース」
(2013年 米 監督ロブ・エプスタイン&ジェフリー・フリードマン 主演アマンダ・セイフライド)
「ディープ・スロート」に主演した女優リンダ・ラブレースの伝記映画。

「インサイド・ディープ・スロート」は、もう老人となった監督ジェラルド・ダミアーノのコメントから始まる。
「今は、素晴らしい時代。"論争"の時代だ。コインの片側には検閲なしへの支持派。だが、もう片側には反対派がいて、国民が見たり読むものは、政府が決めるべきと言う」
発端は成人映画「ディープ・スロート」だ。 72年6月、NYタイムズ・スクウェアで初公開。
エリカ・ジョング(作家)
「精神分析医の所で試写があって、皆、マリファナ片手に見てた」
ルース・ウェストハイマー博士(女性)
「これで性を語ることへの風当たりも和らぐと思って私は大喜び。米国も変わると」
カミール・パーリア(女性、社会学者 作家)
「この映画は、性史における画期的な出来事よ。中産階級の立派な女性が初めてポルノ映画館へ。"たしなみ"という古い慣習を打ち砕いた」
ジョン・ウォーターズ(映画監督)
「新しい自由の印だった。ポルノ劇場へ映画を見に行って、女性がフェラチオするのを見るなんて初めての体験だった。今の人には想像しにくいよ。あの解放感。あるいは不快感だとしても」
チャールズ・キーティング(ポルノに関する科学委員会の委員)
「堕落の大波が米国人の心と魂を呑み込んだ。かつてないほどに」
政府の高官?警察関係者?
「今や米国の顔は黒く汚れきっている。我々が国中に不道徳な輩をのさばらせているからだ」
初老の一般婦人
「見たわ、良かったわよ。ワイセツな映画を見て見たかったの。でも堂々と見る権利が欲しいわ。"女は見るな"なんて言われたくないわよ」
ラリー・パリッシュ検事
「人間存在の中核を脅かす作品だ」
監督ダミアーノ
「2年半も上映され続け、驚異的な成功を収めている。唯一論争のおかげだ」
いい映画だと?
「・・いいや・・そうは思わない」

論争・・45年前から続く論争。
構図は何も変わっていない。
ポルノ支持か反対か。検閲は是か非か。
この国もかつてはそうだった。
「黒い雪」裁判、日活ロマンポルノ裁判、「愛のコリーダ」裁判。
だが、今は違う。
ポルノを巡る最新の論争は"アダルトビデオ出演強要問題"。
AVの支持か反対か、ではない。検閲に至ってはとっくの昔から当たり前にモザイクが幅を利かせている。
では、何が論争か?
"出演強要"などは無論誰も支持していない。
問題はその対策、つまり被害を無くすための方法論・・その過程で生まれてくる"法規制"と"表現の自由"、そしてさらには、被害者にもAV女優にも関わってくる"人権問題"。
複雑なのだ。面倒過ぎるのだ。
強要は許さない。でも、だからAVも許さない?法規制すべし?表現の自由なんてAVには無い?AV女優の人権なんてどうでもいい?!
今やAVなんて試写など不要、ネットでタダで18歳未満だって見ようと思えば誰でも見れる。マリファナなんかでハイになる覚悟?もいらない。
だからと言って、性を語ることへの風当たりが和らいでいるとはとても思えない。この国の古い慣習は数々のワイセツ裁判の頃と何も変わっていない。AVなんて建前上は、誰も"見ていない"。それが立派な大人の"たしなみ"。
解放感?あくまで表層的。
不快感?たとえあってもなぜか野放し・・本音は"見たい"。
AVによる堕落の大波が国民の心と魂を呑み込んでいるのだろうか。我々の顔は黒く汚れきっているのだろうか(黒く、なんて言い方もとんだ差別のはずだが)。国中に不道徳な輩、つまりAV業界人とAV愛好家をのさばらせているのだろうか。
堂々と見れない。女が見る、というと男共は蔑む。
AVは、人間存在の中核を脅かすほどのものか?いいや・・そうは思わない。
この曖昧さ、狡猾さ、この国のAVならではの潔さの無さ、モザイクに頼った欺瞞性。
論争にもなっていないのかもしれない。
皆、本音を隠しているように見えるから。揃いも揃って、モザイク越しにしか何も語り行動していないように思えるから。
アメリカンハードコアポルノには、モザイクなんかない!
我々はまずこの事実を前に恥じるべきかも。
そして出演強要問題の本質から何かと外れ続けるばかりであることを、我々全員が被害者に対し恥じ入るべきかも・・。

ドキュメンタリー映画「インサイド・ディープ・スロート」はまず、ジェラルド・ダミアーノのポルノ監督以前の人生を追う。
「美容師は楽しかった。女性と関わる仕事だからね。1人の女性の髪を毎週のようにいじってると、夫婦の話も聞く。"夫と映画に行った"とか。すると、どうも世の妻たちはあまり幸せそうじゃない。結婚相手でまだ愛しているはずの人との関係が冷えてる。40年も夫婦をやっていれば飽きるさ、普通のセックスに。司祭のように親身になった。僕が司祭だとは言わないが、懺悔を聞くようだった」
デニス・ホッパーによるナレーションが入る。
『美容院で懺悔を聞くうちに彼は思った。ここは、性革命の最前線だ、と』
ヒュー・ヘフナー(「PLAY BOY」の発刊者)
「私らが育った時代はまだセックスがタブーの時代だ。若者には赤ん坊の出生もナゾ。知りたいね」
ゴア・ヴィダル(小説家)
「ダミアーノは仲間の米国人の無知を思った。生物学も知らない。本も読まない」
避妊は悪と説く神父の顔のアップ。
劇映画「ラヴレース」もそんな時代から物語は始まる。
リンダの母は、厳格なクリスチャン。
娘のリンダへの門限等のしつけは厳しく、妊娠したリンダの子を勝手に養子に出し「ふしだらな娘」と断罪する。
リンダの父は元警官、大戦中は陸軍で活躍。夫婦仲は決して悪くないが、会話は少なく、和らいだ雰囲気は希薄で、常に冷ややかだ。
そんな家庭に息がつまるのか、21歳のリンダは、ローラースケート、バンド、パーティー、クスリといった時代に染まっていく。そして「プロダンサーにならない?」というスカウト的な誘いから、チャック・トレイナーという男と出会う。リンダの家族の前では海兵隊出身の好青年を演じながら、両親のいる家の台所でこっそりセックスを求める。「俺の女だろ?」「・・あなたのものよ」
チャックは外に連れ出し、ベッドに誘う。
「郊外に住んでる頭の固いバカども。取り澄ました顔で教会に行く連中。そんな奴等は、くたばれ」
リンダは門限破りで母にぶたれたことがきっかけで、チャックと家を出る。
ノーマン・メイラー(作家)
「皆は規制の型を破って新しい生き方を模索した」

AVも「性革命の最前線」から生まれたのだろうか。
ピンク映画監督だった代々木忠氏が「オナニーシリーズ」なるAVに着手したきっかけは、一人のポルノ女優からこう言われたからだという。「監督、女ってそんなものじゃないのよ。女の性をわかってない」
それからまさしく司祭の如く親身になって女の話を聞くことで代々木監督はAV作家になった。それは男目線で性の映画を撮ってきた男の、逆懺悔の行為であったのだろう。
当時(今も?)この国では、セックスはタブーだった。無知だった。生物学も知らなければ、本も読まなかった。
それをAVが変えた?まるで神父のように。本物の神父から悪?と否定されながら。
一方でセックスでもって女をスカウト?する男は今も昔も絶えない。
タブーにするから、こういう輩が、「俺の女だろ?」と若い女性の心理につけこむ。悪魔教のように。表と裏を巧みに使い分け、洗脳を行使する。それを、型を破った新しい生き方だと、思いこませて。
AVが性の探求と女性への懺悔の革命から始まった一方で、いつの時代も若者を誘惑する人生突破への甘い罠は、まるでAVスカウトだ。
そして今、女性に懺悔しながらAVを撮っている監督なんて何人いるだろうか?
AVは立派な仕事、そう思わない奴は、くたばれ、とばかりに、魅惑の言葉と裏表の使い分けによって道行く女性たちを「俺(AV)の女だろ?」「そうよ、AV女優よ」
と引きずり込んでいる輩にAV業界は支えられていることを誰が否定出来るだろうか。

「インサイド・ディープ・スロート」によると、御婦人達から「セックスの描き方が淫らよ」と言われつつケネディ大統領夫人が見たということで「私は好奇心の強い女」(67年 スウェーデン)というポルノ映画がヒットしたそうな。
F・コッポラ(映画監督)
「セックス・シーンが目的でもいい。人間の興味深い感情の1つだ」
その実際の現場は
ジョージナ・スペルヴィン(アダルト映画女優)
「70年代初めのハードコア・ポルノの撮影なんて、夏の軽演劇みたいなものよ。お手軽に"うちの納屋で撮ろう"と」
AVと同じだ・・僕の初出演(88年)も当日依頼、メーカーのあるマンションの踊り場での擬似レイプだった。
そしてダミアーノの同僚だった男が語る。
ロン・ヴェルトハイム(アダルト映画監督)
「(ポルノを撮ろうとした)ダミアーノの動機の一つは・・女優と寝ること。本当さ、実行してた」
だが、片方ではなぜか、"独立系映画作家"という言葉が勝手に生まれ、彼らはそれにも?乗っかった。
つまり気分は作家。ゴダールになったつもりで・・。

出演強要も、現場での強要も昔からあった。
むしろAVの本当の歴史はそこから始まった、と言っても当時の業界人に反論は出来ないだろう。
無人島に連れていってギャラさえ積めば、何も聞かされていなかった若い女性もカリスマ監督相手に駅弁ファックするしかなくなる。
気に入った女優なら監督権限で必ずハメ撮り、それもカメラを回しもしないで堂々つまみ食い。
プロダクションと結託してのハード強要。「あの子、潰しちゃっていいですから」
そのくせ気分はドキュメンタリー作家?
「本物の表情が撮りたい!」「段取りなんて面白くない!」「女優じゃなくて男優を騙すんですよ、本気でレイプさせるために」「お前なんかで売れるか?アナルやるぞ!」
淫らな性ではない。苦痛、恐怖、慟哭、絶望、自棄・・人間の興味深い感情の1つ、また1つ。
お手軽だった。女優に対しての意識が。
現場に連れてくればこっちのもの。カネさえ払えば何でもする。恥ずかしくて後から訴えたりするはずがない。どうせAV女優だろ?
加害者意識?そんなもの・・全然なかったのだから!「女優と寝」たい男達には。

しかし当時セックスを合法的に上映出来たのは、性教育映画だけだった。
ダミアーノ
「なぜ医者に指導されなきゃならない?僕は"つべこべ言わずにやろう"と言いたかった。セックスは恥じゃない」
『だが、危険は大きかった。逮捕と拘束のリスクに加え、ポルノ映画界は事実上、犯罪組織が牛耳っていた』
アンドレア・トゥルー(アダルト映画女優)
「今の若い人はお金が目当て。でも昔は反体制の活動だった」
ダミアーノ
「僕は発信すべき時だと信じてた。"セックスは素晴らしい。肉体は美しい。恥じゃない"と」

セックスは恥じゃない。法を犯すことも恥じゃない。反体制運動だから。
だのに犯罪組織との関わりは今なお断ち切れない。元々アブない商売だから。金目当てだから。
君のセックスは素晴らしい。君の肉体は美しい。AVに出ることは何も恥じゃない。
業界人達は女優にひたすらこう言い続けた。アジテーションをやめなかった。
犯罪組織みたいに恫喝はしない。でもそれだけ。カネのため、の発信であることに何の変わりもない。
つべこべ言って、稼ごう!

そしてダミアーノは女優リンダ・ラヴレイスと出会う。
ダミアーノ
「僕にはずっと(リンダは)"普通の女の子"だった」
『彼女は、ブティックを開くのが夢だった。チャック・トレイナーと出会うまでは・・』
パッツィー・キャロル(リンダの高校時代の友人)
「逃げ道ができたの。両親の家に居ずらかった頃で、彼が逃げ道になった。でも何だか変だったわ。"タバコをやめた"と言うので"どうやってやめたの"と聞いたら"チャックが催眠術をかけた"と」
一年もしないうちに二人は結婚する。
バーバラ・ボアマン(リンダの姉)
「妹があいつと出会った日を呪うわ。私に殺される前に死んで、あいつは幸運よ」
「ラヴレース」によると、バー経営に失敗したチャックは借金まみれとなり、リンダに売春を強いるようになる。
「二人で乗り切るしかない」と迫り・・そして。
ダミアーノ
「ある日、チャックが事務所に来て、別の映画のネタを探していた僕にリンダを推した。タイトルは未定だったが、彼女はフェラがうまい、と。僕は面白いと思って男優と絡ませてみた。その映画のために軽くね。だが彼女の技に目を奪われて思わずカメラを止めた。僕は思った。"何てユニークだ、これだけで一本撮れるぞ"と」
たちまち撮影が決定した。
レニー・キャンプ(ロケーションマネージャー)
「私にとっちゃ価値のないクズ映画にすぎん。史上最低のポルノの一本だ。私らがいなきゃ奴(ダミアーノ)はただのクソ。実際にクソ野郎だ」
キャストはポルノ俳優ではなく全員ド素人。そしてダミアーノは、演技なんて何ひとつ知らず・・だが、カメラの回り出す音で自在に勃起する主演男優(元々スタッフだったのが、いきなりデビュー)ハリー・リームズは言う。
「だが彼(ダミアーノ)自身セックスが好きだ。人をムラムラさせる術は心得ていた」
そしてリンダのフェラは凄かった。それまで自然に反する汚れた忌むべき行為とされていたフェラチオが、豊かな行為として認識された。さらには(女性学者によれば)それまで男のものだけだと言われていたオーガズムを、女のものとしても、女もイクんだと納得させた。
だが実際にはリンダのスロートは売春をさせられていた頃、客を早く満足せるための技術、つまり少しでも苦役の時間を短くするための、リンダにとっては生きるための抵抗手段でしかなかった。
その前提としては、チャックのサディスティックなセックスを受け入れ続けるしかなかったためでもあった。
「お前は俺の女房だぞ。痛かった?情熱だよ。愛してる。(そんな顔するなよ)。俺のリンダはどこへ行った?俺のものだろ?」「そうよ・・あなたのものよ」

一人の男との出会いが、一人の女性の運命をAVに向かわせた例は男優人生30年でいくらでも聞いた。現場受けを良くしようと、努めて淫乱なふりをしていた女優も少なくなかった。
だが、それが男と二人での幸せに繋がっていったかどうか・・絶えず色情を演じることに疲れた頃、業界側から「何だ、あの女、本物の好き者だよ、ただの馬鹿オンナだよ」と裏切られた女優の話は、今でも耳にする。
"普通の女の子"だった。
それがみんな、家庭から逃げ道を強いられ、稼いで生き抜くためにハードテクを身につけ、男から少しでも許され続けようと、肉体をギリギリまで酷使した。AV女優だろ?と言い聞かされながら。
顔面シャワー、処女喪失、乱交、アナル、異物挿入、生中出し、ぶっかけ、潮吹き、ドリルバイブ・・。
これが性の解放だろうか。女性の進出だろうか。フェミの勝利と言えるのだろうか。

だが、ここで政治が介入する。
ニクソン大統領
「子供にハードコア・ポルノを見せるのなら、新しい道徳的リーダーが国民に力を持つべきだ」
『「ディープ・スロート」の撮影前から政治とポルノとの衝突は必至だった。68年政府は科学委員会を設け、ポルノの有害性を検証』
"ポルノに関する委員会報告書"
「今日、結果が出ました。委員会は"ポルノに関する法律は廃止を"と提言。"法律はムダであり、ポルノも大人の脳には無害のようだ"と」
ジョージナ・スペルヴィン(アダルト映画女優)
「いい時期はほんの一瞬だった。でも社会は見せたの。少しは性的に大人になる素振りを」
『大統領が指名したキーティング委員は、異論を唱えた』
キーティング
「ワイセツ物は有害だ。社会に悪影響を与える」
彼は悪名高い検閲活動家だったが、後には金融不正で刑務所行きになったとか。
しかしニクソンは
「私の任期中は、ポルノ排斥の手は緩めない。国を挙げてかかる」
『ニクソンは報告書の公表をやめさせ、検証結果を葬った』
結果、政治的に死んでいたはずのニクソンが大統領に再選。ポルノ弾圧はとてつもなく巨大な力を振るい始めた。
ゴア・ヴィダル(小説家)
「彼は標的を知っていた。性(ソドミー)だ。鳴らされたゴングのように国民は共振した。"性が問題"という指導者の偽りを信じた。国家が偽りだらけだと、真実を見失う」

委員会?報告書?
今と同じだ。政治と無関係では決していられないことを。
そもそもこの手の問題に限って、すんなりと超党派になる。国民から反対されることもなく、当たり前に票を集めやすいから。
そのためには、ワイセツ物は社会にとって有害、としなくてはならない。出演強要は「相次いで」いなくてはならない。AV業界は悪質で、存在自体が社会に、つまり国民、要するに有権者に悪影響を与えるものでなくてはならない。
さらにこの国の政治は進歩したのだ。
AVがワイセツか否か、では社会全体の支持は得にくい。それよりは出演強要という明らかな犯罪を撲滅する活動、とした方が遥かにハズレがない。そのためのリーダーなら誰からも支援される。国民は何の疑問もなく共振してくれる。
"出演強要が問題"そのものには何の偽りはない。だがその先にある偽り、それを支える偽り、偽り自体の目的・・誰もが真実を見失う。
けれど国家が偽り、である以上に、AVそのものも偽りだ。業界も偽りでやってきた。国民も偽りで放置してきた。皆、それを自覚しているから・・声はブれる。被害者に冷たい。

「ディープ・スロート」は浄化作戦の恰好の標的にされた。「ディープ・スロート」を叩けば、ほかの訴追もうまくいく、と。
ハーブ・カスナー(「ディープ・スロート」裁判・弁護士)
「3度も強制捜査は行われた。3度目はカメラも入った」「政治的な狙いだ。もし、捜査を記録しないと、市民に示せない。警察はきちんと仕事している、と」
(当時もこう答えている)
これはポルノですか?
「もしポルノなら警察は正しく摘発すべきだ。だが大挙して押しかけたり、看板を撤去したり、まるでゲシュタポだ」
そして迎えた裁判。
『弁護側は専門家を立て、単なるワイセツ物ではなく啓蒙的な作品だと主張、女性も性的に満足を得るべき、というのがテーマだ、と』
『検察側も専門家で対抗。性的満足は女性には危険だ。この映画は誤ったオーガズムを強調してる、クリトリス・オーガズムを。それが健康的でノーマルなのだ、と。女性に必要だ、と。だが、それは間違いだ。この映画は女性の無知を助長する』
何と当時は、本当のオーガズムはペニスの挿入中だけだと言われていたらしい。つまりペニス、男性のためだけにあるのだと。

TVカメラの前・・この一年、何人もの業界人が連行され素顔、本名を晒された。ゲシュタポ?最初にそう呼んだのは業界側の方だったが・・。
啓蒙・・AVは何を啓蒙している?女性も性的に満足を得るべき・・だから大量潮吹き?乱交生中出し?失神するまで強制連続イカセ?
AVで求められるオーガズムは昔から女性にとって危険ではなかったか。誤ったオーガズム・・顔面シャワー、生本番、潮吹き・・を強調してこなかったか。女性の無知、いや男の無知こそを助長し、性の被害者を増やしてこなかったか。これがフェミ?
AVは所詮、今も昔も男性のためだけにあるというのが大原則でしかない。だから紳士を気取る男達こそ、AVに関わることを恥じ、隠し、逃げる。AVを巡っての裁判なんて、男達は誰も出廷しないだろう。女達ばかりに証言させて、傍聴さえしないだろう。まるで、イクのは俺たち男だけでいい、女は黙ってろ、の逆の構図。
ゲシュタポが秘密警察なら、本質的により近いのは一体どっちだ?規制側か、業界側か。

だが裁判で余計に映画は大ヒットを続け、タイムズ紙も絶賛し、著名人もこぞって鑑賞した。
リンダは一躍セレブの仲間入りを果たし、TVカメラの前では誇らしい笑顔を振りまいていたものの、彼女は秘かに友人パッツィと姉バーバラに謝っていた。友人は亡くなった人を想うように泣き、姉はこう声をかけた。
「怒ってないわ、あの女は他人だもの、私のリンダじゃない」
映画「ディープ・スロート」はワイセツ物とされNYでの上映が禁止になった。その後全米各地で上映禁止が相次ぎ、遂にはFBIまでもが乗り出し、まずダミアーノが逮捕された。製作資金を犯罪組織から補っていた彼はマフィア扱いされ、そして本当に身の危険を感じ、この大ヒット映画の権利を自ら手放した。「奴らに脚を折られないためさ」
そして以降も劇場は上映のたびにマフィアに絡まれ、収益の半分を巻き上げられたらしい。もし拒めば劇場は容赦なく焼かれ・・。しかし一方ではハリウッドの映画産業にも大きな影響を与えた。
リンダ
「先駆者として言うと、普通の映画と所謂ポルノが合体すればいいと思うの。2つの業界の合併よ」
『だがその合体は起こらなかった。代わりにニクソン指名の4人の裁判官がいる最高裁は73年6月、ワイセツ法を大幅に改正した』
当然、規制強化、それによる一斉取り締まり。
リンダ
「そもそも規制するなんておかしいわ。検閲なんてなくすべきよ」「(検閲は)個人の自由とか、何かを決める権利を奪うもの。検閲はヒトラーみたい。あんなふうよ」
リンダはすっかり、セックス革命のシンボル!として祭り上げられていた。

家族は認めない。監督も命惜しさに権利を捨てた。どちらも人間として自然な行為だ。
だが、女優はシンボルだ。女優には、家族はいらない。映画だって、監督の名前が無くても上映出来る。女優だけで客を呼べる。
アダルトの世界では、女優は常に先駆者にさせられてきた。
日活ロマンポルノ第一作「団地妻 昼下がりの情事」(71年)の主演女優白川和子は、間もなく結婚引退し、本物の団地妻になろうとしたところ、"ポルノ女優を団地に入れるな!"とバッシングされたらしい。
AV女優として唯一「朝まで生テレビ」にも出演し、まさにセックス革命のシンボルにされた御嬢様女優は、愛人の監督に棄てられ、訴訟の果てに自殺未遂・・隠棲した。
どちらで生きろ、と言うのか?家族としてか、シンボルとしてか。男達だって危険の中で生きている。無法の側からは、いつ焼かれるか、足を折られるか。法の側からは、ヒトラーの政策の如き検閲制圧・・。
だが、少なくとも男達は金儲けする自由と権利を自分で選択しての結果であり、報いでもある。女優達がもし、個人の自由、何かを決める権利を奪われて出演強要されていたとしたら・・法も無法も彼女達の本当の味方になってくれるだろうか?家族のように守ってくれるだろうか?
「あの女は他人だから」
ポルノに関わった全ての男達はこう言い続けてこなかったろうか。

『3年に及ぶFBIの捜査を受けて、政府は極めて大掛かりな裁判に着手。「ディープ・スロート」を始め、ポルノ映画を永遠に葬るためだ。合計117人もが共謀の容疑で起訴された。配給業者から映写技師まで。そして一人の男が見せしめに使われた。監督も女優も放免。男優だけ例外だった』
本番男優ハリー・リームズは起訴された。全ての公判を担当するのは若き検事補ラリー・パリッシュ。在野のプロテスタント説教師で、何よりワイセツ物の一掃に燃える男、といわれた。
ダミアーノ
「(パリッシュは)態度も尊大だった」
パリッシュ検事
「人は法を破るなら、報いを覚悟せねば。法の下、義務がある」
ダミアーノ
「訳知り顔の者が、自分だけ正しいかのような態度だ。それ以外の者は全員間違っていると」
パリッシュ
「合法か違法か、単にそれだけの問題だ。私が情熱を傾けた点といえば、それは、法が破られたという、その一点だ。守らなくてよい理由などあるはずがない」「仮にこれが私の母でも、私は起訴した。保障する。もしも、の話だが」
『論証のため、彼は異例の共謀罪の行使に踏み切った』
ある犯罪に関わった者は無限の法的責任を負う、という論理だ。リームズはこれに対し、芸術家に実験を禁じるのは、表現の自由を奪うことだ、と反論した。
パリッシュ
「どういうわけか、彼は芸術家で芸術論争のようになった。"芸術を守る"という風に。だが最高裁と定義が違う」「彼らを男優や女優と呼ぶのは抵抗があるね。商売女とポン引きだよ。スクリーンではね。その程度のものだ。しかも彼らは、法というものの存在すら認めない。そんな人間にどうやって伝える?違法なんだと」

AV男優とは何者だろうか。ワイセツ物?当時ならそうかもしれない。だから逆に芸術家だと名乗ることも出来た。表現の自由を叫ぶことも可能だった。
だが出演強要問題では・・ポン引き?そこまでしたたかには生きていない。才覚もない。あるのは性欲だけ?その性欲自体が法を破っている?強要に加担している?
犯罪かもしれないから監督の指示を無視して現場を放棄した・・なんて男優の話、ただの一度も聞いたことがない!女優が泣こうがわめこうが、監督がスタッフがその女優を撮ろうとする限り、男優はヤル。無限の性欲をビジネスとして、プロとして掻き立てる。
まさに共謀罪!ある犯罪(強要)に関わった者は無限の法的責任を負う・・。
だから僕は「次に検挙されるのは僕かも」とマスコミの前で喋った。ただし、それは法的責任以前のことだ。
女優への責任、彼女達を現場で傷つけたことに対しての贖罪の義務。その瞬間なら僕はポン引きと言われても構わない。女優は断じて商売女などと誰にも呼ばせたくないが、男優なら構いやしない。芸術家なんてあり得ない。
僕にとって法とは、女優だ。僕がAV業界で唯一認める法律は、女優なんだ。女優だけが正しい。女優以外の全員が間違っている。尊大な思い込みだろう。その程度のものだろう。でもこれが僕の表現の自由だ。30年間、彼女達から伝えられた、僕だけの法なんだ。

陪審団は当初、リームズに同情的な雰囲気だったらしい。だが、スクリーンでの彼の姿を見るや、それが一変してしまったのだとか。
リームズ
「人生の終わりを感じてた。僕という人間が邪悪とみなされて。悪魔か何かのように」
あるTVコメンテーターは彼にこう言った。
「君ごとき人間に語る資格はない。表現の自由は、君のための法じゃない」
リームズは、5年の刑を宣告された。ハーバート大教授は言う。
「裁判の裏には、宗教団体の意志があった。初めて具体化させたんだ。彼らの考える道徳の概念を全米に当てはめるという試みをね」
ハリウッドはリームズ擁護に立った。J・二コルスン、W・ベイティ・・明日は我が身、として。だが、リームズは教授からこうも言われた。
「共和党が勝てば刑務所行き。民主党が勝てば無罪放免になる」
そしてウォーターゲート事件勃発。
『道徳の聖戦を仕掛けた男(ニクソン)は、勝利を味わうことなく辞職』
悪夢は消え、76年には早くもポルノ女優の歌う曲がヒットチャートのトップに輝く。ビデオデッキ普及の時代を迎え、民主党のカーター大統領が誕生。リームズの受けた刑は無効とされた。
しかし一般映画からの出演依頼に意欲を燃やした彼の前には、映画会社による直前の降板措置。
リームズ
「会社側は僕のことをこう考えた。主流の映画には向かないと。それでハッと気付いた。僕は自分に"汚名"を着せてしまったんだと」
アルコールとドラッグに溺れた彼は、家も仕事も友人も失い、サンセット大通りで物乞いをしていた・・。
『「言論の自由」で勝利してのこの敗北は、社会そのものの変化を反映していた』
カミール・パーヴィア(女性、社会学者、作家)
「米国は再び保守的な方向へと向きを変えた。性革命の頂点には到達しなかった」

何もかもが変わる?時代の波とやらによって。僕は時々脅えることがある。
僕の鬼畜AVを強要問題に関わる人々、特に人権団体の人達が見たとしたらどうなるだろうか。僕への態度が一変しても不思議はない。完全ブロックされてしまうかもしれない。邪悪な悪魔だと。
君ごとき人間・・AV男優なんて元々そんな風にしか世間から見られてこなかった。だが、そんな思想を支える道徳とやらも、アテにはならない。政治が変われば、覇権争いの成り行き次第で、道徳も宗教も法律だって変わってしまう。馬鹿馬鹿しいほど単純に。聖戦なんて権力の都合でしかないのだから。そして反動?振り子の揺り返しも起こる。ただし、見せかけの革新。変わったふりだけを繰り返す、虚飾の波。
僕もAV男優なんて肩書は汚名でしかないと思っている。勝利者気取りでなかった分、酒にもクスリにも溺れることはなかったが、さてこの先、行き着く果ては・・どのみち敗北に決まってるだろう。
この国も再び保守的な方向へと向きを変えているのかもしれない。いずれにしても性革命なんて、AVには無縁だったんだ。だから強要が起きたんだ。これからもきっと起きるんだ。AV業界こそ、保守的だから。

さらに最悪の検閲官でフェミニストと言われた女性が現れた。
スーザン・ブラウンミラー("反ポルノの女性たち"共同創設者)
「性革命なんてものは、女性の解放とは違うわ。ポルノ普及の言い訳よ」「男は女に屈辱的な役割を選んだ。女性を人間でなく、性の対象と見なしている」「あの(当時の)運動は、社会へのアプローチよ。反ポルノには立派な人道的理由があると納得させたかったの」
そして運動を支持したのは、米国一有名なポルノ女優で、引退し新たな家庭を築いていたリンダ・ラブレイスその人だった。リンダは自伝"試練"を出版し、73年に離婚した元夫チャックによる"出演強要"を赤裸々に公表していた。
リンダ
「全てを語ることが大事だと思ったの」「私は前夫の人質だった。1人ではトイレにも行けず、いつも監視され、彼のシャワーへも同伴、私が友達や家族と電話で話す時は、彼も内線で聞いてた。M16半自動銃を私に向けて」

出演強要は女性の解放ではもちろんない。AV普及のための犯罪だ。
業界は女性に、AV女優として稼がせるという屈辱的な役割を選んだ。被害者は人間ではなく、性の商品としての対象と見なされた。反AVには立派な人道的理由があると、納得させたかった・・・と、ここまで誰も言い切ってはいないが。
一応、AVそのものの存在は制限付きでも認めるとする規制派。でも業界派にしても、出演強要そのものの存在は制限付きでしか今だ認めていない。僕は被害者寄りだから、業界の歯切れの悪さ、いや往生際の悪さの方が気になって仕方がない。いっそ反AVとストレートに責め立てられた方がすっきりする。
世間の建前はそうなのだから。(でも、見たい)
本音でもその通りなのだろうから。(でも、潰れて構わない)
その考えを僕は否定しない。それも自由だ。全てを語ることが大事だ。被害者はいつだって、全てを語ることによってしか救われてこなかったのだから。

「ラヴレース」の後半にこんなシーンがある。映画出演前、売春を強いられた日々、夜中の二時に痩せ細ったリンダは母の元を訪ねていた。
「何の用?」
「お願いがあるの。しばらく戻りたい」
「この家に?ダメ、わかってるでしょ」
「なんで?」
「嫁いだ娘が実家に戻ったら世間がどう思うか。」
「・・彼、殴るの」
「・・・驚かないわ。何したの?」
「どういう意味?」
「何をして怒らせたの?理由があるでしょ?」
「!・・(涙目で)多分、彼に服従しないから」
「お前は神聖な誓いを立てたのよ」
「(泣いて)2、3日でいいの、お願い」
「その後は?離婚する気?うちはカトリックよ」
「ママは、わかってない!」
「リンダ・・・私は、お前の姉さんを18歳で産んだの。未婚でね。お父さんと出会うまでずっと独りだった。どれだけつらい思いをしたか」
「・・・」
「よくも私に"わかってない"なんて!わかるわよ」
「・・・」
「神が夫を与えて下さったの。お前を養う人よ。だから」
「・・・」
「(近づいて)私を見なさい。チャックの元に帰って、いい妻になりなさい。夫の言葉を聞き、それに従うのよ」
「少しの間でいいから、ここに置いて。1日でもいい。だから、どうかお願い。だって・・」
「聞きたくない!」
リンダは夫に連れ戻され、また暴力と恫喝の日々が続いた。

僕はこのシーンに泣いた。
母親さえ、あの時娘を信じてあげていれば、彼女はポルノ女優として今だに大衆の記憶に刻まれることはなかっただろうに・・。
我が子より大事な「世間」、「宗教」、「己の過去」、そして信念と言う名の強権。
被害者は常に問われる。
「なぜ?理由は?」
「あなたが決めたことでしょ?」
「言い訳するな!」
問い詰める側はいつも「わかっている」と確信している。神が世間が、誰よりその人自身がその信仰に絶対「服従」している。己が生きるために。被害者を生かすより、己自身が少しでも自尊と「神聖」に満ちて生きていきたいために。
家族でさえ、いや家族だからこその歪んだ偏見。愛憎に裏打ちされた冷酷極まる蔑視。
「私を見なさい」
何と傲慢な言葉であろうか!
まるで「業界はクリーンです!」と叫んだ単体女優。
まるで「女冥利に尽きますね」と不敵に笑った元カリスマ女優。
業界側は誰もがこう言う。
「ウチはちゃんとやってる、ヨソのことは知らない」「私は聞いたことも見たこともありません。私の周囲でもいません」
だから・・「ダメよ、撮影を拒否するなんて。発売中止になったら世間がどう思うか。業界人の家族が路頭に迷ってどれだけ辛い思いをするか。殴る?驚かないわ、何したの?理由があるでしょ?業界に従いなさい。あなたを養う人達よ。あなたは出演するという契約書に誓いを立てたのよ。さあ現場に戻って、いいAV女優になりなさい・・・これ以上、聞きたくない」
強要は、加害者だけが行なっているのではない。世間が、誓いが、業界という家父長が、それに寄生して己を守っている同性達が、そして暴力を常に抱えた男共が・・。
聞きたくない!奴等の自信満々の声を僕は、一日でも聞きたくない。

だが、TVの視聴者やコメンテーターは容赦なかった。
"あなたが変身したなんて信じられないわ。
囚人扱いも自業自得ではないのかしら?
攻撃されるのは子供時代の影響?
子供時代の体験から弱い人間になった?"
リンダの父は電話で娘に言った。
「お前の映画を見た。俺の娘とは思えなかった・・。父さん達の何がいけなかった?」
リンダの支持者が怒りも露わに司会者へ問い返す。
「イランの人質に聞く?大使館に囚われた原因は何か?と。違う話?同じよ、暴力だわ!」
ダミアーノ
「リンダは誰かの意見が必要なんだ。意見する者が側にいると安心できた。映画に主演できた時は喜んでた。だが誰かに悪いことを言われて、それを後悔し始めた。だが違うんだ。最初はとても喜んでいた」
「ラヴレース」で描かれた出演強要の実態。
「ディープ・スロート」撮影中、スタッフの談笑する部屋の隣から漏れる肉のぶつかり合うような夫婦の物音に「激しいな」と苦笑する業界人達。だが、中ではリンダへの容赦ないチャックの暴力が・・。
「いいか、俺が命令したら、どんなことでも言われた通りにやれ」

強要?絶対ない。
被害者は全員AV女優。
あなたに落ち度はなかったんですか?
職業に貴賤はないのだから、AV出演でトラウマなんておかしい。
想像しない業界人たち・・99%はいい状態で来る・・まるで共犯者だ。セカンドレイプだ!
45年前と少しも変わらない。
被害者がどれだけ泣いて訴えても受け入れない。業界側はどこまでも"自己責任"にしてしまいたいらしい。
法律だって変わるのに。政権だって、時代だって、どこか変わってきているのに。
信じない。自業自得。育てられ方の問題。弱い人間だから?
俺の娘・・マジョリティが共有する"普通"の人、だから強要なんて認めない。我々と同じ人間のはずだから。我々は何も悪くない。だから被害者こそが一番悪い!
暴力とは権力だ。
被害者になったことのない者は、それだけで権力者になっている。自覚なき、自省なき、絶対の暴君。
見えないところでの実に単純なカラクリさえ、想像もつかない強者の鈍さ、思考停止。
本当の恐怖がここにある。どこにでもある。誰にでもある。我々は共謀者だ。

86年、ミース委員会でのリンダの証言。
「試練は続いています。映画が上映されるたび、私は観客の前でレイプされ続けるのです」「8歳の息子が言いました。ママ、偉大な国なのに、なぜママをイジメるの?」
だが、政治はまんまと利用した。
『再び政府はポルノの影響に関する調査を開始。根拠を科学的データではなく、個人の証言に求め、ポルノを社会悪と断定した』
ジョン・ルイス(作家、「ハリウッド対ハードコア」著者)
「いい加減だ。事例を重ねただけで調査じゃない。60年代から70年代にニクソンが法廷を操って始めたことをレーガンが完成させた」
委員会は、報告書は暴力とポルノの関係性を肯定、だが科学的調査は行っていない、と報じられた。
『ついに政府はポルノとの闘いに勝利。だが無意味だった』
ビデオ時代の到来で、ポルノは新市場を獲得し、マイナーな存在から一気に凄まじい需要拡大を達成してしまった。劇場からデッキへ、そしてネットへ・・。
ところがまたも逆転・・結果的にポルノは「二流の商品」に成り下がったのだ。
薄利多売、ビデオカメラの浸透により内容など何もない個人商品が氾濫・・。
ダミアーノ
「ほとんど自滅だよ。僕には作れなかった。作る理由がない。まるで大量生産の工場だ。ポルノは終わった。映画作家はもう要らない」

利用される証言。規制派からも業界派からも。だが全ては無意味のようだ。
政治は被害者への救済とはならず、業界の声は荒稼ぎという卑しい現実の前に虚しく霞む。
自滅・・エロの歴史は結局こうだ。所詮それは必然でもあるのだ。エゴと欲望の群がり合いがポルノ屋の根源。
終わったんじゃない、また性懲りもなく始まったのだ。被害者など置き去りにして・・。

『アダルト業界の成功で、先駆者の映画作家はお払い箱。反ポルノのフェミニストもそれを悟って、リンダ・ラヴレイスは家族とデンバーで新生活を始めた』
「ラヴレース」で、リンダは語る。
「チャック・トレイナーと出会ったのが、私の不運でした。でも出会った当初はとても紳士で、優しかったし魅力的だったんです。当時21歳で若かった私は、彼と暮らし始めました。その後、だんだん状況が変わっていきました。性的なことを色々要求してきたんです。初めて聞くようなことや、想像も出来ないことを。嫌でしたが、私は夫に従うよう育てられたんです。夫を喜ばせろと。教えを守った」「私がどれほど苦しんだか分かってもらうのは難しい。でも"恐怖"を知っている人ならすぐに分かるはず。」「あんな虐待は神がお許しにならない。抜け出す勇気を持てない人達にこの本(自伝)が力を与えられたら嬉しい。自分を取り戻せるのだと」「ポルノ業界で働いたのは正味17日です。でもその17日で生涯の烙印を押されました。でも皆さんが本当の私を見てくれればと思います。リンダ・ラブレースは実在しません。私はリンダ・マシアーノ。本当の自分です。母であり妻であることに喜びを感じています」
リンダは「ディープ・スロート」以前のポルノ出演を生涯、秘匿した。だが、二度目の夫からもやはり暴力を振るわれ、離婚・・そして。
「インサイド・ディープ・スロート」で、リンダがすっぴんのままインタビューに答える。
「"あのリンダか"と二度職場を追われた。ある意味、傷ついたわ。私はずっと自分を弁護してきた。もう何年になる?25年よ。もう勘弁だと思ったわ。それで自分で出来る方法でお金を稼ぐことにしたの。私を苦しめた名前を利用して」
こうして彼女は20年ぶりに"ポルノスター"として復活した。51歳になっていた。
「51歳でもまだセクシーなんてステキよ。悪い仕事じゃないわ」「フェミニストたちは著書でリンダ・ラヴレイスの身の上を書く。タダだけど、いいの。贅沢はいらない。子供や孫たちといるのが私の幸せ」
「ラヴレース」ではラスト、暖かい家庭、親子の感動的な再会が描かれて物語は終わり、テロップが締めくくる。
「リンダはポルノと家庭内暴力に対して20年間反対活動を続けた」
これを甘い描き方と見るか?いや・・その後の現実を描くのは彼女への冒涜か。
いずれにしても
2002年、リンダ・ラヴレイスは交通事故による怪我が原因で死去した。享年53歳。
姉バーバラ
「あの子は無一文で死んだわ。無一文で・・。連中は自分達だけが丸儲け」

現実は残酷だ。
彼女の勇気はどこまで届いたか?恐怖を知る人は、どれだけいるのか?彼女の訴えがどこまでの力になり得たのか?
絶えざる暴力。そして偏見。永遠のスティグマ。
それがリンダを、あれほど呪った業界にまたしても引き戻してしまった。
今度もまた「強要」だ。大衆という、他人という、社会全体を覆う魔物による。
彼らは決して罰せられない。撲滅されない。人間がいる限り・・たとえポルノが全滅したとしても。
映画「ラヴレース」はその実相を認めなかった。希望のハッピーエンドで彼女の物語を終わらせた。彼女の最後の最後の真実にモザイクをかけた。
彼女はどう思っているだろうか?この"自主規制"を、それとも"検閲"を。
いいの、贅沢はいらない・・。
僕には答えられない。
それを知るのは彼女の子供達、孫達だけだろう。
それでいいのだから。

そして現在・・「インサイド・ディープ・スロート」のフィルムを圧するのは、巨大ホテルで華やかに開催されるアダルトビデオイベント!アダルト万博!絢爛たるお祭り騒ぎ!
ノーマン・メイラー(作家)
「セックスは溶岩の噴流だ。その流れをそらす土木計画は成功した試しがない」
最高の笑顔と露わな肢体をまき散らす、現役トップAV女優達は語る。
「"ディープ・スロート"?見てないわ」「必見?」「死んだ女の人でしょ?名前、何だっけ・・」
識者たちは言う。
「今時のポルノはグロの傾向だ。昔の純粋さを失ったせいもある。短い間だったが、昔のポルノには発見と好奇心があった。変革も。だが今は違う」
「こういうことよ。言論の自由を闘った余波で冷笑的になったポルノ業界が、お金を大量に鋳造し始めた」
「ポルノの本質がセックスから金儲けに変わった。芸術探求の細い路地になど金は集まらない。高速道路さ」
「今の若者はセックスそのものにマヒしてる」
「ポルノ業界はセックスを汚した。神が人間に与えた素晴らしいものを貶めた。その結果、性が氾濫した」
『「ディープ・スロート」の遺産は、性的に過剰な文化を超えて、我々を分断する文化戦争へと回帰してしまった』
ダミアーノ
「あの映画のテーマは、古臭い感覚や偽善への反骨精神だった」
『「ディープ・スロート」の訴追に適用された法律は、現在もそのままだ』
パリッシュ検事
「今、司法省の役人や高官の中には、ワイセツ物取り締まり法の擁護派もいる。今の方が、積極的な摘発に対する気運は高まっていると思う。もしテロ問題が片付いて司法省の手が空くといいんだがね」
監督ジェラルド・ダミアーノ・・2008年、80歳で没。
男優ハリー・リームズ・・2013年、66歳で没。

どこの国にもお祭り騒ぎはある。そしてトップほど過去は振り返らない、消えた先人への興味などもない。今現在と、ほんの少し先のことだけ。
昔だってポルノは当時のグロだった。純粋さなんてごく一部だった。発見、好奇心、変革・・全てはより売らんがためのこと。
闘いなど、すぐに誰もやらなくなった、それよりも金儲けこそ本道。業界自らが高速道路に殺到、競争、暴走した。結果、何もかもがマヒしていく。貶める意識さえないままの無計画な氾濫。
この国のAVもまったく同じだ、いやもっと程度が低いかも。嘘まみれかも。
性的に過剰な文化を超えて、いや気取っているうちに、強要問題という不毛の分断戦争へと漂着してしまった。
古い感覚や偽善・・両派ともそうじゃないか?
取り締まりは続くだろう。
業界擁護も続くだろう。
AVは無くならないだろう。
被害者は決して減らないだろう。
テロ問題が片付かないように。
権力がある限り。
男がいる限り。
我々が変わらない限り。
強要は終わらない。終われない。
たとえ誰が逝こうとも・・・。

映画「ディープ・スロート」そのものの感想を書き忘れた。
まったくつまらなかった。下らないギャグと馬鹿馬鹿しいアイディアと、グロいだけのエロ垂れ流し。僕の洋ピン嫌いを差し引いても、まるで評価の対象外の愚作としか感じられなかった。
でも僕にとってはそれでいい。
映画「ディープ・スロート」は、出演強要された女性リンダ・ラヴレイスの記録。
それだけで十分だから。
リンダが披露する伝説の"ディープスロート"も僕には何の衝撃も無いものだった。
が、そこにリンダという"被害者"が刻み込まれているだけで、「ディープ・スロート」は、僕にとって永遠の映画なのだ。
二度と見ることはないかもしれない。
でも、リンダ・ラヴレイスの名前は決して忘れない。
終われないから。
終わらせてはならないから。
「ディープ・スロート」・・・演じたリンダ
「インサイド・ディープ・スロート」・・・語ったリンダ
「ラヴレース」・・・演じられたリンダ
三人のリンダを半世紀に及ぶ"強要"から解き放してやれるのは、僕達一人一人に他ならないのだから。

"私は鏡を見て、私の生涯で今が一番幸せに見えます。私は自分の過去を恥じていないし、自分の過去について悲しいとも思いません。人々が思っている私は、本当の私ではありません。私は鏡を見て、(試練)を生き抜いたと思います"
97年、リンダ・スーザン・ボアマン(本名)








































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三人のリンダ・・終われない"強要" AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜/BIGLOBEウェブリブログ
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