AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 追想「子宮に捧げる愛の詩」その五"本番"

<<   作成日時 : 2013/06/03 12:48   >>

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"幽霊、たしかに僕は実体のない存在なのである。僕は憂愁という観念なのである。その僕にはこの自分の肉体がどんなに重かったであろう"椎名麟三




思いもかけぬ食事休憩、いや、予想どおりの出鼻くじき?
僕の人生はいつもこうで・・・と、ニヒルを気取るゆとりもないまま、僕は雑然たなびくスタジオ内を居場所なくして所在なさげで、ひとりごちて・・・。
僕はここ数年、夜の現場で夕食や、"つなぎ"と称する軽食の類いを一切口にしない。
若い頃はもちろんこうではなかった。
深夜も明け方も、絡み直前だろうとお構いなしの暴飲暴食?ビンボー臭さ丸出しの無遠慮バイキング?
だが、二、三年前、いつものように深夜食いまくっての動きまくっての現場翌朝、僕は猛烈な嘔吐感に襲われ、トイレの周囲でのたうちまわった。
加齢のせいか、退行の兆しか・・・以来、怖くて食えない。昼食に弁当一箱平らげたが最後、それこそテッペン越えの半徹仕事になろうと、飲み物以外はまったく口にしない。
食べるのが恐ろしくなるとは何という人生の絶望であろうか。
とは言え、別にハングリーの極地で苦悶しているわけでもなく、単純に夜は食欲が沸いてこなくなっただけのこと。
ごく自然に胃が受け付けなくなってしまっただけだ。
何かの事情で昼食抜きになったとしても、夕食として詰め込んだが最後、どうにも胃の負担が強く、重く淀んだ腹を抱えての寝苦しい夜を迎える有様で・・・。
そんなこんなで、僕はやはりその日もその夜も、何も食べなかった。
周囲の歓談と繁忙を横目に、ただただ次のセリフの暗唱もどきで用無しの時間を潰した。
僕はもうマトモな人間ではない?
夕食の憩いも、春や秋の涼やかさも無縁となってしまった特異の人生。
夜は苦しくて食えない。
春も秋も肌寒くて堪らなくて、季節に合わせた服装にも室温にもさっぱり馴染めない。
僕はいよいよ妖怪のようだ。
怖がらせるどころか、あまりの下らなさに、笑われるだけがオチの、場末のお化け屋敷?
それが僕の観念のようだ。

"僕には思い出もない。輝かしい希望もない。ただ現在が堪えがたいだけである"

されど笑われるだけの役目にも等しく本番は巡ってくる。
撮影が再開され、当然の如く僕の独演会?の続きから。
「それを世間は犯罪者と呼ぶ!」
またも吊り下げられた鎖にしがみつき、カメラ目線を狙う素人芝居。
正直、二、三度繰り返すだけで眩暈がしてくる。
もっとマシな、もっとキマッたアクションはないものか、と自棄を起こしたくなってしまう。
僕は同じ芝居が出来ない。
技術的なことより、要はすぐに飽きてしまうのだ。
一度でたくさん!の気分にどうしても襲われてしまうのだ。
大学時代から多少の舞台経験を積んではきても昔からこうだった。
一度やったら、もう恥ずかしくて二度なんてとてもとても・・・これでも役者か?真似事ですら、こんな身勝手さなのか?
だからテストの度に少しずつ、ほんの少しずつでも変えてしまう。
テレ隠し、誤魔化し、ささやかなる抵抗・・・。
僕は人の言うことがまったく素直に聞けない。
仕事であろうと、人の言いなりになれない、なりきれない、つまり己を殺せない、合わせられない、無に出来ない、消してしまえない・・・。
言い訳だ。
うまく出来ない、キチンとこなせない無能ぶりを棚に上げた見苦しい弁明だ。
僕は仕事など元々何もしたくない人間なのかもしれない。
誰にも指図などされたくないのかもしれない。
何にも関わりたくないだけなのかもしれない。
生きていることにすら、とうに飽き飽きしているのかもしれない。
「それは生と死の狭間で聞こえる歓喜の声、女体が奏でる生命の詩だ!」
僕は絶叫する。
AVの時のように、いつものようにアジテーションする。
自分勝手に。
生も死も分からないくせに。
女体の詩など聞こえたこともないくせに。
「それらは、子宮性感と呼ばれる驚愕のオーガズム、ポルチオオーガズムによって為されます・・・」
僕はカメラに向かって指を差し出す。
ろくな指マンも出来ない、売れない男優の指を突き出す。
潮も吹かせられない。
イかせたためしもほとんどない。
誰かの真似。
一流男優のパクリ。
それもカッコウだけ。
これが所長だ。いや主宰者だ。
そして僕だ。
いつもニセモノだ。
だから、本物を前にすると常にたじろぐ。
残りのセリフはすぐ横に吊られているヒロインを見つめながら口にしている。
AV女優ではない、女優の肉体。
彼女は間もなく、そこからベッドに運ばれ、衣服を剥がれ、そして初めてカメラの前に裸身をさらす。
僕のセリフなど、僕のおバカ芝居など、何の前フリになったろうか?
彼女は本当に裸になった。
明る過ぎる照明の下、高所に組まれたカメラに向かって、見せたことのない本物を確かに見せた。
ここはAVの現場ではない。
だのに僕は次の小芝居に、ただ小瓶の薬をスポイトですくい上げるだけの動作にまごつき、不器用ぶりをさらし、後は彼女にすがるが如くベッドの前にひざまずき・・・。
僕は女優を見つめた。
芝居だけで「身をくねらせ」「淫らに身もだえていく」オンナを見据えた。
AV女優ではない女の喘ぎ。
女優が、本当の演技だけでもって見せる女のヨガリ。
これがAVなら、"女体拷問研究所"の現場だったら、僕はしゃべりだしていただろう。
どこかに触れ、どこかを覗き込み、彼女に話しかけ、女優の瞳を開けさせていただろう。
そして僕とその視線を合わせようとさせていただろう。
しかし彼女は演技している。
全身で芝居している。
全てを晒して、オンナを表現している。
僕は演技者ではない。
ただのAV男優。
ただのスケベな・・・ただのオトコ・・・。
僕の出番がここで終わったことは必然であったのかもしれない。
女体に触れない主宰者。
さわれない男優。
話せない、見つめ合えない男・・・オトコ・・・。
いつの間にか、僕は消えていた。
僕の映画はここで終息していた。
僕の芝居はこうして消えた。
あっさりイった?いや・・・夢精だったか・・・。

"そのとき、突然僕は時間の観念を喪失していた。僕は生れてからずっとこのように歩きつづけているような気分に襲われていた。そして僕の未来もやはりこのようであることがはっきりと予感されるのだった"

結局のところ、特に後半、僕はどう芝居していいのやら、てんで分からないまま終わってしまっただけなのだ。
どんな顔をしていたのかも憶えていない。
ベッド上のシーンはかなりフィルムを回していたはずだが、彼女の演技を高揚させるため、充分過ぎる時間をかけてじっくり本番を撮り上げたはずなのだが、僕は己の存在すら、霞ほどの感覚しか残っていない。
僕はあのシーンに本当に映っていたのか?
一体彼女の何を見ていたのか?
どのような芝居に、演技に、役そのものに生きようとしていたのか?
さっぱり分からない。
何も答えられない。
そしてとにかく終わってしまった。
わずか一日の映画出演。
セリフに忙殺されただけの情けない冷やかし助演?
外は雨だった。
そこは東京イチの繁華街だった。
つまりは欲望の街であった。
僕は何をしていた?
その街の地下で、地の底で、日の当たらない密室で、僕は今日一日、何を見た、何を感じた、何をしゃべった、誰と・・・誰と生きた?
いつもの僕だ。
僕の人生だ。
半世紀近くも変わり映えしない、僕だけの歳月。
どこにいる?
映画に聞こう・・・。



"堪えるということは、僕にとって生きるということなのだ。堪えることによって僕は一切の重いものから解放されるのだ。そしてまた堪えることによって、あの無関心という陶酔的な気分を許されるのだ。全くそれでなくても、この世の中は、堪えるより外に仕方がないではないか。思想にさえ、僕はどれほど堪えて来なければならなかったであろう!"
引用すべて、椎名麟三「深夜の酒宴」より






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
10年程前、現場でご一緒させていただきました。
優しい言葉をかけていただいて時々それを思い出します。
また来ます。
ミジンコ
2013/06/10 11:03
ありがとう。
この10年が、あなたにとって御自分を優しく振り返れるものであってほしいと祈って・・・。
また、いつでも。
AV落人
2013/06/10 16:35

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