AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 旋律の祈り・・映画メモ「惑星ソラリス」

<<   作成日時 : 2006/04/29 10:30   >>

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72年 監督アンドレイ・タルコフスキー 原作スタニスワフ・レム テーマ曲J・S・バッハ「コラールプレリュード”イエスよ、私は主の名を呼ぶ”」

この長大な映画は、そのテーマ曲に尽きる。
バッハの「コラール前奏曲」。
何という切ない調べだろう。
どこまで魂に響く珠玉の旋律だろう。
何度聞いても涙が溢れそうになる。ひとりでに両手を祈るように握り合わせてしまう。。
永久に途切れないでほしいと思う。頼むからずっとずっとこの賤しい源へ届いてくれたら、と願う。
聞こえなくなった瞬間、それがまるで死を迎えるような、自分が自分でなくなるような、地上のすべてが終焉を迎えてしまいそうな・・・そんな優しい荘厳・・・包み込んでくれる厳粛・・・清冽の極み・・・魂の浄化・・・。
けれどこの名曲にいささかも劣らないのが、冒頭の風景描写だ。
それはまさしく映像を越えた絵画だ。流れ息づく美のイコンだ。
川、揺れる水草、流れる葉、この上もない緑、しめやかなせせらぎ、澄みわたった空気・・・立たずむ人間という見慣れた生き物のどうにも醜悪なことか・・・朝霧、白い花、鳥のさえずり、たちこめる朝もや、空を覆う樹木、裸馬、古い木造りの家、湖に映る箱のようなコテージ・・・子供、犬、にわか雨、雷、ずぶ濡れの男・・・じきにやむ・・・雫、水滴、まばゆい陽ざし、湖面の囁き・・・。
地球とはこんなに美しいところだったのか。
我々はここまで豊饒たる静謐の世界に生きているのか。
もう何もいらない。この無限の自然、一切の汚れなき天と地の恵みに供されていればあらゆる人間の行動に、いかほどの意味もない。
我々はここに平伏すべきだ。心を空(くう)にして浸り込むべきだ。
人間も自然だから。我々はその至高のありがた味に、感涙しなくてはいけないはずだから。

謎の惑星群ソラリスの調査に旅立つ心理学者クリス・ケルビンの物語。
彼は頑固な現実主義者であり、数年前に”ソラリスの海”から帰還した宇宙飛行士の、「泥で造られた公園や赤ん坊をそこで見た」という報告を頭から信用しない。
「私の思うに、ソラリス研究は無責任な空想の結果、行き詰まっています。だから私は今こそ真実が知りたいんですよ。偏見や感情で判断はしませんが、決定を下さなければなりません。調査を打ち切りにしてステーションを軌道から外すか、非常手段として海に放射線を当ててみるか・・」
「いかん!」と、飛行士は憤る。
「なぜです?あなたは研究続行を主張しているのでしょう?」
「そうだ。だが海を破壊することではない。手段を選ばぬやり方には反対だ。道徳性に立脚した研究でなければ」
「非道徳でも目的は遂げられます。ヒロシマのように」
「君は何を言うんだ!・・・おかしいぞ」
「おかしいことはないでしょう。あなた自身だって幻覚を信じようとなさった。わかりますよ」

無責任よりも非道徳。偏見よりも非常手段。
ヒロシマがそうだ。国家の目的遂行とは、常にそうだ。
破壊から産まれるとされる真実。それこそ幻覚だ。空想だ。
未来都市としてロケされた東京赤坂見附。ヒロシマに連なる二十七年後のニッポン。
何て暗黒で嬌音にまみれた灰の町だ。神経を狂わせる、まさに死の迷宮だ。
青空はない。人の影もない。無数の車だけが走る。洞窟のごときトンネルが続く。巨大なコンクリートの固まりと奈落に伸びるような橋だけが延々と絡み合う。ひしめき合う。
我々の目指すものはあんな煉獄なのか。
ヒロシマを背負うはずの我々は、すでにその帝国に封殺されているのか。

「ソラリス海の粒子線が彼の意識に作用したのでしょう。あの海は考える能力を持った物質、いわば頭脳です」
「ソラリスの海の特性が判明するにつれて、思考力を持つ物質だという仮説が立てられた。以来、数年この仮説は否定も確認もされていない」
ソラリス海の宇宙ステーションには三人の乗員が残っているはずだった。
生物学者サルトリウス。電子工学のスナウト博士。物理学者ギバリャン。
だが到着したケルビンは親友だったギバリャンが自殺したことを知らされる。
彼は、ケルビン宛に残した最期のビデオで旧友にこう語りかける。
「私は自分を裁くのだ。見たろう、あの女は幻覚ではないぞ。気がふれたのでもない。良心の問題なのだ」
彼の背後を、いるはずのない女が歩いていた・・・。

自分で自分を裁く。そんな人間が地球にいるだろうか。それこそ幻覚ではないのか。
良心は地上にあるか。我々はそれをないことにして地上を占有してはいないか。
己を映してみればいい。そこには真実が映る。己の良心が、背後から見ている。

ケルビンも見てしまった。十年前に自殺した彼の妻ハリーを。
「これ、誰?私なの?」
妻の写真を手にハリーが聞く。その腕には注射の跡も残っている。
ケルビンは狼狽しながらも、亡霊かと恐れてその”女”を宇宙の彼方へ追いやったのだが、スナウトはこう説明する。
X線を使った実験のあと現れるようになった。放射線の一部が洩れて、海面に作用したらしい、と。
「ソラリスの海は我々の頭脳から記憶の一部を取り出して物質化してしまうのだ」
また現れるかもしれん、無数に再生しうる、と。

放射能が産んだ死霊。核が呼んだ人間の業。
我々はそれを追い払うことが出来ない。人は誰しも、己の過去を棄て去ることなど叶わない。
核の宿命を招いたのは人間だ。悪霊を産むのは、人間のちっぽけな心だ。
何度でも甦る。人間の邪悪ほど、再生したがる。

ケルビンは仕事にかまけて妻を顧みなかった。愛に絶望したハリーは、そのために毒を注射して自ら命を断ったのだ。
再び現れたハリーを、今度は慈しむケルビン。一時も彼と離れたくない思いから、ドアをねじ切って血まみれになるハリーを、彼はもう迷うことなく優しく抱き締める。
冷徹な科学者であるサルトリウスの蔑視にも、彼は毅然と言い放つ。
「君には感情がないのか?」
「それだ。君は”お客”と感情を以て接触した」
ケルビンははっきりと言う。
「これは罰だ」
何に対する罰だね?、とサルトリウス。
「すべてさ」

生きることは罪だ。
科学も仕事も情熱も罪だ。
そこに感情はいらない。愛がなくても人間社会は存続する。
そのすべてに罰だ。愛を取り戻した時、人間は罰せられるのだ。
同時に迷いも消える。優しさと慈しみが、あらゆる悲劇を受け止める。
血まみれの心は、血の通った魂なんだ。

ケルビンはハリーに故郷から持って来た思い出のフィルムを見せる。「コラール前奏曲」をBGMに・・・。
子供の頃のケルビン。雪景色。焚き火。物憂気に立たずむ母。笑顔の父。白銀に埋もれた古里。
夏。少年のケルビン。やはり物悲し気な湖畔の母。妻もいる。産まれ育った家がある。微笑むハリー。
しかしハリーには様々な記憶が錯綜していた。何より彼女は、自分が本物のハリーではない、という自覚と恐れが強くあった。
「ねぇ、私、自分のこと何ひとつ分らないのよ。自分の顔も分らないの。あなたは?分る?」
「分るさ」
スナウトがケルビンの脳電図を送ってソラリスの生む現象を封じようとしていることにハリーは怯える。
「私達、きっと誰かに騙されているのよ。それが続けば続くほど恐ろしい結果になるわ」

思い出と共に聞くコラールプレリュード。
それはたまらない哀調と化す。
子供の頃の自分。死んでしまった人達。過ぎてしまった季節。忘れられない表情。二度と取り戻せない、微笑みと愛情。
どうしてこんなに悲しいんだ。生きることは、こんなに痛ましい思いを積み重ねていくことなのか。
もう帰れない日々。決して再び味わえない無垢なる幸福。
僕は自分のことなど何ひとつ分らない。自分がどんな顔をしているのかも見当がつかない。
僕の過去はすでに終わっているから。今この瞬間も、とっくに死んで帰ってきてはくれないから。
我々は騙されているのか。
自分が自分であると、この自分が生きているなどとカツがれ、踊らされているだけではないのか。
人間は続き過ぎた。取り返しのつかない、恐怖の結果を招いた。
僕もそこにいる。

図書室に集う四人。サルトリウスが言う。
「スナウトの誕生日にあたって、彼の勇気と彼の義務感を讃え、科学のために乾杯しよう」
スナウトが吐き捨てる。
「科学?ばかばかしい。こんな状況の中では天才もバカも、同様に無力なんだ。我々は宇宙の征服など考えるべきではない。地球の開発だけで充分だ。別の世界は理解出来んし、必要もない。我々に必要なのは鏡だ。宇宙探険にあくせくするのは、風車に突撃するドン・キホーテと同じだ。馬鹿げている。無意味だ。人間に意味のあるのは、人間さ」

鏡・・・それが良心か。人間への愛か。
未知なるものへの勇気と義務感。科学という名の征服。
人間の意味を人間は知らない。人間を理解する必要と尊さを人間は気が付かない。
我々はどこまでも行こうとする。何にでも突撃して、見せつけんばかりに得意がる。寄ってたかって乾杯したがる。
馬鹿だ。
地球なんて、ただの星クズなのに・・・みんな、無意味だ。

ギバリャンの死についてケルビンが言う。
「いや、驚きと違う。もっと深刻だ。いたたまれないで死んだ。自分を責めぬいたんだよ」
「何を言ってる。人間はそれほど悩むものじゃないよ」とサルトリウス。
「君は無責任なんだ」
「私はちゃんと働いているぞ。真実を探究している。努力すれば真実は得られるんだ。努力すればな」

努力を万能と言いたがる。
頑張れ頑張れ、と金科玉条に押し付ける。
悩まなければ人間は何でもやってのける。真実の探究と称してあらゆる無責任を完遂出来る。
自分を責めるのは損だ。自殺など愚かだ。
つまり努力は得をするということだ。悩みを捨てればいくらでも強く傲慢になれるということだ。
現代の真実が、それだ。
いたたまれなくなったら、去るしかないのだ。
脅威は常に地球の外にではなく人間の内にこそあるんだ。

蚊帳の外に置かれていたハリーが涙ながらに訴える。
「クリスの方が人間的だと思いますわ。あなた方は私達をお客と呼んだり、関係ないような顔で外部からの邪魔者のように扱うでしょう。”お客”は御自分の良心なのですよ。クリスは愛してくれます。私を愛するのではなくて、良心に従っているのかも。きっとそうです。愛されなくても構いません。彼に罪はないんです。でも、あなた方は許せません。私は女として言うのです」
サルトリウスが遮る。
「君は女でもなければ人間でもない。まだ理解出来んのか。ハリーはいない、死んだ。君は彼女の複製にすぎん。機械的な複製にすぎんのだ。コピーだ」
「・・・・そうでしょう・・・でも私は人間になります・・感情だってあります・・信じて下さい・・彼なしではいられません・・・愛してます・・・私は人間です。あなた方は・・あなた方は、ひどすぎます・・」

そうだ。では人間がすべてか。人間の真実こそが全部なのか。
良心に形はない。本物の良心がどういうものか、誰にも言えない。
愛は理解しにくい。愛を必要とする現実ほど、恐ろしいまでに乏しい。
人間でなければ語れないのか。
死んだらその人は人間ではないのか。
魂はただの複製なのか。コピーでしかないのか。
人間は人間であるのではない。
人間は人間にならなくてはならない。
感情を信頼を、愛を紡がなければならない。
それが出来るのが人間だ。
その姿勢こそが人間の証しだ。
科学もいらない。機械もいらない。当たり前の顔をした人間もいらない。
我々は自分を許しすぎてはいないか。
己の罪から耳を塞ぎ、いないと決めつけたものをとことん殲滅してきたのでは、あるまいか。

ハリーに跪くケルビンを見て「勝手にしたまえ」とサルトリウスは出て行く。
「議論しても無駄だ」とスナウト。
「誇りを失うだけさ。人間らしくなくなる」
ハリーは言う。
「あなた方は各人各様に人間ですわ。だから議論するのです」

僕も議論は嫌いだ。
誇りを傷付けられるのは、まっぴら御免だ。
それで人間らしくなくなっちまったのか。僕という人格を誰も認めてくれなくなったのか。
僕は無駄な人生を勝手に生きた。勝手に扱われて無駄に人生をすり減らした。
僕は誰と議論しても同じだ。
僕という人間は、僕のままだ。

静かに何かを決したかのようなハリーの横顔に魅入るケルビン。
十六世紀ネーデルランドの画家ブリューゲルの「雪の中の狩人」が挿入される。
鐘の音、犬の鳴き声、人のざわめき、地の底からの響きをバックに、その名画が流れる。絵巻のように染め模様のように、スクリーンを満たす。
黒い猟犬、雪と枯れ木の街、カラス、教会、静物のような人々の姿、影、跡・・・。
一時的な無重力状態になった図書室でクリスとハリーは宙に浮かぶ。
再び「コラール前奏曲」にのって、無言の舞いの中、聖母にすがるようなクリスと、暖かく抱き締めるハリー。
深遠なる北国の絵画、幼少の清なる記憶、ソラリス海の果てしない渦・・・。

地球は美しかった。古典の如く崇高だった。
過去を思慕するように、人がそれに気付く。
宙に浮くことで己のはかなさ、無力さと虚ろいを知る。
人間は還らなければならない。還ることに気が付かなければならない。
人間は美しい。生きることは聖そのものに他ならない。
天がそれを教える。我々は素晴らしき空(くう)を仰ぐ。
何て悲しい曲なんだ。何て切ない美の結晶なんだ。
我々は皆、赤子だったんだ。

発作を起こし死のうとしたハリーをケルビンは介護する。
彼女は自分が何なのか、ケルビンを苦しめてはいないか、と激しく悶える。
そんな彼女をケルビンは深く愛する。このままずっと一緒に暮らそうかとさえ考える。だが、やはり重い苦悩に縛り付けられてしまう。
スナウトが窓の外を見ながら言う。
「海が活動を始めた。君の脳電図の作用かな」
「同情心を起こすと苦しいね。何も出来ない。サルトリウスのように無視するのが科学者として正しい態度かもしれない・・・いや、違う。私は反対だ・・・必要でないものは有害だと言えるだろうか?・・そうじゃない、絶対に有害ではない。絶対に違う。トルストイも、人類を愛することが出来ないと言って悩んだ。あれから何年だろう。どうしても分らん。助けてくれ」
ケルビンは窓越しのソラリス海に呟く。
「愛してる。だが愛情は自分には感じても、説明することが出来ない観念だ。今まで我々が愛したものは、自分とか女とか祖国とかで、人類や地球には手が届かなかった。私の言うことが分るか?人類は数十億しかいない僅かな数だ。もしかすると我々が人類愛を初めて実感するのかもしれんな」

不要なものは愛さない。無益なものは有害だと断罪すればいい。
人類はそうやって繁栄を築いてきた。
だが、我々が愛するものは何だ?必要としているものはどんなものだ?
国?性?エゴ・・・?
地球は不要だった。人類など無視すればよかった。愛する必要もないほど、それらは当然の如く我々の側に存在した。
愛し方さえ分らない永遠の謎?
愛国心だ、家族愛だ、男女平等だ、人生の意義だ・・・・こんなものが絶対に正しいのか。間違い無く有益なのか。人間に欠かせない精神なのか。
人間なんて地球には不要じゃないか。人類なんて宇宙には有害かもしれないじゃないか。
我々は選ばないことだ。説明しないことだ。無視しないことだ。
すべてを実感すること。自分自身にさえ手が届かない人間でしかないことを、我々は僅かな存在であることを、だから海のように愛さなければならないことを、我々は思い知るべきなのだ。
愛したいなら。
愛されたいのなら。

熱にうなされながらもケルビンはうわ言のように続ける。
ギバリャンは何が原因で死んだと思う?
「恐怖ではない。恥のために死んだんだ。恥の意識がなければ人類は救われないぞ」
彼はステーションの中に我が家を見る。妻を犬を母を見る。孝行しなかった母を泣いて慕う・・・。

恥じることだ。
すべてを恥じて・・・救いを求めることだ。
そのための死だってある。泣いて憂えることもある。
僕は恥のために死ねるなら、それが本望だ。
泣いて誰かを慕う、それが出来ないんだ。

ハリーは置き手紙を残してクリスの前から消える。
”クリス、あなたから去るのは苦しいけど、それが最善と思います。二人のためなんです。私から頼みました。誰も恨まないで下さい”
「なあ、スナウト。なぜ我々は苦しむのか?」
「宇宙の感覚を失ったからだと思う。昔の人間は単純で、それだけに感覚は明快だった。無駄な思考がない。君の脳電図を送ってから、お客は誰も来なくなった。それに海の様相も変わりつつある。島ができ始めたよ。最初に一つ、その翌日に数個」
「向こうが我々を理解したというのか?」
「まだ分らん。だが希望が湧いて来た。そうだろう?」

愛に目覚めた時、人は過去から抜けられる。
己の罪と向かい合うことで、未来へ進むことが出来る。
希望は苦悩からしか生まれない。理解は怨執を越えなければ得られない。
単純なことだ。明快過ぎることだ。
それを我々は失った。無限に愛を喪失してきながら、今だ振り返ってさえいない。
僕はずっと苦しい。
僕は誰かを恨むことでしか、生きられない。

ケルビンはスナウトに、君はここに何年も住んでいるが、自分と向こうとの生活の関連を感じるか?と尋ねる。
「人間幸せな時は、哲学的な問題には興味を示さないものだよ。そんなことは死に際に考えるのさ」
「死がいつ来るか、分らんから聞くんだ」
「急ぐことはない。そんな問題に興味を持たないのが、最も幸せな人間だよ」
「知識は不安を招くね。人間には秘密が必要なのかな。幸福の秘密。死の秘密。愛の秘密」
「それはあまり考えない方がいい」
「自分の死ぬ日を知ろうとするようなものだ。その日さえ知らなければ不死と同じさ」

幸せな人間は僕に興味を示さない。
僕のことなど何も考えない。
僕は秘密でもないようだ。彼等は僕を知らないことで、僕を生かしているつもりのようだ。
僕も幸せな人間に興味はない。考えない人間にも関心はない。
死はいつ来るか。
僕はいつ、愛されるか。
知ろうとしている僕は、もう死んだも同然だ。幸福もとっくに死に際なんだ。

ケルビンのモノローグ。
「よろしい・・私の使命は終わった・・だから・・地球に戻るべきか?・・戻れば新しい友人も仕事もできるだろう・・だが興味は続くまい・・分ってる・・ソラリスの海・・これが忘れられないだろう・・何十年も謎を投げかけている巨大な海・・これを捨てられるか?・・残るべきか?・・彼女が残していった思い出の中に残るべきだろうか?・・何のために?・・彼女が帰ってくるか?・・その望みは薄い・・ただ待つしかない・・何か新しい奇跡の起こるのを待つだけだ」
君は帰った方がいい、とスナウトは言う。

僕の使命も終わったのか。そもそも使命なんてあったのか。
僕には戻る場所もない。新しい友人も仕事も全然巡り会えない。
興味なんてとっくに無くしている。自分への、他人への、生きることへの・・・。
僕はどこに残るべきか。誰の帰りを願うべきか。
ただ待つだけ。新しい奇跡に身を任せるだけ。
何のために?
僕には思い出の海さえ、ない。彼女はおろか、誰かが残してくれたものに、ろくなものはない。

ケルビンは帰宅した。湖が、緑が、木々が、空気が、犬が、我が家が、彼を迎えた。「コラール前奏曲」。
やっと笑顔を取り戻すケルビン。
しかし・・・家の中には雨が振っていた。湯気をたてて水が降りしきっていた。しかも中の父親は肩を濡らすその雨に、まったく気がついていない。
父親の膝にすがりつくケルビン。
家の周囲を霧が立ち込め、広大に包み込み、やがてそこは果てしなく広がって・・・・海だった。群青を極めた、ソラリスの海だった!
地球なのか、今だソラリスなのか、すべてはケルビンのイメージなのか・・・・霧の彼方・・・。

故郷はもうないのか。地球はすでに霧の底なのか。
「コラールプレリュード」
映画はこの曲で始まる。しかしこの曲では終わらない。
我々は救われていないから。もっともっと、主の名を呼び続けなくてはならないから。
地球はすでにソラリスだ。天の思考が、人間を諭し、良心へ導こうとしているんだ。
それでも気付かない人類。死の雨に打たれようと、不感に堕ちた人間の絶望。
僕もそうだ。
何もかもを無視して、逃れて、運命の道標を拒絶しているんだ。
僕は過去を殺す。良心を埋める。己の罪に、沈黙する。
僕は弱いから。
野望も強慾も生命力も、僕には無縁だから。
僕は祈るだけだ。すがるだけだ。
「コラール前奏曲」・・・イエスよ、私は主の名を呼ぶ。
この曲の前に言葉はいらない。
遺書も懺悔も、僕には許されない。
奇跡を待つ・・・だけか?











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