煩悩即菩提・・映画メモ「KOYA 澄賢房覚え書」

93年 監督村野鐵太郎 原作井上靖 脚本高山由紀子 出演名取裕子 隆大介 貞永敏 須藤正裕

"輪廻轉生 欲觸愛熳 破戒女犯 大樂清淨"

この映画は、空海の書によるこれらの言葉から始まる。
輪廻転生・・・我々はみな生き返る。
欲觸愛熳・・・我々は情欲と愛憎に狂う。
破戒女犯・・・我々は戒めを破り、罪を犯す。
大樂清淨・・・我々はみな清浄である。
生まれ変わるのだから、どれほどの快楽に溺れようと、いかに人道から外れようと、我々は決して汚れない。その本質はどこまでも清浄であり、その魂は巡り巡って、また地上に舞い戻る。
人間は、そこまで清らかなるものなのか。
あらゆる法悦も浄なる行為であるのならば、そもそも罪とは何なのか。戒めとは、どういう意味があるのか。
人間はすべてを許されるらしい。
人も自分も、許そうとする心さえあれば、聖なる境地に辿り着けるものらしい。
だが、その道は険しい。人間は、人も自分も、滅多に許すことなど出来ない。

高野山 宿坊 蓮王院。
仏教美術を研究する大学院生の洋子は、論文のテーマに"女人禁制と女犯"を選び、真言宗高野山を訪れていた。
深夜、彼女は夢の中で、低く重たい読経のうねりを耳にして目を覚ます。それは地の底から呻くような男のものであった。
「この時のことを言えば、ひどく寂しい気持ちが天から落ちてきて、襲い来たった人生の、と言うより、宇宙の寂しさに足をすくわれた・・・」

人は、寂しさから祈る。
己に与えられた人生の孤独に、全身で呻いてしまう。
教えは答えてくれないから。
人は己しか道連れに出来ない、漂泊の囁きだから。

現在もなお女人禁制をしく園通律寺から追い帰された洋子は、旧知の大学講師吉村のいる高野山大学を訪ねる。吉村は言う。
「高野は生きた山なんだ。信仰も矛盾も混沌も、千年間を生き続けて、多分これからも生き続ける」
様々な仏像を前に、洋子は聞く。
「仏像彫刻に、生身の女性より女性を感じることはない?」
「あるさ。厳しい戒律を思い合わせると、ちょっと面白い」
「女人禁制と女犯は切り離せないわ。でも女人禁制って一体何だったのかしら・・・ストイックということに、エロティックなイメージを持ってしまうのは私だけかしら・・・」
「・・・」
「私、女人禁制は差別の歴史ではなく、男と女のひとつの形ではなかったか、と思うの。そこには男にとっても、女にとってもひとつの夢があった。憧れに近い形の夢・・・」
「女人禁制が、男にも女にも、夢?」
「求めるといってもいいわ。ドリームよりは、ウオントかもしれない」
「ははは・・・しかしそれは論文のテーマにはなりずらいだろうな」
「やってみたいの。男と女の間に横たわる永遠の必然として捉えてみたいの」

禁じられればこそ、人は犯す。
遮られることで、人の心は昂ぶる。
ストイックが生む夢。ドリームを超えたウオント。
男は女を、女は男を、拒み遠ざけることで、おのおのの歴史を築いてきた。
だが、永遠に相容れない対象ならばこそ、男と女には互いに罪を犯す必然があった。
現代には女人禁制も女犯もない。当然、ストイックもウオントもない。
我々には刻み上げる仏像はなくなってしまった。
夢を失い、憧れも生身の性も、とうの昔に感じなくなってしまった。
生きているのは、山だけだ。
混沌を潜め、矛盾を呑み、信仰を遊ばせているのは、人間の手の届かない御山だけだ。
我々はあっという間に死ぬ。
戒律も放任も、魂の救いには、すでに遠い・・・。

吉村は洋子に愛染明王の像を見せる。
「愛染明王は空海によってまたらされた。弓矢を持っているのは、キューピットと同じだ。ただしあの矢で射られれば、異性を愛するように、仏の愛に生きられる」
「愛は認めるの?」
「うーん・・・衝動は否定しないよ」
その夜、再び読経の夢にうなされる洋子・・・それは愛染明王の姿をした澄賢房という破戒僧の読経だった。

異性を愛するように、仏の愛に生きる。
だが、愛が衝動である以上、形なき仏を人間が絶対の愛で捉えることなど出来るのか。
愛を認めない教えもある。
愛を信じない人間もいる。
仏も人間も、否定するのは簡単だ。
それでも何かに射抜かれたいと、夢に見るのが、愚かで淋しい人間の宿業だ。

大学の図書室で洋子は、照栄という高野山の高僧の日記を見つけ、そこに澄賢という名を発見する。
かつて一緒に修行した澄賢が、その日五十年ぶりに高野へ現れたと書かれていたのだ。
洋子は、高校生の頃、学者だった父親から「般若理趣経俗詮」という和綴じの本を見せられたことをはっきり記憶していた。その数日後に父を自動車事故で亡くしていたからだ。
「般若理趣経はね、弘法大師が中国から持ち帰った高野山の大切な経典なんだ。この本は澄賢という明治時代のお坊さんの書いた注釈本でね、この世にたった三冊しかない本の一冊なんだよ」
だが、父の書斎にその本はなかった。洋子は運命的なものを感じ、少し怯えるも、何かに自分が突き動かされている思いがしてきた。
澄賢は戒律を破って寺を追放された僧だった。一方同窓だった照栄は僧侶としてこの上ない地位に登りつめ、その高潔な人柄から稀代の名僧として数限りない人望を集めたという。
父が書き残した澄賢房覚え書には、澄賢が理趣経の序文にこう記したとある。
寺を追放された後五十年、欲燭愛熳破戒無惨の日々に身をゆだねた、と・・・。
そして照栄の日記の続きには、澄賢と再会した二日後、近くの山中で見かけぬ老人の凍死の報を耳にする、とあった。自殺か行き倒れか、誰にも分からず・・・。

僕の人生も、欲觸愛熳破戒無惨・・・には、ほど遠い怠惰なだけの日々だった。
ごく普通の人間関係から追放され、このまま五十年まで生きながらえることがあるのかどうか・・・違わないのは、その末路だけだろう。
自殺か、行き倒れか、誰にも分からず・・・それでいい。

最高僧として崇められた照栄と、高野山の歴史にその名を残すことさえ出来なかった澄賢。
その二人が五十年後、再会した。無限の罪を犯した澄賢が、自分の理趣経を書き上げ、高野に戻ってきたからだ。
洋子は澄賢に魅かれ、彼の遺した「般若理趣経俗詮」を探し出そうと決意する。
高野を歩き、様々な人々から話を聞き、彼の人生を幻影と共に辿り始める。
彼が破戒僧になったきっかけは、お蓮という酌婦が山に入ろうとしたことにあった。
追い帰そうとした澄賢に、お蓮が叫ぶ。
「女は救われないの?女は救ってくれないの?!」
「女人には女人の救いがある」
「どんな救い?答えて?!」
「・・・」
女人禁制の山だから、どうか戻ってくれと懇願する澄賢に、お蓮は言う。
「私のこと救ってくれたら・・女でも救ってくれたら戻ってあげる」
困惑する澄賢・・・。わざとらしく裾を乱し、媚態を込めてお蓮は迫る。
「あんたの命を張ってあたしを救ってよ・・・あたしを抱いて破戒するか、それともあたしと一緒に死んでくれる?・・・どっちにする?」
「・・・・」
「どっちにすんの?」
突然、泣き崩れる澄賢。
「・・・許してくれ・・・許して・・・・女人ひとりも救えないのか・・・・」
驚いたお蓮が「あたしのために泣いてくれたの?」と声をかけると、澄賢は無我夢中でお連にすがりつく。
激しく抱き合う二人。

僕も誰かを救いたいと思っていた。愛こそが最良の救いだと信じていた。
いや、人は誰でも一度は、本気でそう考えるはず。
だが、女は救われない。男も救われない。
人間は結局誰も救ってもらえない。
だから愛そうとする。必死で誰かを、そして何かを愛そうとして、破戒に至る。
僕は誰かのために泣いたことはない。
誰かが僕のために泣いてくれたことも、ない。
僕は救われなかった。
それゆえ、破戒にも達しなかった。
崇められることも、蔑まれることもなかった一生。
僕は生きてこなかったのか。
あっさり死ぬことすらも、叶わないのか。
僕ひとり・・・こんな僕ひとり・・・たかがひとり・・・・・ひとりは嫌だ。

洋子は澄賢の足跡をさらに辿る・・・。
高野を追われた澄賢を、ひとり見送る照栄。
「私は弱い人間だったんだろうか?」と、澄賢。
「・・・」
「お前も私を許してはくれまい」
「・・・・」無言の苦渋にたたずむしかない照栄。
「きっとお前は・・私を憐れんでるんだね」
「・・・・」
涙にむせびながら、ひとり下山する澄賢・・・。

僕は弱い人間だったんだろうか?
誰も僕を許してはくれないのだろうか?
僕には憐れんでくれる人もいない。
見送ってくれる誰か、もいない。
一人でしかない人間には、泣く場所さえないのだ。下りていくことも、振り返ろうとすることも、道も人もなければ、すべてが無常なんだ。

お蓮との情交に溺れる澄賢。
「私は、罪を償わず、罪に耽る・・汚れた衣で、お前を汚す・・・・許してくれ・・・汚れた衣で、誰を探せばいいのだ・・・」
だが、肉色に浸るだけの日々も澄賢にとっては虚ろだった。
そんな彼をお蓮はののしる。
「あんたはやっぱり御山が忘れられないんだ・・・そうやっていっつもいっつも御山のこと考えて・・・」
「・・・」
「忘れて!・・・お願い、忘れて・・・忘れて・・・・・」
「・・・・・」
澄賢はいつも愛染明王の絵を掲げ、見入っていたという。
それから澄賢は詐欺まがいなことで荒稼ぎしたり、旧家の娘と恋愛事件を起こしたりする。
「なぜ・・女は地獄を持ちながら、その身は仏なのだ・・・」

罪に耽りながら、仏が忘れられない。
汚辱に浸りながら、懺悔の思いを棄てられない。
僕も罪に耽っている。汚れた生活で、残された日々を虚ろに過ごしている。
けれど僕の心に仏はあるか?
良心や懺悔はまだ生きているのか?
僕にとって女は地獄だ。その女を乞うてやまないこの世は、まさに生き地獄だ。
僕の愛など、虚飾の美しさにすぎない。
女体の魅惑ほどの、まやかしの価値しかない。
地獄のおぞましさと空しさを知ってしまった僕は、だからはかなく御山を想う。
あり得ない祈念を慕って、無為に沈む。
僕は勝手に苦しがっているだけだ。
救われたいと、永久に駄々をこねているだけなんだ。
忘れられたくない・・・。

洋子は澄賢がいたという阿弥陀寺で、園通律寺の青年僧光隠と再会する。
そこには愛染明王の絵が掲げられていた。
「澄賢がもし仏になったとしたら、それは愛染明王だろうな・・」
「・・・」
「煩悩即菩提・・・蓮の花は泥の中にしか生えない・・・しかしその花には一点の汚点もつかない・・・そんなことが出来るのかな・・・」
「出来たわ!澄賢は愛染明王になったわ」
「そうかな・・」
「澄賢はお蓮を愛した・・自分の愛に純粋に生きたのよ。現代だったら山を追われることはなかったのだわ」
「君は恋をしたことがあるのか?君には分からない・・君のようなお嬢さんには分からない・・澄賢が生きたのは、純粋な愛なんかじゃないさ」

僕は恋をしたことがない。
純粋な愛とはどういうものか、未だに分からない。
ただ泥のように生きたことだけは確かだ。煩悩に明け暮れるしか、術を知らなかったことだけは、間違いないんだ。
僕を褒める人がいる。かっこいいだの、素晴らしいだの、必要だのと・・・でもあなたは僕の遺書を読んだことがあるのか?
毎日毎日絞り出すように書いていた僕の想念を、僕のあえぎを・・・身悶えを。
誰にも分からない。あなた方のような、一人でもなく、やることもある、そして結局何もしてくれない、一行さえ残してくれない、そんな幸せで忙しい一般人には、決して分からない。
僕は優しい人間なんかじゃないさ。
純粋な心など、とっくに枯れてしまった、ヒネクレ者でしかないのだ。
毎日読んでいます・・・そんなことが出来るのか・・・出来るなら、そうしてくれているのなら、どうして一言もない?・・・みっともなく泣きわめいてみせた時にしか言葉をくれない?
煩悩即菩提。
けれど僕が何に駆り立てられようと、そこに慰謝はない。温もりもない。
嘘と、ごまかしと、間に合わせの偽善があるだけ。
白々しい返事とか、冷酷な叱責がポツリポツリ・・・。
僕は仏になどなれなくてもいい。
羅刹のままでいいから、愛に染められ、明るい灯火に、ほんのひとときでも、照らされてみたい。

光隠は言う。
澄賢はお蓮を村の男に売ったりした。そうやってわざと他の男に抱かせることで激しく嫉妬し、己を駆り立て、狂おしい愛欲に埋没していた。
さらに旧家の娘とは、彼女が妊娠するや棄ててしまい、博労の妾に手を出しては見つかって、命からがら逃げ延びたことさえあった。
「澄賢は紀ノ川へ身投げし、死のうとして死に切れず、橋げたにつかまって助けを求めた。山を追われ欲望に溺れ、死ぬことも出来ない・・そんな坊主なんだ」
「・・・」
「だから、堕ちれば堕ちるほど、埋めようのない孤独地獄で身を焼く・・・」

僕も死に切れないでいる。
どこかに引っ掛かって、うじうじと助けを求めている。
欲望に溺れて生きてきた。
死ぬことも出来ないまま、こうして、どうしようもない、ひとりになった。
しかも堕ちるというには情けない程の卑小なみじめさに押し潰されて、孤独地獄だけが残った。
たった一行で癒されるかもしれない蟻地獄・・・それすら、誰も何もしてくれない、贅沢言うなとののしられる、人間失格・・・・。
こんな生き様が純粋か?
ここまで出鱈目な奴の遺書を、誰が本気で読むというのか?
返事がないのが、すべての答えだ。もう十日。毎日来てるはずなのに、たった一日の返事だけで、もう十日、棄てられっぱなし・・・・。

澄賢を知る光隠は、何と澄賢の「理趣経」を持っていると言う。
「一生罪を犯さなかった照栄と、罪の中に生きた澄賢か・・・」
「・・・」
「仏に近づけたのは、どっちだったんだろう?」
「・・・」
彼は洋子に「理趣経」を見せると約束する。
だが、彼はその直後、交通事故で急死する。洋子の父と同じように。
そして彼の遺品に「般若理趣経俗詮」はなかった・・・。

一生返事をもらえない僕。
一生毎日来るだけで、それを一切伝えてくれないのに、それでよしとしている、何人かのあなた。
仏に近づけるのは、もちろんあなた方だ。世の中のずっとずっと近くにいるのは、文句なしにあなた方の方だ。
どうせ僕が死ねば遺書も消える。急死しようと、誰も哀悼など考えもしない。
更新しない限り、一言だってないのだから。更新しても、ただその一回こっきりで、後はまたいつまでもいつまでも、ほったらかしと決まっているのだから。
誰も僕の遺書を探しもしない。
僕はどこにも生きなかった。心配されるだけの罪も犯さず、関心を持たれるだけの業の中にも身を置けなかった。
せいぜい死の報に際してこう言われるだけだろう。
「惜しい人を失くした・・・」
何もしてくれなかったくせに・・・生きてる間、どんなに叫んでも、たったの一言さえ、届けてはくれなかったくせに。
僕はどこへ近づいていけばいい?
こんなことを書いて、誰にその死を、弔ってもらったらいい?

再び高野に向かった洋子は、夜、山門で澄賢の幻と遂に時空を超えて語り合う。
「照栄・・・照栄ひとりでいい、読んでもらうために書いた本だったんだ・・・だが・・・照栄に渡すことは出来なかった・・・・」
五十年ぶりに高野の登った澄賢は、「理趣経」を胸に照栄と再会する。
「私も・・二十年ほど理趣経の勉強を続けてきましたが・・」
「仏の教えというものは、これはまた深いものでな・・・その勉強はいつ終わりが来るというものではない・・勉強すればするほどその深さが分かってくる・・」
「あなたが、この山で暮らした五十年・・私は俗勢の波にもまれて暮らしてきた、始めの三十年私は泥の中でもがいた・・そして後の二十年・・私は、私の理趣経を書かずにはいられなかった・・"煩悩即菩提"こそが理趣経の教えならば、煩悩に生きた私は、理趣経にすがるしかなかった。その理趣経をやっと書き上げて・・」
「ああ、それはいいことをなすった」
「・・!・・・・・」
照栄の語り口と穏やかすぎる表情に、澄賢は続ける言葉を失う。
「いずこの麓から登るも、峰はひとつじゃ。あんたが書きなすったことを誰が知らなくとも、誰が読んでくれなくともいい。御大師様が、よおおく御存知じゃ」
「・・・・」
「いいことをなすった・・・これからお互い、余生を仏の心を戴して生きていきましょうぞ」
「・・・・・・」

僕はいいことをしたのか?
沢山の言葉を重ねて、少なからぬ人の、何か役に立ったのか?
誰が知らなくてもいい。誰が読んでくれなくてもいい。
仏が、天が、時空が、それを知ってる、分かってくれている・・・・本当にそうか?
僕は九歳の時からイジメの中でもがいた。
人生の大半を、孤絶と妄執と憎悪と、裏切りにまみれてのた打ち回ってきた。
そして去年の今頃から、僕は自分の遺書を書かずにはいられなかった。もう小説でも、売文でもない、自分だけの、そして誰か一人・・・一人でいいから、読んでもらいたい人のために書こうと毎日狂った。
僕は遺書にすがったのだ。
己のどん底の言葉に、全霊で頼るしかなかったのだ。
そして読んでもらいたかった。分かってほしかった。
僕の菩提への哀訴を、そのための懺悔を、贖罪を、信じてもらいたかった。
誰にも知られず死にたくなどなかったのだ。誰にも読んでもらえない遺書では、あまりに悲しく、みじめだった。
しかし・・・・一年かけた結果は・・・残虐なる微笑の刑罰・・・。
僕の遺書は笑われただけだった。
読み捨てられただけだった。
毎日毎日、ただ受け流され、ちょっと変わった作り物として消費されただけだった。
誰も彼もが微笑みながら、結局僕を無視した。読んだ端からすぐに忘れた。
気まぐれで思い出した時だけ、毎日来ますとかなんとか・・・何の足跡もない、気休めの言い訳で誤魔化し、取り繕い・・・。
その酷薄さ、冷血ぶり・・・。
読んでくれなくてもいい。
たった一言さえ、書いてくれないようなら、来ても来なくても、読んでも読まなくても、同じじゃないか。
完全無視と、何も変わらないじゃないか!
僕は生まれ変わりたくない。
こんな現実、こんな地獄、一度でもうたくさんだ。

洋子は問う。「それで本は渡さなかったの?」
「渡せなかったのだ・・・照栄の言葉には、一点の誤りもなかった。あたたかいといえばこの上もなくあたたかい、だが・・・冷たいといえば、どうしようもなく、冷たい・・・・」
「・・・・」
「渡せなかったのだ・・・照栄は、私の本を読んでもらえる人間ではなかった・・・」
「・・・」
「あれは生涯罪を犯さなかった人間の冷たさなのだろうか、泥の中に生き、泥の中に暮らすことを知らない人間の冷たさなのだろうか、だが・・・罪を犯さなかったということで、罪があるといえるだろうか・・・」

僕を取り巻く人々には、一点の誤りもない。
社会的に非難されるのは、間違いなく僕の方だ。
僕の遺書を読んでいてくれる人は、皆あたたかい・・・だけど・・・僕の心はどうしようもなく、わびしい。悔しい。憤ろしい。
あれは、生涯ひとりではなかった人間の冷たさなのだろうか。
所詮は、罪も孤独も、愛されない苦悩も知らない、お気楽な人間の冷ややかさだろうか。
そしてあたたかいということで、何もかもが許される、何もしなくても一切が認められる、誰からも責められることもない、そういう仕組みが、今の、僕を包囲する現実なのだろうか。
もちろん僕には誰も責める資格などはない。
ただこの問いだけは、どんなに傲慢とそしられようと、付け加えずにはいられない。
僕の遺書を読んでもらえる人はいないのか?
遺書として真摯に読んでくれる誰ひとり、この世に存在しないのか?
存在しない方が当たり前・・・当然・・・常識・・・自業自得?
それがAV男優なのか。この僕でしかない、という滑稽な運命なのか・・・。

洋子はさらに問う。
「・・・でもなぜ、なぜなの・・なぜあなたの本を私の目から隠すの?私の目からも隠し、世の中に現れようとする度に奪い去るのはなぜ?」
ふいに洋子は気づく。それは照栄が為していることなのではないか、と。
洋子の叫びに照栄の慟哭が重なる。彼の幻が澄賢と向かい合う。
「私なんだ・・・私がしたことなんだ・・・私は怖かったんだ!」
「怖い?」
「あなたの本が怖かったのだ・・・この世に地獄の書があっては困る、仏の書だけでいいと・・・もし泥の中に産まれた書を認めるのなら、私の五十年はどうなる?!決して罪を犯すことなく修行してきた私の五十年は?」
「・・・」
「煩悩の世界に生きたあなたにこそ、理趣経は書けたのかもしれない・・・でもそれが私は怖かったんだ・・そしてあなたの理趣経を否定した日から、私の地獄は始まったんだ・・・」
「・・・」
「澄賢、教えてくれ。決して罪を犯さなかったのも、私の思い上がりなのか?」
「・・・」
「澄賢!」
「・・・わからない」
「・・・」
「・・でもたったひとつだけ」
「・・・・」
「人はみな、寂しいものなのだと・・・」
二人は五十年前の、机を並べた修行の日々を振り返る。照栄は言う。
「もし・・またあの時に戻れたら・・」
「戻れるさ・・きっと・・」
二人はあの頃の笑顔で見つめ合い、かたく手を握り合う。やがて合掌して消えてゆく照栄・・。

僕が書いたものなど、地獄でも何でもない。二十年かけて書かれた理趣経に比べたら、思いつきの戯言でしかない。
煩悩に生きたなど、それこそ僕の思い上がりだろう。
だから誰も怖れない。僕の遺書を否定もしない。
そうやって結局地獄にとどまっているのは、僕だけだ。己の四十五年間に怯えているのは、僕ひとりだ。
皆、思い上がることなどないから生きていける。自分を疑う意味を、僕なんかに感じるはずもないから、平穏でいられる。毎日ただ読み飛ばして、僕が死にかけていることなど、夢にも思わず、心の底から、どうでもいい・・・・とことん関心のカケラもない。
だが、それでも僕は、教えてほしいのだ。
毎日とは言わない。せめて二日に一遍、いや三日に一度、それもほんの一行・・・それだけを切望することさえ僕の思い上がりなのか、強欲なのか、エゴで、身の程知らずなのか。
見返りを期待しないで生きている人間なんかどこにもいないはずなのに。こんなささやかな望みさえ、僕は期待してはいけない人間の屑なのか。
僕は寂しいだけだ。
本当にただ、来る日も来る日も、寂しくてたまらないだけだ。
僕には、戻りたい"あの時"など一瞬もない。嫌悪と唾棄のやるせない過去しかない。
このまま本当に、後は死ぬだけなのか。
たった一人で、誰からも気にかけられることもなく、そのくせ軽薄な甘い言葉だけ何度か受けとって、虚妄の下敷きの果て、虫けらのように、つぶれてゆくのか。
"毎日読んでます"・・・今頃・・・・もう遅い・・・どうして今まで一回でも・・・すべては空しい・・・。
コメントゼロ、コメントゼロ、ひたすら何を書いてもコメントゼロ・・・僕の遺書なんて、要するにこれだけが事実だったじゃないか。そんな風にしてきたのは、誰でもない、あなたじゃないか・・・。

洋子が叫ぶ。
「澄賢!・・・澄賢・・」
「・・洋子・・・洋子」
「ああ・・・あなたは私の名前を呼んでくれた・・・時空を超えて私の名前を」
「そうだ・・私は呼んだ」
「答えて、澄賢。あなたは愛染明王なのでしょう?」
「いや、私は愛染明王を求めて、彷徨うのだ」
「でもあなたの矢は私の胸を貫いた」
「もしほんのひとときでも、私が愛染明王に見えたとしたらそれは、君の心がそうしたのだと・・君の心が彷徨う魂を解放してくれた・・照栄の魂も」
合掌する澄賢。
「ありがとう」
「行ってしまうの?」
「・・・」
澄賢にすがりつく洋子。
「私達は、同じ場所にはいられない・・同じ時間の中にはいられない・・・そうなのでしょ?」
「・・・」
「この記憶をこの感触を、私の中に刻み付けて・・お願い、刻み付けて」
荘厳な読経に包まれ、二人は口づけを交わす。
「いつか、また会える?」
「永遠の時の流れの中の、いつか・・・きっと・・・」
老いた姿のまま澄賢は、洋子に初めて言霊を伝えた蓮王院の彼方へ、微笑と共に消えてゆく。
それから間もなく、洋子は大阪の図書館で、「般若理趣経俗詮」と巡り合うのだった・・・・・。

僕も彷徨ってきた。そしてもう疲れ果てた。
僕は愛染明王も、ごく当たり前の無名の人も、願う気持ちを無くしてしまった。
僕の矢は、すかされ続けて、たまに弄ばれるだけ。魂は解放されるどころか、泥の墓場で音もなく朽ちていくだけ。
愛する魂と愛される魂は、時空を超えて語り合える。記憶と感触を分かち合うことも出来る。
永遠の時の流れは万人に平等のはずなのに、僕には、ない。
罪を犯すことも、犯さなかったことも、僕には与えられなかったのだとしたら・・・遺書など無意味だ。
そう、突然中断した九日間、そしてこの十日間。答えは出ていた。あなた方がちゃんと出していてくれた。
お前の遺書なんて無意味だ。お前の泣き言なんて、何のコメントも送る価値もないんだ。暇つぶしにもならない、愚劣な徒労・・・。
僕はもう死んでいるのかもしれない。
あなた方から、殺されているのかもしれない。
こんな最低の雑言を並べて、またしても果てしない嫌われ者、無用の落伍者になって・・・それもこれも僕のせいだ。
僕がこんなところに命を繋いでいるのが、過ちなんだ。
煩悩即菩提。
今の僕には嘘だ。あまりに厳しくて、悲痛な大嘘だ。
僕は許されない。清淨にまみえる祈りは、どこからも聞こえてこない。

僕は今度こそ見放されるのか。
僕には「般若理趣経俗詮」は書けない。
僕のような人間だからこそ書けるはずなのに、僕にはもう何もない。
僕はやっぱり、ひとりのままだ。





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この記事へのコメント

mizu
2006年08月21日 19:38
私のブログにもコメントはありません。
なぜかというと拒否しているから・・・
いたずらや悪質なコメント削除に疲れてしまい
そればらば、と拒否しています。

アクセスを見ると、毎日見に来てくれる人がいる・・
私は今のところそれで満足です。
また見に来ますね
只野
2008年08月13日 14:44
こんにちは
井上靖原作の映画を手繰っているうちに
こちらへたどり着きました。
メモを読ませていただいて、原作が読みたくなりました。
どなたか原作名が分かれば教えて頂けませんか?
よろしくお願いします。
只野
2008年08月14日 11:46
原作は澄賢房覚書とわかりました。
掲示板で尋ねたら教えていただけました。
お騒がせして、申し訳ありませんでした。

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