AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 撮られ嫌い

<<   作成日時 : 2006/04/04 13:54   >>

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男優のくせに撮られるのが苦手である。写真であれビデオであれ、どーにも落ち着かなくてドギマギしてしまう。
魂を抜かれるからだ。それは嘘で、要は自分が嫌いなのだ。

最近、口上男優になっている。作品の冒頭や、コーナーの前フリとして、一人でしゃべらされることが妙に多くなってきている。
いわば司会者だ。煽り屋だ。田原何がし、だ。
これがどうにも苦手なのだ。
しゃべるのは構わない。長セリフでも、何とかかんとかこなすことは、まだまだ出来る。
ただし後ろから撮ってほしい。背中越しに、あくまで女優を撮ってほしい。
AVなんだから。ユーザーは女の子の姿で、結局ヌいてくれるのだから。

シナリオを読むと時々、困惑する。
”ここでツジマルのアップ!”
冗談かと思う。本気の演出かと見まがう。
ところがそのまま撮影されるのだ。何のテライもなく、僕の顔がモニターいっぱい、どアップにされるのだ。しかもオープニングとエンディング・・二回も。
”ニヒルな馬鹿にした笑い”
ニヒルなんて高級な・・・僕は笑うとやたら目が細くなって表情が死ぬのに・・・。
”物憂気な表情”
心はいつも物憂気だ。でも表の顔は単なるダサ面だ。
僕の顔がラストなんて・・・せっかくヌいた余韻も粉々のグジョグジョ、だろうに。

レポーターもどきに挨拶させられることもある。
わざとらしくカメラの前まで歩いてきて、レンズに向かって、コンニチワ・・・。
歩き方からして、おかしい。意識しまくりの不自然さで、肩も腕も足の運びまでもが、アンバランスの転形劇場。
普通の挨拶をフツーに出来ない。変な抑揚つけっぱなしで、あげく不気味なオペラ口調。まともな日本語ではないのだ。テンポとリズムがとことん破調しているのだ。
そもそもレンズをしっかり凝視していない。視線が一点集中のようで、絶えず逃げ腰、意識して泳いで、いや溺れかかっている。
カメラであれ人であれ、僕は当たり前に会話出来ないのだ。
一対一の恐怖にすくんで、常にあえなく舞い上がっているのだ。

以前も書いたが、僕が何のためらいもなく目と目を合わせられるのは、本番中のAV女優だけだ、二人きりでの女性(フーゾク嬢でも、素人でも)に対してだけだ。
この時ばかりは視線も一切逃げない。むしろ相手が目をそらすことを許さない。
その瞬間、彼女は僕だけのものになるからだ。初めて自分が、他者と繋がれている絶対の自信によって支えられるからだ。
カメラは僕を奪うだけ。僕の剥き出しの醜さをこれでもかと、暴いて、残酷なほどさらし首にしてしまうだけ。
普通の人だってそうだ。僕を値踏みし、僕を廃棄し、僕を断罪するだけが結局正体なんだ。
本番中のAV女優は僕に協力してくれる。フーゾク嬢は従ってくれる。素人娘は、一応愛してくれる。
僕は本当の自分を見られたくないのだ。
己の真実を、簡単に分ったふり、見つけたふりされるのが、たまらなく嫌なんだ。
僕は自然に語ることが出来ない。
それなのに、毎度、仮面をさらす、素顔というドーランで、幇間を気取る。
こびへつらってるのは、世間にか、大衆にか、目の前の他人にか、己自身にか・・・。

先日はとうとう単独でスチールまで撮らされた。
それもローターだバイブだ蝋燭だ注射器だ、つまりはプレイ道具を黒コートの内側に貼りまくっての、孔雀オープンポーズだ。
18禁版ブラックジャックの御開帳・・・。
こんなのがパッケージに載るのか。ヘタすりゃ広告やポスターにも使われちまうのか。
恥ずかしいんじゃない。
馬鹿負けの気分なのだ。こんなのさえアリの、AV業界、風俗社会、世の中全般、ニッポン国そのもの、に僕は呆れて物が言えなくなるのだ。
そんな時代を僕は歩いている。
顔も声も、本性もさらして、真正面から激写されている。
楽しいはずが、ない。
生きることは、ただ生きているという孤独は、わびしい以外の何物でもあり得ない。


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