悪という自画像・・「燃えよ!カンフー」詩録

「恥を感じる心がなくては、誇りを感じる心もまたあり得ないのだ。絶望を知らずに喜びを感じることは出来ん。我々の中に善があれば、必然的に悪も存在するのだ」「悪などない方がいいのでは?!」「それでは人間そのものを否定せねばならん」「滅ぼさなくてもいいのですか?」「己自身を滅ぼすのか?悪とは何か・・・それがなくては人間そのものがあり得ぬ存在だ。正面から見つめて立ち向かうのだ。怖れることはない」

僧は、旅の途中、通りかかったニネべという町がふいに気になり、乗っていた馬車を下りてみることにする。
馬車の持ち主である親切な老人は、若い頃から旅に明け暮れ、西部の半分は旅したらしい。別れ際、彼は僧にこう言う。
「ひとつだけ分かったな」
僧「何ですか?」
「人間の暮らしはどこでも同じだ。だから一ヶ所に落ち着くのが利口だよ」
僧「でも、土地にはそれぞれの暮らしがあります」

人間の暮らしは同じか?
どこで暮らそうと、人生の本質は変わらないか?
土地が変われば人も変わる。人が変われば、土地そのものも変わってしまう。
変わることを怖れない人間もいる。
一ヶ所に落ち着くしかない臆病者もいる。
人はそれぞれに生まれ、それぞれに死んでいくんだ。人間はどこで暮らそうと、いかに流れ歩こうと、一人でしかないのだ。
人はひとつの場所にしかいられない。人は自分一人の人生しか生きられない。
人間は悲しいんだ。そしてこんなにも、ちっぽけで、はかないものなのだ。

ニネベに入った僧は、旧知の老人セレニティと再会する。
彼はかつて僧の父の故郷であるローズビルの狡猾な権力者だったが、その強欲さゆえにインディアンの土地を犯し、両目を潰されてしまった。しかし自棄になった彼は僧に教え諭されたことから改心し、今では宣教師となって立派な教会を運営していた。
そのセレニティがニネベに来た目的はただひとつ、彼が実の息子のように可愛がっていた口の不自由な青年サニービルを殺した"悪魔"へ復讐するためだった。
その者はまるで縛り首から生き返ったかのように首がねじれた大男で、その凶暴さと怪異な風貌から、ニネベの住人は皆恐怖のあまり口を閉ざしているが、必ずこの町に潜伏しているとセレニティは確信していたのだ。
銀行に教会への寄付金を預けに行く途中を襲われたサニービルは首の骨をへし折られ、見るも無惨な死体となって発見されていた・・・タロットカードの悪魔の絵に、セレニティは憎き犯人像を重ねている。
僧は、仇討ちを諌めるが、セレニティは耳を貸さない。
深夜、サニージムのわずかな遺品を火葬しながらセレニティは、僧に言う。
「一緒に悲しんでくれ、サニージムのために。灰は灰に還るのだ」
僧「・・・」
「さあ、それがすんだら君はもう出掛けるがいい」
僧「どこへ、ですか?」
「やるべきことがある場所へ、だ」
僧「それはここです」
「では、私からはっきり言おう。ここを立ち去れ」
僧「・・・セレニティ」
「・・・」
僧「火は燃え尽きましたか?セレニティ」
「・・まだ暖かさを感じる」
僧「火の粉はやみましたか?」
「まだ、はぜる音が聞こえる」
僧「火の粉は私の方にも、はねているんです。それをどうやって、止めることが出来るというんですか?」

灰は灰に還る。人間は所詮、灰か・・・。
そうかもしれない。
やるべきことがなくなった人間。やるべき仕事を奪われた人間、果たすべき役目を失った人間。
彼らは灰になるしかない。跡形もなく、砂になって消えるしかない。
僕もそうだ。
火は燃え尽きた。火の粉はやんだ。もう、暖かさも、はぜる音も伝わってこない。
僕の方へはねてくれるものが無くなったのだ。僕は出掛ける場所を見失ってしまったのだ。
僕には仇を討つ相手もいない。死を賭して挑む怨敵も存在しない。
僕はもう灰だ。その方が、争いもなく、そして平穏で静謐な時の流れに貢献出来るんだ。
僕はそれで満足か。安らかな眠りにつけるのか。
今はまだ分からない。未だにまだ、得心しえていない。
僕にはなお、命の燃えカスが、はねてきている。それをどうやって、止めることが出来るというのか・・・。
ひと思いで・・・簡単な気もしているが・・・。

犯人の男は闇の世界から完全にこの町を支配していた。ある女は顔に傷を負わされながらもただ服従するだけ。お尋ね者でもある男を追ってきた賞金稼ぎも、隠れ家に踏み込むや、ひと目で射すくめられる始末。
何も知らないと言い張る女を僧は慰謝してやる。
「そんな人この町にいないわよ」
僧「じゃあ、なぜそう怯えているんです?」
「怯えてなんかいないわよ!ただ私・・・疲れているだけよ。なぜだかこのところ、ずっと夜ぐっすり眠れないんだもの・・」
僧「・・・ぐっすり眠れるんです・・・心が安らかで・・・怖れるものが何もなければ・・・」

怖れるものほど、人はその実在を否定する。恐怖に縛られた己の心を隠蔽してみせる。
その結果は無惨な傷だ。怯えるばかりの、蟻地獄の想いだ。
怖れるものが何もなくなれば・・・そこに疲弊はない。苦悩もない。抗いもない。
安らかな心。それは、退屈で、つましいものかもしれない。
だがその清貧な境地こそ、人間の本当の救いかもしれない。
人は地獄と出会って初めてそれに気が付く。悪魔を知ることで、己の無垢な願望を振り返る。
人間はやはり弱い。
怖れるものを全て失くすには、生きることそれ自体が、あまりにも厳しすぎるのか・・・。

僧の優しさに触れた女は、必死の思いで訴える。
「私その人よく知ってるの・・だって私、始終会ってんだもの」
僧「・・・」
「本当言うと嫌なのよ。でもどうにもならないの。何て言うか・・魔法にかけられて、操られてるみたいに・・・どんなひどい目に合わせられても離れられないの」
僧「恐ろしさから?」
「そうよ。いつか優しくなるかと思ってたけど、始終ひどい目に合わされてるの」

どんなひどい運命からも離れられない人がいる。
あえて魔法にかかり、過酷な仕打ちに耐え続けている無言の人がいる。
生きることはそれだけで恐ろしい。自分の運命に逆らうことはもっと恐ろしく感じてしまう。
いつか優しくなってくれたら・・・実は期待していない。受難に生きる方が遥かに心は穏やかだから。誰も疑ったり憎んだりせず、浄化させた心のままでいられるから。
誰も彼ら彼女らを笑うことは出来ない。
国家や権力の魔法に喜んでかかっている大衆は、そこに根源的な、自虐的な、憐れと絶望を見出すだけだ。

それでも"悪魔"のタロットカードを手離さず、賞金を出してまで犯人を追跡するセレニティの前に"悪魔"が遂に現れる。
セレニティは僧に教わった杖術で身構える。
「・・・いるのは分かっているぞ。墓場のように冷たい空気が部屋の中に立ち込めている」
男は蝋燭に火をともす。
「お前は明かりがなければ見えんじゃろうが、わしゃあ暗闇でもお前がはっきり見える。暗い穴のような目、冷酷に歪んだ唇、人間らしい感情のひとかけらもない顔だ。私はお前を悪魔と呼んでいたが、まさに、その通りだ」
「・・・」
「だがなぜ、サニージムを殺さねばならなかった?金を奪うだけでは足りなかったのか?」
「あいつが俺を怒らせたからだ・・・」
「何をしたというんだ?」
「あいつはしゃべらなかった」
「しゃべれなかったんだ!あの子は口がきけないんだ。咽喉の傷を見なかったのか?!」
「見たとも・・・それが俺に思い出させた。俺をリンチにかけて縛り首にした奴らをな・・」
「・・・」
「俺が思い出したくねぇことをだ・・・それを忘れるために俺はあいつを殺した。殺すことで俺は忘れることが出来るんだ!」
激しい格闘も空しく、セレニティは"悪魔"を取り逃がす。

暗い穴のような目、冷酷に歪んだ唇、人間らしい感情のひとかけらもない顔・・・僕じゃないか。今の僕自身ではないか。
僕の部屋には、墓場のように冷たい空気が始終立ち込めている。
人間への落胆。人生への限りない自責と唾棄・・・。
僕には思い出したくないことが多すぎる。思い出したくない人間が溢れすぎる。
一人も殺せないから、忘れることも出来ない。忘れるためには、己をまず殺してしまうしかない。
僕はしゃべることにも疲れ果てた。
口はきけても、僕の前には誰もいないのだ。
僕がどんなに叫ぼうとも、奴らにはこの僕が全然見えていないのだ。
僕の人生は、私刑の連続だった・・・。

暴力で支配されていた女の心を救ったことから僧は"悪魔"の呼び出しを受ける。男は僧が自分と同じく、殺人犯として手配書が回っていたことを知っていたのだ。
静まり返った町を僧はただ一人、"悪魔"の指定した石鹸工場へと向かう。まだ少年だった少林寺時代を回想しながら・・・。
鏡に映った己の顔に怯えて目をそらす僧。高僧が近づく。
僧「先生・・」
「ここにおる」
僧「私は自分自身の中に恐ろしいものを見つけました」
「何を見つけた?」
僧「暗い奥の方に潜んでいる、影です。その影は明るいところへは出ようとしません」
「その影の正体は何だと思う?」
僧「・・・悪だと思います」
「それで悪の本質とは何だ?」
僧「・・・わかりません」
「お前は様々なことに愛や喜びを感じるだろう?何かを成し遂げた時には誇りを感じるだろう?」
僧「先生、感じます」
「時には自分の中に善を見つけるだろう?」
僧「時には・・」
「だが全てのものと同じで、人間にも二つの面がある。恥を感じる心がなくては、誇りを感じる心もまたあり得ないのだ」
僧「・・・」
「絶望を知らずに喜びを感じることは出来ん。我々の中に善があれば、必然的に悪も存在するのだ」
僧「悪などない方がいいのでは?!」
「それでは人間そのものを否定せねばならん」
僧「滅ぼさなくてもいいのですか?」
「己自身を滅ぼすのか?悪とは何か・・・それがなくては人間そのものがあり得ぬ存在だ。正面から見つめて立ち向かうのだ。怖れることはない」
僧「・・・・」

僕は自分の影を知っている。もはやそれしかなくなったことも自覚している。
明るいところへ出られなくなった。愛も喜びも、誇りを感じることも、なくなってしまった。
僕にはそれが悪であるという認識も欠けている。自分の中に善を見つけられなくなった以上、悪として否定する良心すら、どこかに置き忘れている。
人間には、二つの面がある。
だが、恥も誇りも感じる心を無くしてしまったら・・・絶望に埋もれて、いかなる喜びも感じ取れなくなったら・・・善もなく、また悪さえも己の砂漠の蜃気楼と化してしまったら・・・・。
僕などない方がいいのでは!?
僕自身を滅ぼさなくて、何があり得るというのか?
僕にとっての悪とは何か・・・僕とは一体どういう存在であるのか・・・。
僕はもう立ち向かう気力もない。
怖れているのではなく、僕はただ寂しいという、我がままに沈んでいるだけなのだ。

暗い無人の石鹸工場。
現れた僧へ、呪われた男のドス黒い声がかかる。
「貴様は何者だ?」
僧「人間だ」
「賞金稼ぎか?」
僧「金などいらん」
「よし、貴様は俺と同類だ。お互い人殺しで追われている身だ。そのおめぇが俺に何の用だ?」
僧「若者が殺された・・老人が苦しんでいる」
「若けぇもんが殺されたり、老人が苦しんでりゃぁ、そいつを全部おめぇが引き受けようってのかい?」
僧「そうは言ってない」
「代わりに仇を討とうってのか?」
僧「いや」
「じゃあ、なぜここへやって来た?」
僧「皆にはお前と戦う勇気がない。誰かがやらなければ・・」
お前なんかが俺に敵うとでも思っているのか?と男は罵る。
僧「お前は私を恐れている」
「馬鹿な!」
僧「それならなぜ、影に隠れているんだ」
男は姿を見せる。深い傷と憎悪にまみれた、酸鼻を極めた醜い形相。
「見てえか?俺の顔が・・」
僧「お前の顔は前にも見た」
「・・・」
僧「ずっと昔・・・鏡の中に・・」
「そんな寝言は聞きたかねぇ!」
激闘の末、男は自らが用意した硫酸の釜の中へ落下し、絶命する・・・。
別れの朝、セレニティは、悪魔のカードを捨て、解放された女も穏やかな微笑で僧を見送る。

僕は人間だ。金ももう、そんなに欲しいと思わない。
誰かの代わりになる気はない。皆なんて、僕にはどこにもいない。
だからやることもないんだ。
生きることにひたすら恐怖しているくせに、自暴自棄にのたうつことも出来ないんだ。
誰の内面にも悪はある。高潔な人はそれと対峙し、堂々と打ち負かしてみせる。己の罪も業も背負ったままで・・・。
僕は自分の顔が見たくない。
悪も善も失くした、文字通りの紙切れのような自分をこれ以上、野放しにしていたくない。
僕の悪とは何だ?
善が分からないのに、どうやってそれと対峙すればいいのか・・・。
僕の自画像は白紙のカードなんだ。
捨てられて灰になるだけの、くすんだ落書きなんだ。
僕は善も悪も恋しい。
生きるとは、人間らしく生き抜くとは、その二つを映しながら、その二つともと、交わり合って、認め合って、感じ合って、命を絞っていくことだ。
僕は何も感じなくなった。
それが一番恐ろしく、でも僕にはどこか安らかなんだ・・・。






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この記事へのコメント

いまじん
2006年09月26日 15:30
今更ですが「AV女優を舞台に上げてヤジとイジメで犯しまくる3」買って見ました。素晴らしいと思います。AV見てて涙が出てきたのは初めての体験でした。辻丸さんの場面も鬼気迫って見えました。
tama
2006年10月08日 01:08
首がねじれた大男は心の中に潜む諸々の悪の象徴といったところでしょうか? 心の中の悪は否定するのでなく、ある範囲内に閉じ込め外に突出しないようコントロールせよということだと思います。全否定するというのは確かにエネルギーが必要ですし周囲への反動もありますしね。

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