自身という名の"作品"・・・「燃えよ!カンフー」詩録

「もう、あの人はいません」「いや、そこにいる。力の限りを尽くし、才能を傾け、やっと仕上げた"作品"だ。単なる記念碑かな、それともあの人自身か?」



僧は、幼い頃生き別れになった兄を写真に撮ったという老写真家ゴーモントを訪ねる。
早朝の山中、河岸にカメラを据えるゴーモントと僧。 
ゴーモント「今朝は光線の具合は完璧だ。だが、いい状態は続かん、二分だ。そして二度と残らん」
僧「写真に写せば残りますね」
ゴーモント「ははは、残ればいいが・・・いゃあ駄目だな。どんなことをしても本当の美しさは残せんよ。幾らかでも残れば幸運だ。影か形か・・・」

完璧な具合は残らない。
いい状態ほど長くは続かない。
短すぎる。そして二度と戻らない。
写真でも駄目か、記憶でも駄目か、文明でも精神でも無理か?
どんなことをしても本当の美しさは残らない。
愛も過去も、情熱も涙も、人間も魂も・・・。
幸運はつかの間、だ。
人の幸せは、どこまでも、はかないものだ。
それでも人間は影を追う。
形を慕う。
もう一度、もう一度と、生きようとする。
何かを、する。

僧は少林寺での少年時代、寺に陶器のカケラばかり拾いに来る不思議な老人リュウを思い出す。
陶器を手に頭を下げるリュウに高僧は笑顔を向ける。
高僧「礼を言うのは、わしの方だ。不注意に捨てたものを役立ててくれた」
僧は高僧に問う。
僧「先生。今、先生と話していたリュウは、頭がおかしいんでしょうか?」
高僧「お前の意見は?」
僧「あの人もとても貧しくて、食べるものには困っているはずなのに、食べようとしません」
高僧「はっはっはっ・・・他にもっと強い飢えた渇きがあるんだ」
僧「・・・・ガラクタを拾い集めています」
高僧「わしらにはガラクタだろうが、リュウには違う、ははは・・・」
僧「陶器のカケラに何の価値があるんですか?」
高僧「何をしているか分からんからといって、頭がおかしいとは決まらんだろ?」
僧「・・・・・」

強く飢えた渇き・・・僕も頭が、おかしいのだろうか?
カネはない、仕事はない、家族はない、希望もない。
全てが貧しく、生きることに困り果ててるはずだというのに、僕は生きようとしない。
ガラクタを求めている。
誰もが下劣と見なすものを、飽きもせずに拾い続けている。
勝手な愛、自慰のロマン、エゴの性・・・・。
何の価値もない。誰かを傷つけるだけ。
僕が日々何をしているか、誰にも分かりはしないだろう。
誰一人、注意も関心も向けないだろう。
僕は、おかしいと決まっている。
僕はどうせ残らない。
僕だけの美しさ。
僕独りの、カケラ、影、形・・・・。

ゴーモントは確かに僧の兄の写真をかつて撮っていたが、それは数人の男たちが一緒に写った五、六年前の古い写真で、どの男が僧の兄なのかはゴーモントの記憶にはない。
だが、山ひとつ超えた先にあるゴーモントの小屋には日誌があり、それを見れば分かるはずだと言う。僧はどこまでも付いて行くつもりでいたが、ゴーモントに世話を受けた若いインディアンのマトスカは、ゴーモントが食欲もなく、どこか疲れていることを気にする。
マトスカ「あの男は、黒い影を引いて歩いている・・・」
僧「そうですね」
ゴーモントの体は、撮影で使う水銀の蒸気に犯されていたのだ。
マトスカ「あの年寄りは小屋までは行けない。あんたも、だ。望みは叶わないだろう」
僧「・・・・」

黒い影・・・誰にでも影はある。影を作る。
だから人は死ぬ。必ず死んで、望みは潰える。
影を引いていると見なされた者は、恐らく影を知っている。
己の死影を振り返り、黙って道行を辿り続ける。
目的の地に行けなくとも、望みが叶わずとも、夢も生も失おうとも・・・・人は死ぬまで生きる。疲れても食べなくても、人間は自分のため、そして誰かのために歩いていく。
僕も影を知った。
黒い跡を引いて、今日も歩いた。
ガラクタに犯されてきたから。
誰かに見つけてほしかったから・・・。
僕の望みは最初から叶わない。
僕には誰もいないのだ。
皆を棄ててきてしまったのだ。

僧はリュウの後に付いて村へ出る。
リュウ「なぜ後を尾けてくる?何が欲しい?・・・ああ、お寺の子だな。他に何かすることがあるだろう?」
僧「付いて歩くように言われたのです」
リュウ「何を言う、もう少しマシな言い訳が出来ないのか?」
僧「でも本当の話です。先生に言われたことをしているだけです」
リュウ「あの先生がか?どうしてわしなんかを?なぜだ?」
僧「ためになることを教えてもらえるそうです」
リュウ「ふふふ・・・わしは字も読めないし、書けない。何を人に教えられる?」
僧「あなたは奥深い知恵と、大きな歓びとを見つけてるから。それがどんなものかを教われ、と言われました」
リュウ「はっはっはっ・・・可哀想に君は先生にカツガれているんだ。わしなんかを追い回してどんな得があると思う?これといった取り柄もなしにただ好きなことをしているだけだ。気楽に夜明けから日暮れまでを過ごして、変わりなく明日が続くことを祈ってる」
僧「・・・まだ何かあるでしょう?」
リュウ「なんにも他にはない・・・もし何かあると思うんだったら、付いてくるのは勝手だ」
僧「・・・・」

言い訳など出来ない。
本当の話だ。
僕は自分自身に呟くとおり、生きてきただけだ。
夜明けから日暮れまでを過ごし、明日が続くことを祈って。
どんな明日?
どんな歓び?
どこに知恵が?
僕は読んで書いて、教わらなかった。
人を愛することを、知らなかった。
なんにも他にはない。
何にも残ってはいない。
僕は思うだけだ。
勝手に生きること。
勝手に死ぬこと。
自分だけで、朽ちること。
もう少しマシな人生はなかったのか?
それでも誰かが付いてくるなら・・・僕を尾けて、僕を見届けようというのなら・・・・。
僕は、あなたを可哀想だと思う。
だから、あなたを愛したいと願う。

僧はすでにゴーモントが死を覚悟していることを悟る。
ゴーモント「ははは、人に分かってもらおうとは思ってないよ。自分でも分かってないんだからな」
僧「そんなことはないでしょう」
ゴーモント「はっ、皆はそう言ってる。わしの相棒のホッブズもスタジオの中で写真を写すのは文句も言わずにやってるが、景色を写すために山に登るなんて仕事は、ははは、まあ正気の者のすることじゃない、と思ってるようだ。うん、国は広いし美しいところは沢山ある。写しておかなければ!ぜーんぶ!!}
僧「出来ますか?」
ゴーモント「あああ・・・わしにも分からん・・・まあのんびりせずに出来る限りほうぼう歩き回って、疲れなど忘れることだ」

人に分かってもらおうとは思っていない。
誰にも分かりはしない。
どうして孤独なのか。
なぜ、ずっと一人で苦しむのか。
愛に飢えるのか。
自分にも答えはない。
人は沢山いて、愛は無限にあって、美しい世界は必ずどこかに待っていて・・・。
それが僕の全部だ。
正気を失くした?僕の命だ。
出来る限り、か。
疲れを忘れて・・・命も忘れて。
いつまで出来るだろう。
それは分かっている。
死ぬまで、だ。
生きられなくなるまでだ。
最初からその覚悟はある。
僕は自分だけの景色を見ていたい。
誰もいない風の中で、死なないでいることだけが、僕の"仕事"だろう。

ゴーモントは生涯独身だった。結婚したら妻と一緒にいてやらなければならない、そんなことは自分には出来なかった、と。
僧「歩き回って、写真を撮る・・・それだけですか?」
ゴーモント「初めからだ。初めてカメラを持った時から、そうだ」
僧はリュウの"仕事"を手伝っていた日々を思い出す。
彼は、様々な色の陶器のカケラを組み合わせて、通りの隅に祠のようなものを造っていたのだ。
リュウ「手伝ってくれた人は初めてだ。ここへ通いだしてから、どれくらいになる?」
僧「はっきり憶えてません」
リュウ「カネにはならんし、作業は辛いのにどうしてやめないのかね?」
僧「先生に言われたことを私はまだ見つけてないんです」
リュウ「いけない先生だ。何のつもりでこんな素直な子供をカツグんだ・・・なっ川で泳いできなさい、黙っててやるよ」
僧「いいえ、ここにいます」
リュウ「ああ・・・・仕上げられるかどうか・・・」
僧「分からないんですか?」
リュウ「トシもとったし、毎日の疲れが少しずつ体を削っていく・・・代わりに終わらせてくれるか?」
そこへ高僧が現れる。
高僧「お前に出来るか?お前一人でリュウの代わりに仕上げられるか?」
僧「・・・あまり自信がありません・・・何のために造るのか知っているのはリュウさんだけです」
高僧「もう頭がおかしいとは思わんのか?」
僧「そうは思ってません。造っているものにも何か一本筋が通っています」
高僧「筋がな。ガラクタを集めて造るのにか?」
僧「つまらない陶器のカケラも、集まると別の価値を持ってきます」
高僧「ああ、やっと分かってきたようだな」
僧「でもこれがそんなに大事なことなんでしょうか?」
高僧「よく見て、リュウの作品から学ぶのだ。長い年月をかけて、材料を選び抜いて、作り上げたものだ。ひとつひとつ・・・ひとつひとつ・・・」
ゴーモントは50歳になったばかりだと言う。
僧には70歳を越しているようにさえ見えた。水銀のせいか、"仕事"のせいか・・・・。

初め、からだ。
僕の人生は、僕の人生でしかなかった。
初めて一人になった時。
初めて独りだと知った時。
カネには無縁の人生。
辛いだけの、繰り返し、徒労・・・・。
でも、ここにいる。ここに生きている。
何を仕上げられるというのか。
体は削られてきた。代わりもいない。馬鹿でしかない。ガラクタでしかない。
僕の価値。
つまらない"仕事"。
生きることは、つまらないだけだ。
それが僕の価値だ。
生きてみて分かった唯一の真理だ。
間違ってる、と誰に言い切れるか?
誰が僕の価値を知ろうとしたか?
ひとり、ひとりの人生。
ひとつ、ひとつの命。
その価値、意味、作品・・・・。
僕は47年かけた。
材料は・・・優しさ、労わり、慰め、慈悲・・・。
言い換えよう・・・・愛(ロマン)、肉体(射精)、言葉(責め)、思想(SM)・・・エゴ。
僕は作り上げた。
僕という人間を。
僕自身という"作品"を。
僕が残した記憶、罪、AV。
僕は何歳に見えるか?
僕はいつまで、終わりを待つか?
筋は萎えた。
誰かが分かってくれるまでは・・・・・。
初めから、だ。

僧達は、長い旅の末にゴーモントの山小屋に辿り着き、日誌の記録から僧は兄の顔に初めて対面する。
だが、ゴーモントはこれまで撮った数々の風景写真を手にしながら逝こうとしている。
ゴーモント「ああ・・・全部は捉えられない・・・影だ・・・ただの影だ・・・それでもなお、美しい・・・」
マトスカ「もう死ぬんじゃないのか?」
僧「そうらしい・・・静かに死なせてあげましょう、邪魔せずに・・・」
僧は回想する。
祠は美しく立派な塔として完成するが、リュウは亡くなる・・・。
高僧「別れの祈りはしたかね?」
僧「お祈りしてきました・・・」
高僧「死が全ての終わりではないのだ。分かるか?」
僧「・・・もう、あの人はいません」
高僧「いや、リュウはそこにいる。力の限りを尽くし、才能を傾け、やっと仕上げた"作品"だ。単なる記念碑かな、それともあの男自身か、どう思う?」
僧「・・・・」
川、谷、樹木、山々、霧・・・愛する"作品"を前に、事切れる老写真家・・・。

僕は何一つ捉えられなかった。
影も形も風も・・・・。
それでもなお?
僕は祈るのか?
死は全ての終わりではない。
生きている者にとっては。
死者を看取る者にとっては。
僕はまだここにいる。
だから、すでに終わっている?
死ななくてはならない。
生きていてはならない。
終わらせなくては、ならない。
僕の"作品"はもう、限界だから。
僕の力も、才能も、僕自身も、とっくに静けさしか望んでいないから。
僕の全部。
僕の"作品"。
自身という名の、多分・・・業。
僕はとっくにいないのかもしれない。
あなたを救えなかった。
あなたを守れなかった。
あなたを愛せなかった。
これが僕という"作品"。
祈りも美しさも見つけられなかった、自身に宿ったカスミ・・・・・。






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この記事へのコメント

maru-sei
2009年06月05日 14:00
RIP. Kwai Chang Caine 突然の悲報に驚いています。なにか気の利いたことが言えればよいのですが、あまりに悲しみが深すぎる・・・。あなたが書かれているものはわたしの宝物です。いつも何度くらい視聴してから文章にされるのでしょうか?札幌はついさっきから雨脚が強くなってきました!弔いの雨ですね。
2009年06月05日 19:09
ありがとうございます。
「もう、あの人はいません」・・・まさか本当にそうなってしまうとは・・・。
落ち着いてから追悼文を更新したいと思います。

文章化にあたっては、一度視聴して、あとはセリフごとにゆっくり見返していきます。
読んで下さって感謝しております。
こちらも雨です・・・・。

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