道を求めて・・「燃えよ!カンフー」詩録

「十分生きて初めて立派に死ねるんです。あなたの命は生きたい、と叫んでいる。だからまず・・・生きることだ」

旅の途中、僧は、甲鉄馬車と呼ばれる金銀を運ぶ堅固な馬車を強奪したマクバーニーという男と知り合う。
彼は無学で粗野な毛むくじゃらの大男だったが、根っからの悪党ではなく、スー族出身で病身の妻アンナを生まれ故郷に運ぶために、一時的に馬車を借りただけだと僧に言う。
だがその妻はなぜか、とてつもなく重くて巨大な木箱に封印されており、マクバーニーは決して中を見せようとはしない。
疑念に包まれながらもスー族の居留地まで同行する僧にマクバーニーが尋ねる。
「お前さん、最初に会った時、どこへ向かってた?」
僧「・・・北へ」
「北に何かあるのか?」
僧「特に何も・・」
「・・?」
僧「・・あなたには変に思えるでしょうね・・・説明しにくいのですが・・・」
「・・・」
僧「私は何も求めず、行くあてもない。ただ・・・"道"を追求して進んでいるのです」
「どこだって?」
僧「"道"(タオ)です。道教の」

(道(タオ)とは、宇宙と人生の根源的な真理の世界であり、自然、無為とも同義とされ、無獄、太極、太素とも呼ばれる。究極の理想は仙人になることだという)

僕も何も求めず、行くあてもない・・・嘘だ。
仕事を求め、カネを求め、愛を求め、そして面倒でやるせないことが何も起こらないでくれる都合のいい日常を求め・・・。
でもやはりアテなどはない。どこへ向かったらいいのか、いつもいつも皆目見当がつかない。
求めるものがあるから分からないのか。
切望する、いや欲望する何物かがあるから、いつまでたっても道が見つからないのか。
仕事もカネも、オンナもただの執着だ。結局のところは醜いだけの煩悩だ。
生きることは求めることではない。
生きるために、求めなくてはならないものなど、実はたったひとつしかない。
道・・・タオ・・・それは無・・・自然・・・極・・・・獄・・・・つまりは死か?
僕は仙人にはなれない。
永遠に真理の世界など掴めない。
行くあてもないのに。
求めるものに、少しも届きはしないのに。
僕の道は、僕にしかない。それは僕の根源であって、誰の真理でもありえない。
僕の理想は何だ?
それを尋ね歩いた果てに朽ちるのが、僕だけのタオ、なのか・・・。

ひたすら妻への愛を口にするマクバーニーを見ているうち、僧は清国での苦い初恋の思い出を回想する。
正式の僧侶となって少林寺を出た僧は、カイトンという警察をも抱き込む強盗団のボスに手込めにされていた美女メイリンと出会う。彼女は時の皇帝の側室でもあったが、強欲で好色なカイトンにしつこく付きまとわれていた。カイトンを追い払った僧は彼女の艶麗な美しさに魅かれ、生まれて初めての恋情に激しく突き動かされる。メイリンもまた誠実な僧に愛を告白し、二人の心は結ばれる。
一度はカイトンの姦計によってメイリンを奪われてしまった僧だったが、カイトンの屋敷に忍び込み、再度の決闘でカイトンを打ち負かせてみせる。
ヘトヘトにやられたカイトンは苦笑いを浮かべながら僧に言う。
「本当に手ごわい奴だ。見たこともない動き、そのスピード。俺も少林寺で学びたいものだ」
僧「・・・」
「俺はこれだけお前を褒めておる・・・お前も言ってくれていいだろう?一言くらい」
僧「・・・あの・・恐らく他の人ならば・・もっとずっと早くひどい怪我をして動けなくなり、勝負を投げ出していたでしょう。カイトン、はっきり言ってもうこれ以上、続ける必要はないでしょう?」
「・・・」
僧「十分生きて初めて立派に死ねるんです。あなたの命は生きたいと叫んでいる。だからまず・・・生きることだ」

十分生きる。
それは、何だ?
それはどういう形だ?
立派に死ぬ。
これも分からない。
立派な死などあるのか?
自他共に納得出来る死など、本当にあるのか?
生きても生きても、人生は底なしなのに。掴み所もない迷宮なのに。
死はその終わりだ。それも自分はおろか、誰にも決めることなく強いられてしまう、究極で不条理なる宣告だ。
どんな命でも生きたいと叫ぶだろう。
たとえ心が死を願ったとしても、命が許してくれない場合がきっとあるだろう、残酷なまでに強靭に、執拗に・・・。
僕がそうだ。
今の僕には全てがそんなだ。
十分どころか三分の一も生きてきた気がしない。だのに今からでさえ、どう生きたら十分に達するのかも、てんで分からない。
このままじゃ立派な死なんて夢のまた夢だ。
そのくせ、みじめったらしい犬死にでも、のたれ死にでもいいと開き直っているくせに、いつまでたってもアッサリ死ねないんだ。
”まず”より何より僕はまだ生きている。
生きたいと、どこからも祈っていないのに、昨日も今日も生かされている。
僕はこれでいいのだろうか?
誰か僕を褒めてくれる人などいるのだろうか?
僕には、やっぱり一言もない。
僕の叫びは、僕が生きているということは、誰も知りはしない。

だが、メイリンの正体は男を食い漁る魔性の女であり、実はカイトンもメイリン恋しさにこれまで何人もの男を殺してきていた。自分に言い寄る男共をもてあそび、互いに嫉妬させて殺し合いへ誘い込み、それを楽しむ稀代の妖婦がメイリンだったのだ。
降参したカイトンは、すべてを明かして苦々しく僧に忠告し、その場を去る。
呆然とする僧に、メイリンは冷たく言い放つ。
「あの人が言ったことを信じたのね」
僧「・・・いいえ」
「誤魔化さなくてもいいの。わかってんだから。私を愛してるふりなんかしないで頂戴。私もお芝居をやめるわ」
僧「私を愛していないって・・・本当ですか?」
「あなたもどうかしてるわ。あなたを愛してどんな得があるっていうのよ。一文無しで、一生貧乏で・・苦労するだけよ!」
メイリンは皇帝の元へ帰ると言う。
「カイトンの言ったとおりよ。あの人は私をよく知ってるわ・・・私といればあなたは・・・破滅するだけよ」
僧「・・・!」
「行って・・もう用はないわ」
僧は最後の望みを託して、彼女から贈られていた小石の首飾りを見せる。だが、メイリンは鼻先で笑い、こう吐き捨てる。
「もってったら?私の思い出にね」
僧「・・・」
「さようなら。純情なお坊様・・・」
放心のまま、ただ首飾りを握り締めて去っていく僧。
けれど彼を見送るメイリンの瞳からは大粒の涙が・・・。

僕は誤魔化してばかりの人生だった。ありとあらゆるフリ、だけで生きてきた。
愛するふり、喜ぶふり、悲しむふり、正しいふり、生きるフリ・・・。
けれど、芝居に徹していたわけではない。
愛せなかったから、喜べなかったから、悲しくなかったから。
僕は正しくなれなかったから。
それは全て愛されなかったから、といっては・・・すでに破滅か・・・。
愛されなくて僕は様々な得をした。
貢ぐことも浪費することも、嫉妬も心労も激情にも縁なく生活してこれた。
逆に愛せなかったことでは損も得も多分していない。
愛などなかったから。
僕には一度も、愛する者からのその言葉を聞いたことがないから。
僕を愛しても何の得もない。
一文無しで、一生貧乏で・・・永久に鬱屈して・・・未来もなくて・・・。
僕は誰からも用がない。
思い出をくれる誰ひとり、僕にはいない。
僕の言うことを誰が信じるだろう?
僕のことを誰が知っているだろう?
僕だって泣いている。
僕にだって・・・純粋な何物かが・・・・。
サヨナラさえ、僕には霞む。

居留地でインディアン、保安官らに囲まれたマクバーニーは僧にアンナのことをようやく話す。
七年前、彼はある土地の自警団に頼まれて一人の殺人犯を縛り首にした。顔にスッポリ袋を被せられていたその死刑囚が、実は女だったことを吊るした後に初めて知った。
ところが埋葬されたはずの遺体が、ある爆破工事でもって彼の元へ吹っ飛んできた。それがアンナで、以来彼は罪滅ぼしに彼女を妻として愛し続けてきたのだ、と言う。
進退窮まったマクバーニーは、とうとう人々の前で木箱を開けてみせる。
そこに現れたのは、巨大で細長い石碑・・・マクバーニーはすがりついて号泣する。
彼はその物言わぬオブジェを愛しぬいて、これまで人知れず生きてきたのだ。
ようやく生まれた土地に埋葬された女の魂へ、僧が言葉を手向ける。
僧「ものあり 天地に先んじて生ず 
寂たり 寥たり 
独立して改まらず 集光して あやぶからず 
これをもって天下の母と為すべきなり 
我その名を知らず これを道(タオ)という 
強いてこれが名を定めて 大という 
これが名を定めて すなわち アンナという」
(不思議に生み出されしものよ 天と地の間 沈黙と無の間に 変わることなく 常にそこにある おそらく それは万物の母 名は知らぬが 私は"道"タオと呼ぼう それをたたえる言葉は"偉大"であり その名を アンナと呼ぼう)
僧はメイリンの思い出の首飾りに口づけし、墓標に供える。
僧「あの人に・・・永遠の別れを告げたんです・・・」

葬送の言葉とは、生者の懺悔かもしれない。
生きるとは、誰かの死のうえに成り立っているだけの、傲慢かもしれない。
だから死者は道になる。
死は偉大なる、天と地、沈黙と無の間に横たわる、タオに繋がってゆく。
マクバーニーは、自らが殺めた者の偶像を愛しぬいた。
僧は偽りの愛を、それでも永遠に祈った。
どちらも失われてしまったから。
二度と還らなくなったからこそ、それがタオに辿り着いたから。
道とは見えないものだ。
絶えず万物と別れ続けることが、道行の真実だ。
僕には、ありとあらゆるものが分からない。
しかし唯一、死だけが、絶対の答えであること、それだけがほんのわずか、僕を慰めてくれる。
僕みたいな何も出来なかった奴にも、死だけは確実に与えられる。
死というタオだけは、間違いなくこんな僕でも、平等に導いてくれる。
誰もいなくても、道はあるのだ。
道が見えなくても、僕は進んでいるのだ。
僕の死はまだ来ない。
生者である限り、僕にもまだ跪く時間が、授けられている・・・。








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この記事へのコメント

燃えカン
2006年10月14日 03:02
いつも読んでます。初めてコメントします。今回は、邦題「大いなる青春の記念碑(前編・後編)」からですね。このエピソードは、全62話の中でも特に感銘深いものだと思っていましたが、それが今回取り上げられて、とても感動しています。AV落人さんの解釈を読んでいますと、「ああ、そういうことだったのか・・・」と、長年理解不能だったこの話の本質が、ようやく判りかけた感じです。有難うございます。それにしても、老子の「天地に先んじて生じるものあり・・・」のセリフに漂う寂寥感・・・、そして「絶対の答え」の崇高さ・・・、本当に考えさせられます。このブログ、是非とも続けてください。

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