誰にも!・・・「燃えよ!カンフー」詩録

"カイコは身を護ろうと一心に糸を引く。でも出来上がった繭はカイコの墓なんです。あなたは憎しみの糸を摘む・・・その繭はあなたを苦しみから救ってはくれない"






この稿は、2005年8月5日の記事の拾遺編である。

僧は、自分を手込めにし妊娠させた北軍兵士ストレートを捜し求めるアニーという年若い娘を助ける。
だが、やっと見つけ出したストレートは、平然とシラを切るばかりか、仇討ちとして正々堂々の決闘を申し出たアニーの兄をせせら笑う。
そして、僧も兄妹を諭す。
何が名誉の決闘か?馬鹿げている・・・と。

名誉?
伝統?
誇り?
それが何でしょう?
それが何を産むのでしょう?
それが何を救ってくれるのでしょう?
国を守る者が同じ国の女を犯し、妹を愛する者が殺人を使命とする。
これが歴史です。
これが現実です。
これが人間です。
どこにでもありそうな・・・いくらでも見つけられそうな・・・どんな国でも起こりそうな・・・今でも、昔でも・・・。
馬鹿げた人間たち。
人間という、馬鹿げたもの・・・。
いつまで続くのでしょうか?
いくつの命が、繰り返されるのでしょうか・・・。

少林寺での修行時代、まだ少年だった僧は、川の傍に棄てられていた赤ん坊を拾ってきて、老師にこう言われる。
老師「飢えに困って棄てたのだろう」
僧「飢えて死ぬ人は大勢います。それなら赤ん坊のうちに棄てて、死なせた方がいいのですか?」
老師「命は尊いものだ。この世に生まれてくる新しい命はすべて、尊い宝だ。分かるな?新しい命がこの世に生まれてこなければ、世の中は立ち行かん」
僧「命はいつも護らなければいけないのですね」
老師「薔薇にはなぜ棘があるのだろう。それは花を摘もうとする者を刺すためだ。花の命を護るためだ」

人間には棘がない。
誰であろうと、そんな棘があれば、摘もうとする者から護れる棘が授けられていれば。
飢えもないはず。
争いもないはず。
棄てられることも、誰にもないはず。
命は尊い。
何と、言い古された響き。
命は宝。
どこで聞かれなくなった言霊。
自らに棘のない人間共は、武器をとり、名誉を掲げて、殺しに行く。
護るためでもなく、この世を立ち行かせるつもりもなく・・・。
死なせた方がいい?
かもしれない。
尊いものを。
新しいものを。
大切なものを。
人間には何のために命があるのか?
棄てられた人に聞きたい。
名誉にも武器にも無縁な魂にこそ、尋ねてみたい。
命とは、何ですか?

呪うべき男の種を宿した娘に僧は語りかける。
僧「命は素晴らしい贈り物です」
アニー「こんな贈り物、欲しくないわ」
僧「不幸な出来事からにしろ、可愛い赤ん坊が生まれるんです」
アニー「・・・顔も見たくないわ。私が見たいのは、あのストレートって男の死ぬとこだけよ」
僧「それで幸せになれるんですか?」
アニー「・・・一生なれっこない」
僧「なぜです?」
アニー「・・・あんた、戦争って知ってる?」
僧「知ってます・・・戦争という名で、人は殺し合いをします」
アニー「北軍のために全てを失ったのよ・・・」
南部で老父と兄の三人で平和に暮らしていたアニーは、敗戦後、北軍に土地を奪われ、ストレートとその仲間二人に襲われたのだ・・・。
僧「・・・・」
アニー「あんたは何にも感じないのね」
僧「分かります、あなたの苦しみは・・」
アニー「もうじき少しは軽くなるわ」
僧「復讐で癒されるでしょうか?」
アニー「ええ、胸がすぅっとするでしょうね」
僧「・・・・」

僕は僧にはなれない。
僕がアニーなら、やはり"こんな贈り物"はいらない。
顔も見たくないし、仇の死に様を見たいし、それで一生幸せになれっこないだろうし・・・それで構わないだろうし・・・。
戦争は、あらゆる犯罪の代名詞でしかありません。
その被害者は、決して誰にもその苦しみを感じ取ってもらうことは出来ません。
戦争を行なった誰にも、戦争を忘れる誰にも、戦争を名誉と思う誰にも・・・。
復讐でしか救われない。
僕も胸がすぅっとするでしょう。
仕返し出来たら。
奴らが苦しめば。
あいつらが、思い知ったら・・・。
僕の戦争は、イジメです。
たかが、イジメの記憶です。
軽蔑されるでしょう。
イジメられたことのない者に。
イジメを皆で楽しんできた者共達に。

僧は少林寺時代を回想する。
同窓との喧嘩で怪我を負った少年の僧は、怒りを残したまま高僧に尋ねる。
僧「怪我をしたのは自分が悪いのですか?」
高僧「違うな」
僧「では、相手ですか?」
高僧「いや」
僧「では、自分と相手、両方ですか?」
高僧「お前の目を殴ったのは、お前のゲンコツか?」
僧「では、仕返しをしてもいいのですか?」
高僧「何の仕返しだ?」
僧「痛い目に合わされました」
高僧「仕返しは、穴の空いた水がめと同じだ。いくら水を入れても決して一杯にはならないぞ」
僧「では、ひどいことをされても親切にするのですか?」
高僧「ひどいことをされたら、正義と許しをもって報いるのだ。人を憎まず、過ちを許すのだ」
僧「・・・・」

そう、いくら仕返しをしても決して満足することはないでしょう。
死ぬまで・・・この僕が死んでしまうまで。
戦争もそうです。
だから、そこには正義もない。許しもない。
憎しみと、過ちがあふれ続けるばかり。
僕もひどい人間です。
ひどいことを一杯、してきました。
相手に、人に・・・自分に。
報いは受けます。
今も受けています。
だのに、またそれが、僕の怨嗟を生み出してしまうのです。
許されない存在。
僕だけでしょうか?
人間だけ、なのでしょうか?

かくて名誉の決闘・・・だが、ストレートは卑怯にも背後から兄を騙し撃ちし、そして兄の最後の一発に絶命する。
兄を失ったアニーは、残りの二人を殺しに行くと言ってきかず、ひとりで馬車を疾走させるが、横転してしまう。
アニー「仇を討つ権利がないとは誰にも言わせないわ!」
その二人は、ストレートの死を知るや、隊長に報復を訴える。
「戦友です。生死を誓い合った仲です」
「友達が殺されたんです。我々に復讐の権利がないとは誰にも言わせません!」

仇を討ちたい。
今からでも。
死ぬ寸前にでも。
血縁のためでも、友情のためでもなく、ただ、己のために・・・。
僕にそんな権利はない?
誰でもそう言うでしょう。
誰にでも言えるでしょう。
僕ではないから。
僕の生死など、関心ないから。
そしてもし、僕が復讐を果たしたら・・・。
奴らに権利が与えられます。
全ては奴らに味方します。
僕がイジメられていた時、まさにそうでした。
学校も、教師も、同窓も・・・。
僕は誰にでも言わせます。
お前に権利はない!
何もない!
お前なんかには、何ひとつもありはしない!
それだけが・・・僕のたったひとつの、名誉なのかもしれません。

全身を強打し、産気づいたアニーを僧が介護する。
アニー「ああ!うう!・・・怖いの、助けて!」
僧「怖いことはありません、新しい命を生み出すんです」
アニー「ああ!・・ううっ!」
僧「この砂を握って」
アニー「・・・」
僧「昔、たくさんの水が激しく岩にぶつかって、ふたつの力のぶつかり合いから、この砂が生まれたんです」
アニー「・・怖いの・・・どうしたらいいか、教えて!」
僧「美しいものを思い浮かべるんです・・・平和な調べに耳を澄ますんです」
アニー「・・・心臓の音しか聞こえないわ・・何にも見えない」
僧「光の中を・・・蝶が飛んでいる・・・花の香りがする・・・風が歌っている・・・水がささやいている」
アニー「あたし・・・どうしていいか、わかんないのよ!」
僧「大丈夫です」
アニー「・・・私、何にも知らないの・・・お産なんて見たことないのよ!」
僧は懐から、一粒の萌芽を与える
僧「ご覧なさい。種を護っていた殻が破れて、その中から小さな新しい芽が生まれ出たんです。同じように、そしてもっと美しく、あなたの中の新しい命の芽も自然に、太陽の光を求めて生まれ出てくるんです」
アニー「・・・でも私、怖い・・・怖いのよ!」
僧「・・・」

美しいもの・・・光、蝶、花、香り、風、歌、水、ささやき・・・・。
美しいものは、僕も怖いです。
美しいから。
自分が醜いから。
怖い。
わからない。
見たこともない。
本当に美しいもの。
自分の中にある?美しさ・・・。
耳を澄まして生きてきました。
調べに。
自分の調べに。
それは今もなお恐ろしい。
僕は何も生み出せやしなかったから。
新しい命、大切な命を、僕は振り返らなかったから。

僧は思い出す。
深い湖に向かって身を投じる修行を前に足をすくませている、まだ幼かった頃の自分。
高僧「怖いと思うから怖い、怖くないと思えば怖くないのだ!」
僧「でも未知のものを恐れることは、身を守るための知恵ではないのですか?」
高僧「自分自身に打ち克つ者が最も勇敢な人間だ。怖いと思う自分に、まず打ち克つのだ」
僧「・・・先生、私には出来るかどうか、分かりません」
高僧「空の色に耳を澄ませるのだ。蜂鳥の微かな羽音を目で見るのだ!木の葉も動かぬ炎熱の中にも一陣の涼風が吹き渡る。お前が宇宙とひとつになる時、お前自身が宇宙だ!」
勇気を奮って絶壁から湖面に飛び込む僧・・・。

未知のものを、いや、あらゆるものを、恐れ、避けて生きてきた。
何にも打ち克てないまま。
怖いと思う自分に逃げ帰ったまま。
空の色を聞き、羽音を見つめ、涼風を感じ、宇宙と一体化する。
人間に出来ることだ。
人間だから、出来うる自然だ。
僕はイジメが怖かった。
奴らが恐ろしかった。
勇気を棄て、どこにも飛び込まなかった。
そしてここにいる。
永遠にいる。
それが僕の宇宙か?
まさか!
僕が僕でしかない、思い。
何者でもない自分。
堂々巡りの、まるで我が身への復讐の連鎖・・・。

命は芽生えた。
ひたすら泣きじゃくる赤子をアニーに見せる僧。
僧「お腹がすいてるんです」
アニー「お乳は出ないわ」
僧「・・・坊やを見ないのですか?」
アニー「・・・そんな子、私の子じゃないの」
僧「・・・」
乳を求めて泣き続ける仔をそっと母の傍らに寝かせる僧・・・。

僕が自分の泣いている姿を見せられたら、どう言うだろうか?
そんな奴、僕じゃない。
僕なんかじゃない。
でも、どうせ誰も言わないだろう。
あなたを見ないのですか?
お前を見ないのですか?と。

僧は回想する。
高僧「何を悩む?」
僧「恥じているのです」
高僧「理由の有無にかかわらず恥じることは無益だ。恥じる心を正そうとするうちはな」
僧「先生・・・夜中に目覚めた私は、何も見えず、聞こえませんでした・・・ただ怖かった」
高僧「何が?」
僧「死です」
高僧「生を知る者は死を恐れない。サイや虎をも恐れず、戦で傷つかない」
僧「どうして?」
高僧「サイは彼に角を突き出せない。虎はツメを向けられない。どんな武器も効かない」
僧「なぜです?」
高僧「生を知る者の中に、死は入り込もうにも、入り込む隙がないのだ!」

生を知る。
誰が?
どこで?
いつ?
僕はただ恥じている。
死ぬのが怖い。
でも、死にたい。
もう、死にたい・・・。
僕の生とは何だ?
命とは何だ?
恥じ入るだけだ。
僕は隙だらけ。
弱い、だらけ。

だが、戻って来た僧が見たものは、泣き腫らした顔で横たわる若い母の痛々しい姿だった。
アニー「・・・子供は・・・私の坊やは・・・死んだわ」
僧「・・・」
すでに弱りきっていた母体から生み出された赤子の命はほんのわずかでしかなかった・・・。
埋葬を行う僧。
アニー「・・・たった一日・・・」
僧「あなたの坊やは、何の汚れもなくこの世を去ったんです。この世よりももっと楽しい、美しいところへ行って、幸せに暮らすんです」
アニー「・・・あたし・・・あたしの坊やなのよ・・・誰の子でもない、この子はあたしの子・・・あたしの・・・血と肉を分けたの・・・ああ・・・思いきり抱きしめて・・・可愛がってあげたかった・・・あたし、あたし・・・どうしたらいいの・・・」
僧「・・・泣きなさい」
号泣する母の慟哭を背に、名もない土に芽を植える僧・・・・。

何の汚れもなく生きられたら・・・。
この世よりも、楽しく美しいところ?
幸せな暮らし?
僕は信じない。
生きている限り、信じられない。
僕にはここしかないから。
この現実、この今しか、ありはしないのだから。
僕の血と肉。
思いきり抱きしめ、可愛がってあげられる誰かを・・・。
僕には涙しかない。
僕の血も肉も、いずれ跡形もなく消える。
何ものにも継がれることなく、名もない土に埋まる。
泣くだけか。
そしてまた怨念に還るだけか・・・。
僕はどうしたらいいか、わかっている。
そこにいろ。
そこで泣いていろ。
そのうち去れる・・・。

老父は、残された娘に必死で復讐を訴え、祖父伝来の剣を授けるが、アニーの心は沈む。
僧「どうするのですか?」
アニー「・・・どうしたらいいの?」
僧「あなたの気持ちは?」
アニー「・・・憎いわ・・・あいつらが憎くて憎くてたまらないわ」
僧「塩水を飲めば余計ノドが乾く。憎しみも同じです」
アニー「あなたに私の気持ちが分からないの?」
僧「・・・カイコは身を守ろうと、一心に糸を引く。でも出来上がった繭は、カイコの墓なんです」
アニー「・・・」
僧「あなたは憎しみの糸を摘む・・・その繭はあなたを苦しみから救ってはくれない」
アニー「・・・」
アニーはそっと僧の頬に触れる。
僧「・・・」
アニー「私の中の憎しみは・・・どうしたら消せるの?」
僧「・・・あの小さな墓の中に、憎しみも一緒に葬ってしまうんです」
アニー「・・・」
僧「・・・」
アニー「しばらくひとりにして・・・」
僧「・・・」
アニー「あなたの言ったことを考えてみるわ・・・」
僧「・・・・」

でもやはり、どうしてもやっぱり・・・僕は憎くて憎くてたまらない。
あいつらを。
だから自分を。
身を守るために墓を紡いできたのか。
かもしれない。
それが僕の一生だったのかもしれない。
救われるはずもない、繭の中の屍。
僕にも小さな墓はある。
あの人の、あの子の、あの・・・忘れられない人の・・・。
一緒に葬られる資格もない自分。
ひとりで消えていくしかない己。
僕はもう考えていない。
何の糸を引いていくか。
僕の墓は、どこにあるのか・・・。

そこへストレートの二人の仲間が現れ、老父に銃を向ける。
「ストレートはあの女のために殺されたんだ!友達として仇を討つのは、当たり前だろう!」
しかし、剣を捨てて駆けつけたアニーに反射的に発砲してしまった男達は、その哀れな幼さに呆然とする。
「まだほんの子供だったんだな・・・」
「・・・俺の娘くらいの年だ・・・この前来た時・・・俺達は酔ってたんだ・・・オマケに屋根には南軍バージニア連隊の旗がひるがえっていた、俺達が戦った相手だ!大勢の仲間が殺された、子供のような兵隊が!」

仇討ちという名誉が、人を見えなくさせる。
当たり前という正義が、自分を失わせてしまう。
戦ったのではない。
殺したのだ。
護ったのではない。
殺されたのだ。
敵ではない。
仲間なんだ。
仇じゃない。
子供なんだ。
人間は自分を生きる。
本当にそうか?
自分を生きているか?
自分の命を生きているのか?
僕はこのドラマの一体誰だろう・・・。
アニーか、ストレートか、仲間か、老父か・・・。
僧ではない。
それだけが・・・哀しい。

男達は去り、アニーは一命をとりとめた。
アニー「お医者様が時間がかかるだろうって・・・元通り元気になれるかしら」
僧「あなたがその気になれば、きっと元気になれます」
アニー「・・・あなたって、どんな人?」
僧「・・・当たり前の・・・人間です」
アニー「・・・違う・・・違う」
僧「人間はみんな同じです」
アニーに別れを告げ、去ろうとする僧になおも復讐を懇願する老父は、剣を託そうとする。
老父「わしの代わりに殺ってくれ、目には目をだ」
僧「それは出来ません」
老父「君は人間じゃないのか?奴らのしたことを何とも思わんのか?娘を哀れと思わんのか?!」
僧「思わないわけが!ありません!」
老父「それなら何とかしてくれ!」
僧「しましょう、復讐の果てしない鎖を断ち切るんです、殺し合いはもう十分でしょう!」
目の前で、剣という名の凶器を真っ二つに断ち割る僧!
老父「・・・!」
僧「終わりにするんです」
老父「・・・わしに復讐の権利がないというのなら、誰にあるんだ?!」
僧「誰にも!」

僕は結局、人間じゃないのか。
奴らにされたことを何とも思わないのか。
自分を哀れと感じていないのか。
目には目。
僕はそこから抜け出せない。
自由になれない。
そのくせ、殺し合いは怖い。
戦いも怖い。
戦争も暴力も、凶器も怖い!
僕を刺し貫いている復讐の連鎖。
己自身という永久の鎖。
終わりとは、結局、死か。
それとも・・・愛か?
僕には何の権利もない。
誰にも。
誰にも!あるはずがない。
人間がみんな同じなら、本当に変わらないのなら、違わないのなら。
僕にも権利はない。
誰にもない。
そこからきっと生まれる。
新しい命。
美しい、かけがいのない・・・あなたが。






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