二十歳という刻印・・・映画メモ「狂った果実」(81)

"狂った 果実にも 見る夢は あるけれど どうせ絵空事なら いっそ黙ってしまおう せめてこの胸が 裂けるまで Silence is Truth"




81年 日 監督根岸吉太郎 脚本神波史男 主題歌アリス 出演本間優二 蜷川有紀 永島暎子 岡田英次

僕はこの映画を封切時に見ている。
そして二度と再見しようとは思っていなかった。
あまりに痛々しい映画だったから?
特に後半の暴力シーンが生理的にどうにもトラウマと化してしまっていたから?
だが、見てしまった。30年ぶりに。
そして初めて気づかされてしまった。
僕も二十歳(はたち)であったということに。
この映画は、二十歳の男女を主人公にした成人映画だ。
18歳未満は禁止の、青春映画だ。
僕はハタチでこの映画を見ていたのだ。
そして今の今まで、こんな映画、忘れよう忘れようと、ひとり足掻いていたのだ。

オープニング・・・日課としている早朝ランニング。青年は走る。苦しそうに、ひとりきりで、それでも走る。
昼はガソリンスタンド、夜はぼったくりバーのボーイとして労働している青年。
一方、大金持ちの社長令嬢として何不自由なく贅沢三昧の学生生活を送りながら、義父との愛人関係にも澱み続けている無為の娘。
ふたりはスタンドの客と店員として偶然出会い、そして再会する。
バーの店長とその妻の濡れ場を見せ付けられ、真っ昼間、一流ホテルの壁影で、ほとばしる欲情を自涜する青年。
義父との情事の帰り、車中からその光景を眺めてしまった娘に義父がつぶやく。
「"濡れた草場に隠れて 僕の繰り返した様々の 窮屈な姿勢を 何とみじめに 快(こころよ)かったことか"」
「それ、何?」
「立原道造。若い時読んだ。"誰からも見られていない確信と やがて悔いへの誘(いざな)いと その時 真昼が匂うようであった"」
「余裕ね」
「うん?いや・・・懐かしいんだよ」
義父から車を借り、青年に声をかける娘。
「やっぱり寂しいのかなぁ・・・見ちゃったんだ、さっき。むしろ潔いって感じだった」

青春映画は嫌いだ。
あの頃まで、青春の映画といえば、やたら走っていたような気がする。
走るしかない青春。
歩いてなどいられない若い猶予。
僕は走っていただろうか?
運動は苦手だった。
体育などいつも劣等感と嫌悪の気分しか味わえない強制だった。
ハタチの僕は親のスネカジリなだけの大学生。
スポーツ音痴だったくせに、殺陣の部活で汗だくに動き回っていた肉体パフォーマー予備軍。
労働はおろかアルバイトにも無縁だった。
その頃から、先天的?なまでに、貧乏症で怠け者の無為主義だった。
オナニーは知っていただろうか?
風俗で童貞喪失したのが21の時。その時も射精出来なかった。いや、そういう達成感すら、やはり僕はまるで自覚していなかった。
つまりまだ二十歳の僕は、窮屈でも、みじめでもなかったのだ。
その代わり、快さも、悔恨も、真昼の匂いも知らなかったのだ。
僕は寂しくさえなかったのだろうか?
潔さ、という言葉すら知らない、土台青春などとは無縁の、足場なき詩人まがいだったのだろうか・・・。

ふたりを襲う急な土砂降り・・・青年は衝動の赴くまま娘を犯そうとする。
豪雨の中、車外に転げ出る二人。泥まみれの交わり・・・だがそれは、一瞬で果ててしまったみじめな未遂に終わってしまった・・・必死の抵抗が嘘だったかのように、ふいに笑いだすズブ濡れの娘。
「そんなに俺がおかしいかよ」
「あなただけじゃないの・・・途中からその気になりかけたみたいで私も滑稽でした」
ふたりはお互いに二十歳(はたち)であることを知る。

レイプしたことはない。
襲おうとしたこともない。
キスを迫ったこともない。
その方が、おかしいか。
笑いものか。
ハタチの僕には誰もいなかった。
十代の頃も誰にも気づかれなかった。
だから笑われもしなかったし、抵抗もされなかったし、ふたりで滑稽に感じることもなかった。
17歳で成人映画を見に行った僕。
14歳で団鬼六のSM小説にハマッた僕。
僕の性はどこにあったのだろう?
僕はこの映画をポルノ映画とも青春映画とも記憶していなかった。
僕には性も青春もまだなかったから。
いや、あれから今日までだって・・・そんなものがどこにあったというのか。
僕はこの映画も、自分が二十歳であったことも、全て忘れ去って生きてきたんだ。

「あんた、学生さん?」
「まあね。デザイン学校でインテリア専攻です」
「ふうん、翔んでるっつうのかな」
「翔んでるなんてそんなカッタルいんじゃないの。第一バテちゃう。漂ってるんだなぁ、空中を。かげろう飛行機」
取り巻きの遊び仲間たちに「強姦されたの!」とふざけて言いふらす娘にウンザリする青年。
腹いせ?に、バーで支払いを渋る助平客を殴りつけていた青年は、パトカーのサイレンに追われて娘と二人、歓楽街のラブホに逃げ込む。
猥雑な嬌声に包まれたドギツい照明の下、湿りきった部屋で初めて求め合う二人のハタチ。
しかし、彼等の間にはどうしょうもない現実の溝が、まだ二十歳でしかないという果てしない絶望があった・・・。
父権という絶対。
格差という無力。
そして何より、今どうしていいのかも分からない蒼さゆえの迷い、いらだち、衝動の歯噛み・・・。
義父に妊娠させられたことを知った娘は、義父と別れるにはあなたをダシに使うのが丁度よかったと青年に言ってしまう。
「そのために俺と?」
「それは別です・・・」
けれど憤った青年は義父を恐喝しようとして失敗し、娘と決裂する。
しょせん強固なる家父長制には歯が立たない、孤立した若者の虚しい抵抗。

81年とは戦後36年。
ひょっとして娘の義父は、二十歳で終戦を迎えていたのかもしれない。
どん底の焦土から這い上がってきた強靭にして狡猾極まる存在感。
今の僕はむしろこの老いてなお精力的な義父にこそ、重なる年齢だと言われてしまうだろう。
けれど僕に戦後はなかった。
団塊も革命も、シラケもオタクもなかった。
81年は「女の時代」?「女子大生ブーム」?「なんとなくクリスタル」?
娘達は漂い、僕は部活と映画館と下宿の往復。
ラブホテルに風俗以外で入ったのは、一体何年後のことだったろう。
女達のダシ?に使われるようになったのも、それからいつくらいからだったろう。
僕もとっくに父になれる歳を跨いでいる。
けれど父ではない。
夫でもない。
恋人でもない。
だからどこにも権力がふるえない。
非道になれない。
焼き印を押せない。
僕はかろうじて、そのことだけを誇りに思う。
品格など御免だ。
きみのためにこそ、死にになど行く気はないのだ。
30年間、僕は僕なりの抵抗だけはしてきたのかもしれない。
父という名の権力。
長と呼ばれる絶対。
家にかしずく不変。
無力は、抗い、なんだ。
翔ばなくとも、漂わなくとも、人は生きていて構わないのだ。

一人残された娘は遊び仲間のボンボン達をけしかける。
「(あの青年が)珍しいんだろ?」
「そう、だから徹底的にからかいたいんですよぅ・・・」
青年のバーに押しかけ、暴れまわって店を破壊するドラ息子共。
青年は袋叩きにされ、店長の妻は巻き込まれて負傷し、妊娠していた腹から無残に出血してしまう。
生々しい流産の様に同じ母!として呆然とする娘。
一人去らなかった娘を傷だらけのまま青年は殴りつける!
「どうして・・どうして俺にこんなことばかりするんだよ・・・?」
「ほんとは・・・きっと好きだから・・・好きだから、いじめたいってことも、あるんですよね」
「嘘だぁ・・・嘘つきやがれ!テメエは俺をからかって楽しんでるだけなんだよ!!」
殴って殴って、痛苦の泥沼から絞り出るように娘を犯す青年。
血に汚れ、泣きじゃくりながら犯され続ける娘。
激しい、凄惨すぎるふたりの二度目、いや三度目の交じ合い。
そうでもしなければ感じ合えない性。
そこまでしなくては混じり合えない愛。
傷つけ合わなければ、確かめられない孤独すぎる生・・・。

僕は珍しかったのか?
いや、あまりに平凡だったから、ありふれすぎたイジメられっ子だったから、僕の十代はイジメと孤独に明け暮れた。
それは中途半端なからかい。
いい加減なだけの、ふざけ。
だから僕は好かれることもなかった。
大して楽しまれもしなかった。
結果、誰も犯さずにすんだ。
誰の血を流すことも、泣きじゃくってくれる人も・・・一人としていなかった。
コメンテーター達は今日も言う。
今時の若者は傷付け合うことを恐れてばかりいる、と。
そんなこと、30年前から言われていること、分かりきっていること、つまりアンタたちがとっくにそうだったということ。
だのに、必ず最後はこうだ。
傷つけろ。
もっとぶつかれ。
甘えるな。
弱音を吐くな。
負けるな。
逃げるな。
泣くな。
(でも死ぬな、とは決して言わない)
傷つけた奴らはこうしていつの時代にも勝ち誇る。
弱者を痛めつけ踏みにじった果てに、強者、成功者の愉悦と地位にとことん甘え、すがり、しがみつく。
そのためなら、いくらでも逃げる隠れる、なすりつけては、罵り、吼える。
傷つけ合える関係なんて、ない。
暴力が一方的に傷つけるだけだ。
強権が情け容赦なく圧殺するだけなんだ。
僕は愛を知らない。
青春が分からない。
だから傷つけ合う愛情というものが、愛憎と呼ばれるハラワタが、どこまでも見えない。
僕は生を確かめることなく生きてきた。
二十歳も、もうすぐ迎える五十歳も、僕にはまったく掴み所もない、わびしい流産の繰り返しなのだ。
僕は何もしてこなかった。
生きてきたことだけが、死ななかったという現実だけが、僕の僕自身への、イジメに違いなかった。

ドラ息子達の溜まり場の店に向かった店長と青年は、よってたかって返り討ちに合ってしまう。
半死半生の目に合わされた青年は遂に隠し持っていたナイフでリーダー格のボンボンを刺し貫く。
怒りと狂気の宿った目で、修羅場と化した現実を見渡す青年。
その一部始終を悲しい厳しさで見据える娘。
ふたりの間には何の言葉もない。
あるのはおびただしい血痕と打ち捨てられた死体と呻き声・・・。
あの男知ってるんだろう?と問われた娘は乾いた声でこう答える。
「全然知らないんです・・・」

僕もたった一度だけ、凶気に走ろうとした瞬間があった。
高校の修学旅行。
宿の集団部屋で布団蒸しにされた僕は、深夜廊下に独り漂っていた。
この窓を椅子か何かで叩き割れば、こんな旅行、中止になるだろうに。
僕が今日も味わった地獄を、ほんの少しでも同級生達や教師共に思い知らせてやれば、僕も・・・僕も・・・どうなると言うのか・・・何の足しになるというのか?
だから、やめた。
おとなしく、残りの日程を何の言葉もなく消化して、僕は"学生時代の大切な思い出"とやらを無傷で終わらせてやった。
誰のために?
何のために?
自分のために?
己の弱さのために?
僕のことを誰も知らない。
僕の修羅場を全然誰も知りやしない。
僕の奥底にだけ残されている、おびただしい血痕、打ち捨てられた己の屍体、僕だけに木霊する低く長い呻き・・・。
僕は死ぬまで悲しむだろう。
それが僕のナイフだ。
隠し持ったままの、現実を何一つ刺せない、僕の狂気だ。

テーマ曲が流れ出す・・・。
"ひとしきり 肩濡らした 冬の雨 
通り過ぎて 行き過ぎる 車 
追いかけて 喧嘩でも してみたら 
少しくらい 心も まぎれる 狂ったぁ・・・"
夜の歓楽街をひとり昂然と歩く娘・・・その表情は万感の哀しみか、底知れない激情か・・・。
"・・・果実には 
青空は 似合わない 
家を出たあの時の 母の震える声は 
今でも耳に 響いてる 低く高く 
ポケットで 折れていた ハイライト 
おかしくて 吸う気にも なれず 
かじりかけの 林檎をただ 思いきり 
投げつける 都会の闇に 
許して くれなんて 
言えない 今の俺には・・・"
己が部屋で独り故郷の母に電話している青年。傷に苦悶しながら「大丈夫、元気だよ」と伝え、ボーナス入ったらクーラー買ってやるよ、と言い、「嫁さん?いいよ、まだ早いよ、俺まだハタチなんだから」と血まみれの体を狭い四畳半の畳に横たえる父なき青年・・・。
"ナイフ捨てたこの手で 
回すダイヤルの音 
せめてもう一度 
刻みたい 声がある・・・"
己が部屋のベッドで独り模型飛行機のプロペラを回す娘。紙と竹で出来ただけのそのはかない物体は、娘の周りだけをわずかの間飛んですぐにいずこかへ落下してしまう。生まれ変わったかのような激しく氷の如き瞳で虚空をにらみ付ける娘。すでに呪われた母となってしまったハタチの娘。
"生まれて きたことを 
悔やんで ないけれど 
幸せに暮らすには 時代は冷たすぎた 
中途半端でなけりゃ 生きられない 
それが今・・・"
また朝は来る。日課のランニングを今朝も続ける青年。傷を背負い、喘ぎながら、必死に、みじめに、よろけながら、転がりながら、走ろうとして、走り抜こうとして、前に前に向かわんとする虚ろな青春。
"狂った 果実にも 
見る夢は あるけれど 
どうせ絵空事なら いっそ黙ってしまおう 
せめてこの胸が 裂けるまで 
Silence is Truth!"
背後から青年を追い抜いて行く覆面パトカー。
立ち止まった青年は天に向かって咆哮する。言葉にならない言葉で。声にならない叫びで。
(スタッフタイトルが下から上に流れ出す)
再び足を体を引きづるようにして走り出すハタチの青年。
待ち構える二人の刑事。
(タイトルが終わる)
青年の息遣い、這うような苦しげな息遣い。
青年の表情は見えない。
(画が止まる)
「終」の一文字・・・。

(テーマ曲「狂った果実」については、2006年4月7日に記載済み。「音楽」のテーマで参照されたし)

青春という言葉が大嫌いな僕が、書いてしまった青春映画。
それは青春という甘美さのカケラもない、壮絶で無様な物語に他ならなかったからだ。
僕はAVという言葉も嫌いなのかもしれない。
楽しいAV、エロいAV、いい女がヌかせてくれるAV、イジメさせてくれるAV・・・笑顔のAV女優、充実のAV活動、飛躍を約束するAV出演・・・。
僕はAV女優と喧嘩するAV男優。
青空は似合わない、おかしすぎて、投げつけたくなる、AV男優。
許してくれなんて誰にも言えないAV男優。
悔やんではいない。
幸せには暮らせない。
時代は冷たくなった。仕事がなくなった。
永遠に中途半端でなければ生きられなくなった。
夢は見る。
AVの夢も。
愛の夢も。
青春の夢も。
けれど現実は絵空事だ。
AVも青春も、僕自身もとっくに絵空事だ。
だから、いっそ黙ってしまおう・・・そう決心した時もあった。
ブログの更新をやめ、全てを諦め、あらゆるものに沈黙し・・・。
それでも咆哮している。
この映画のように。
30年ぶりに気がついた今だ聞き取れないままの、二十歳の絶叫のように。
僕はまだ這っている。
その先にあるものは間違いなく"終"。
でも僕のハタチは、とうに終わっていたはずの二十歳が、この映画との偶然の再会によって五十を前に蘇った。
僕にもまだ前があるのか。
"終"に辿り着くまでの、ほんのわずかが、僕の前に残されているのか。
それを信じさせてくれる、愛するものへ。
僕の果実へ。
この胸が張り裂けそうになる。
僕はハタチに戻る。
そこには、誰が・・・・・。
ハタチは青春ではない。
生き延びてきてしまった者への、それは刻印・・・。



追記・・・「愛のむきだし」(2008)という映画を見た。"究極の純愛"と絶賛の嵐のようだが、僕には「愛」のむきだし、ではなく、「エゴ」のむきだし、いや「むきだし」ゴッコ、にしか見えなかった。
僕と同い年の監督が撮った4時間にも及ぶかしましい絵空事の垂れ流し。
それはまさにカルト宗教の世界であり、愛だ!愛だ!を乱射する平成版戦意高揚フィルムであり、監督はそれこそおぞましいまでに教祖そのものであった。
僕がCSで再見した「狂った果実」は、R-15指定とやらで約5分近くカットされ、音声すら一部消去された一時間二十分ほどの"にっかつロマンポルノ"(DVDは廃盤中・・・)。
あれから30年・・・。
我々は、監督は、青年は、娘は、そしてこの僕は・・・何を黙ってしまったのだろうか。
どんな夢に狂うべきであったのだろうか。





 



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この記事へのコメント

ちぃ
2011年02月16日 09:47
久々のコメントです。元気が一番ですよね。辻丸さんはいろんなこと思ったりで読んでいて面白いです。blogの更新これからも待ってます☆

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