AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 追想「子宮に捧げる愛の詩」その四"登場"

<<   作成日時 : 2013/05/20 17:58   >>

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"私は知らない。私自身が、私自身だけの解答を探しつづけているにすぎないのだから"坂口安吾




"闇の中から、妖怪のように・・・が現れる"
これである。僕の出番はまず、シナリオ上のこの一行から始まる。
"妖怪"・・・ときた。
時代遅れな言い廻しである。
妖怪。
しかし、このアナクロな形容こそが、僕がこの与えられた役への同化にとっての唯一の足がかりなのである。
僕は時代錯誤なキャラ。
僕は浮世離れの倒錯人格。
「ようこそ! 女体拷問研究所へ」
僕はこのセリフをフレームの外からまず発し、そして画面に初めてその姿を現す、と予測していた。
勝手にそんなカット割りを考え、その後の大仰な噴飯芝居を頭に描いていた。
ところが、実際にはセリフを言いながら登場し、主人公の眼前に立つまでに言い終わらなくてならない、という芝居を求められた。
こんな単純で流れるような動作に、けれど僕の体はどうしようもなく重かった。
ヒイヒイ喘ぐようにセリフを口にしながら、主人公の前までわずか数歩歩み寄るだけのことにひどく難渋してしまう有様だった。
劇場用映画としてキャメラに刻み込まれることへのの怯えと重圧からだろうか。
ファーストカットで、誰よりもその日注目されてしまうというプレッシャーに対しての憐れな無力感だっただろうか。
カーテン越しに聞かせなければならない最初のセリフ・・・「これはこれは、心優しきテツヲ君・・・」
僕の咽喉はどうにも頼りなげで、マイクまで届いているかどうか、何とも心細かった。
響かせる声が出ない。
想う以上の声量を、肉体が許してくれない。
僕は早くも挫折のカケラを摘み取っていた。
恐れていた無能を前に、僕は立ちくらみに近い迷妄のままギラつくような照明の中へ進んでいった。

僕は声が高いと言われる。
声量があると、一応認められている。
だが、これは誤解だ。
さもなければ、はかない仮面だ。
普段、日常の僕はよく相手に聞き返される。
声が低い。
通らない。
滑舌が悪い。
電話では特にそうだ。
そして咽喉が弱い。
冬でも朝でもノド飴が離せない。
現場でも舐める。
本番中でも含んでいる。
インストラクターをやっている時でも、よくそうしていた。
最も体力的に充実していた三十代のその頃ですら、ノド飴を頼りにひとクラス90分、しゃべりにしゃべっていた。
そして現在、僕はよく咽喉を嗄らす。
たかが四、五行のセリフを勢いよくしゃべった直後、悲鳴を上げるみたいに咽喉奥が言いたいことを?聞かなくなる。
ノド飴に頼って何とか誤魔化し誤魔化しで、その後の長い長いアドリブをこなしていくAV"声優"・・・。
僕は咽喉に自信がない。
冬は無論、春でも秋でも咽喉が嗄れるのを恐れ、予防のマスクで顔を隠す。
表情を殺す。他人に紛れる。
こんな僕にとって、映画のセリフは咽喉の酷使に充分過ぎた。
一週間にも満たないセリフの反復だけで、こんな児戯にも等しい出演者の基本準備だけで、僕の咽喉はせいぜい七割、いや六割の調子でもってしか本番に望めなかった。
自分のセリフが自分に聞こえない。
耳に届いていても、それは僕本来の声量ではない。
半分以上?他人の声だ。
出来損ないの、僕の朽ちかけた残響がいいところだ。
しかし、元々咽喉が強いわけでも何でもない僕の、本来の声量なんてどこにあるのだろうか。
誰に話した?
どこで聞かせた?
僕は自分の声を知らない。
生まれついての咽喉から発する己の叫びを、僕は素の自分として、自らの意志として、誰かに向けて、信じる相手に向かって、心底から放ってみせた試しがない?
僕の咽喉はAVのためにあるのか。
僕の声はAV女優に聞かせるためのものでしかないのか。
僕の叫びは、囁きは、己が歌は、誰かを追い込み、幻惑させ、責め苛むための、そんな役目しか果たせない遠吠えにすぎないのか。
僕の声は、愛も弱さも悲しみも伝えてくれない。
そして今回のようなガチガチのセリフとなっては、響かせることも、とどろかせることも出来ない、腰抜けの体たらく。
僕は自分の声に愛想をつかしながらセリフを続けた。
つくづく役者なんて到底及びもつかない脱力感に襲われながら、僕は"妖怪"の如くふるまえていただろうか?

「私は、女体拷問研究所・・・」
所長ではなくて"主宰者"だそうである。
主催ではなく、主宰・・・上に立って行う人・・・と意味されている。
上に立って・・・何もしてない所長なのに・・・こんなに何もしない、何も出来ない、何にもならないAV男優がいるだろうか?
そして僕は相手役と目線を合わせられない。
女優でも男優でもそうだ。
普通の芝居ではいつもこうだ。
照れ?恐れ?臆病?逃げ?
僕はいじめられっ子だった。
逃げ回るしかない十代だった。
今、五十を過ぎて、僕は相手を求めている時しか?目線を合わせられない。
つまり女優のみ。オンナだけ。
劣情をもよおした時、嗜虐に駆られた時、情愛に導かれた時、欲望と哀切に見舞われた時・・・僕は初めて相手の眼を見つめる。
何の恐怖もためらいもなく、彼女の視線を執拗に辿り続ける。
だから、このシーンでも僕は僕でしかなく、つまりは主宰者役を全うすることなど到底出来ず、僕は男であるテツヲ君の眼を見据えることが出来なかった。
声も不十分、視線も逃げ腰・・・散々な出来のまま撮影は進み、僕は地下室奥の、つまりは拷問部屋へと足を進めた。
無意識のうちの小走り、それともスキップ?
まさに逃げるつもりだったのだろうか?
誤魔化しの動作が生んだ皮肉まじりの軽快な足取りだったのだろうか?
カットが変わって、つなぎの動作で僕が小走りだったと指摘された時、僕にはその覚えがまるでなかった。
"妖怪"らしからぬトンチンカンな、いやイかれキャラとしてはごく自然な役柄上のパフォーマンス?
僕には見当もつかない。
それより何より、次の長ゼリフを前に僕の恐怖は沸点寸前だったのだから。

するとセリフが変わった。
「この・・」が抜けただけ。
たったこれだけで、僕の調子は狂いっぱなし?
シナリオではここで"小瓶"を渡されているはずなのに、なぜかスルー。
かくして手持ち無沙汰のまま、"状況"だの"快楽拷問"だの"深層心理"だのと、しゃべちらし・・・。
小芝居に走るアザとさも、所詮売れなくなった男優の開き直り。
よくは憶えていないが、さぞ落ち着きのない、見苦しい限りの独り芝居だったろう。
何もするな!こそが真の名演。
ただそこにいるだけが本物の名優。
僕は何かしないではいられない。
あがくだけが、僕がそこにいられるヨスガでしかない。
僕はカメラの方を見たり見なかったり、定番コスチュームである黒マントをいじったり、巻き込んだり、はじいたり・・・。
間をもたせるための、まるで生きているフリをするための、空しい戯れ事のタレ流し。
ようやくキリのセリフに辿り着けた時、僕は天井から吊るされた鎖にしがみついた。
苛立ちと、焦りを憤怒の力で発散させようとするかのように、僕は硬い鎖に抱きつき、誰かの首を絞めるように、両手に力を込め、セリフを放った。
「それを世間は犯罪者と呼ぶ!」
カメラ目線。
愚かなる?AVの病い?
笑われている。
あまりの下らなさに失笑されている。
セリフは聞こえていないけど。
こんな声では全然、僕本来の叫びではないのだけれど、僕の言葉責めとはほど遠いのだけれども。
僕は笑われるためにここにいる。
それを世間は・・・・何と呼ぶ?
ところが、ここで休憩が入った。
まだ長ゼリフが三分の一残っているところで夕食と相成ってしまった。
ここからが本格的な快楽拷問シーン?
その前に一息は妥当なスケジュールだ。
笑われているのは僕だけ。
自嘲しているのも僕だけ。
これが映画だ。
僕は・・・妖怪?いや、用無し?だ。


"人間だけが地獄を見る。然し地獄なんか見やしない。花を見るだけだ"
坂口安吾


つづく






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