AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS なぜ「AV出演強要問題」を憎むのか・・何様の"愛AV"

<<   作成日時 : 2017/01/10 12:37   >>

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「私はあなたの、鏡であり続けたい。だからあなたの隣でこうしているのだ」朴順梨


「奥さまは愛国」(北原みのり・朴順梨 河出書房新社)読了。
驚嘆した!失礼ながら、その内容に、ではない。
そこに綴られる文面が、発言が、論理が、そっくりそのまま?ハマッてしまうのだ。"AV出演強要問題"と!
この本で頻繁に出てくる「従軍慰安婦」という言葉。これを"AV出演強要被害者"と置き換えれば、極端な話、こんな本がそのまま成り立ってしまう、多分。
タイトルはズバリ「奥さまは愛AV」?!
帯コピーも「なぜ『従軍慰安婦』を憎むのか」が、「なぜ『AV出演強要問題』を憎むのか」に。
「妻として、母として、国に尽くす女性たち」が、「妻として、母として、AVに尽くす女性たち」へ。
一体、なぜだろう。問題は全然違うはずなのに。いや、本当に違うのか?違い過ぎるのか?
どちらも「あった」「なかった」の言い合い。そしてなぜか、「女性たち」が目立ってる問題。何より「女性の性被害」つまりは「男の性加害」の問題。それを女性たちが語り合い、考え合い、行動し合っている問題。さらには、そこで使われる過激な言葉と極端にも近い思想性。
僕は愛国や従軍慰安婦の問題に関してはほとんど無知だ。だから今のところ、このふたつの問題を比較検討して語る資格はない。
ただ「AV出演強要問題」なら語れる。考えられる。当事者だから。"加害者"の側だと思っているから。
そして僕もこの問題が表面化してから、ずっと思っていた。
なぜ、AV出演強要問題を憎む?のか。AV業界側が!中でも声高に叫ぶ業界の女優、奥さま、「女性たち」は。
と、同時にやはり一方でも思った。
なぜ、AV出演強要問題を憎む?のか。人権団体が!マスコミが!一般の「女性たち」が。
つまり「AV出演強要問題」を憎んでいるのは、いずれも大半が女性?しかもまったく正反対の立場から憎み合っている?
その結果は・・・憎いから法規制!いや、本音はAV潰し?!
片や、憎いから差別反対!自浄アピール、本音はAV擁護?!
わけが分からなくなってくるか?いや単純なことだと思う。単純だから恐ろしいとも思う。人間だから、怖いのだと思う。
「『殺せ』と叫ぶ一方で、家では『かわいい奥さま』をやっていたりする」(朴)のが、人間だ。
AV問題に関しても、「潰せ!」VS「ファシズム!」、と心の中で罵り合う一方で、家では「かわいい女性(奥様、母、恋人、娘)をやっていたりする」のも、人間だ。もちろん、そうさせている男達こそが・・・。
とにかく同じ人間が行っている問題なのだから、置き換え可能なくらい本質が同じなのも当然かもしれない。自然なのかもしれない。
だから僕も大した抵抗も違和感もなく、この本を「AV出演強要問題」にすり替えて?読んだ。そしてその感想、いやパロディー、いやいやパクリ?いずれにせよ著者お二人には極めて非礼ながら、この駄文を書かせていただきたい。次元?のまったく違う問題に引き写すなど言語道断で下賤な行為かも知れないが、こんな風に読んだ、読まずにいられなかった、そんな愚かなAV男優を生んだ「AV出演強要問題」という性犯罪と女性差別、いや男尊女卑思想があぶり出したこの問題について(そしてなぜこの問題が大勢の多種多様な「女たち」から憎まれているのか?という疑問に)少しでも関心を持っていただければ、というのも所詮は詭弁。
僕は書かずにいられなかったから書く。たとえ誰から、それこそ両陣営から曲解だ!と罵られようと、僕だけの極私的「AV出演強要問題」論を書く。"懺悔録"として?"殉教詩"として?
要するにハナから"加害者"でしかないと自覚しているからだ、苦渋とともに・・。
(敬称は略させていただきます。なお「奥さまは愛国」からの引用以外は全てフィクションであり、実在の人物、団体及びそれらの発言とは一切関係ありません)

「私は日本が好き、なのだと思う。正確には『自分の前に存在している世界が好き』なのだと思う。でも本当のことを言うと、目の前にある世界はあるのが当たり前で、好きだのキライだのという感情を抱いたこと自体がなかったし、考えたこともなかった」(朴)
「その時に、はっきりと私は自覚した。私はこの国が、嫌いだ。とても変な国になっている、この国が、嫌いだと」(北原)
僕はアダルト業界に入って31年になる。29年、AV男優を続けている。全てにいい加減で飽きっぽい僕という人間がどうして、AVとだけはこんなに長く付き合ってこれたか?
僕はAVの自由さ、アナーキーさが好きなのだ。その出鱈目さ、卑小さ、綺麗事なき日陰者的な人間の愚かさが好きなのだ。
所詮、エロ業界と言われたい。ただのポルノ屋と呼ばれたい。どうせサオ師、下劣なスケベ稼業、そんな風にむしろ蔑まれたい。
僕はつまり、AVに自虐を求めているのかもしれない。アウトサイダー的な被虐の倒錯感?にずっとずっと酔っていたいのかもしれない。
僕が入った80年代90年代半ばまでの、いわゆるレンタルビデオ時代のAVはまさにそうだった。何でもありの奔放さ、いい加減さ、露悪性があった。だからAVが好きで、AV男優という職業(なんて自覚よりむしろ稼業、渡世に近い)が好き、なのだと、今だに思うのだ。
けれど何でも長く接しているとそうなるのだろうが、本書の一文のように僕も「本当のことを言うと、目の前にあるAVという世界はあるのが当たり前で、好きだのキライだのという感情を抱いたこと自体なかったし、考えたこともなかった」が正解だと思う。
つまり僕にとってAVはもはや国?自国?すると僕も「愛国」者?まさか!
ひょっとしてAV問題に関する僕の違和感の原点は、ここら辺にあるのかもしれない。
およそ半年前、この問題について語り合う公開検証イベントに初めて参加する際、ある業界人からこう言われた。
"共闘して下さるなら、ぜひ参加して下さい"
僕は強烈な抵抗意識に囚われた。共闘?AV業界側と共闘?なぜ?AV男優だから?29年も好きでやってきてるのだから?いや、とにかく現役のAV業界人なのだから?
「AVという世界」を「好きだのキライだの」ととっくに考えなくなっていた僕だからこそ、僕は無条件の共闘要請に反感を抱いた。当たり前にそう思われることが、不思議で不気味に思えた。
元・在日三世である著者も「従軍慰安婦問題」について直観的にこんな風に感じたのかもしれない。元・在日だからこそ。そして皮肉にもフェミニスト系日本人(失礼!)であるもう一人の著者は「この国が、嫌いだ」と記している。僕もそうだ。最近、特にそうだ。
「とても変なAVに、AV業界になっている」!
1995年前後よりレンタルからセルに変わってから、だと思う。その頃からアナーキーさも自虐性も卑小感もなくなっていった。全てが"当たり前"の世界。"ビジネス"、"プロ"で割り切られる、特殊でも何でもない、差別とも偏見とも無縁の健康的で前向きな、法令遵守のまっとうな世界・・・あの怪しかったはずのエロビデオ業界がこんな風になってしまった。そして肥大し変貌し、明るい綺麗事に溢れた御立派な一大産業へと。
だが、僕は嫌いだ。だからこそ、嫌いだ。何よりその帰結が、まさしくこの一言に集約されていると思うから。
「強要はない!」
本書が実に対照的な国への想いを持つ二人の女性によって書かれたことに大きな意味があるように、僕もまたかつてはAVを愛し、今だってまだかなり愛してはいるものの、ほぼ同じくらい、いや仕事が少なくなった恨みも込めてと言われても構わないから、業界を嫌いになっている、そんなどっちつかず?かもしれない姑息なAV男優が、AV問題に首を突っ込んでいる可笑しさ、滑稽さ、欺瞞性・・・でもだからこそ見える語れることがあるのではないか、と思って僕はずっと考え続けている。
ひょっとしてこれが僕にとっての"AV"かもしれない。AV問題について考察し発言し関わる行為自体が、僕だけの自虐的AV表現、なのかもしれない。
自由にアナーキーに、日陰者的に、誰よりも愚かに・・・。
とにかく僕はAVが好きで嫌いだ。だから、"規制派"も"業界派"も・・・好きで嫌い、なんだ。

「私は元従軍慰安婦です。とってもひどいことをされました。証拠?ひどいことをされた私がここにいるでしょう?私の体が覚えてる・・・・そんなの本当なの?誰が信じるんですか?証拠を本人が出さないんだから、誰も信じません!」「従軍慰安婦なんてウソです!根拠も証拠もありません!日本人は過去に日本のために戦ってくれた、日本人を信じましょう!」「自分が『こんなのとんでもない!』と思ってることを堂々と怒りながら主張していると、賛同する人が現れるんです。デモは舞台っていうと変ですが、皆に問題意識を持ってもらいたいって時におとなしく諭しても訴えるものがないので、そのための行動(ヘイトスピーチ等)だと思うんです」(愛国女性)
半年前、人権団体の出したAV被害報告書に人気女優達がネット上で猛反論した。
「私達の業界はクリーンです!強要なんて見たことも聞いたこともありません!」つまりこんな風に?
"私は被害者です。出演強要されました・・・そんなの本当なの?誰が信じるんですか?出演強要なんてウソです!根拠も証拠もありません。AV業界は過去に女性のために戦ってくれた。AV業界を信じましょう!"
そしてある被害者が、同じAV女優達から袋叩きにされた。まさに、「『こんなのとんでもない!』と思ってることを堂々と怒りながら主張している」快感?
そして業界派はさらに追い打ちをかけた。これが真実、とばかりに様々な抗議、主張を世に放ち、たちまち「賛同する人が現れる」恍惚!!に酔い痴れ・・・。それはネットという舞台。マスコミという花道。"敵"とみなした規制派へのヘイトとさえとられかねない過激な言葉の乱れ撃ち。
僕は驚いた。同じAV女優なのに。業界人同士なのに。なぜ、即決で疑う?直接間接に叩く?あなた方は、たまたま被害に遭わなかった幸運な存在なのかもしれないのに、なぜ信じる?AV業界を!
だが、こう感じた僕もまた同じ業界人なのに反論側を疑い、内部批判の声を上げ始めたのだから、同類か?
でも僕は独りだった。あちらは大勢、それに、いや決定的に彼女らとは違う!
僕は強要を「見たことも聞いたこと」もあった、どころかこの僕自身が「強要」を今に至るも行っているのだ!
そう、同業とか同性とかは無関係。見たことがあるか聞いたことあるか、やられたことがあるか、やったことがあるか、全てはそれ。そして信じるか信じないか、つまり被害者と呼ばれる側を信じるか、加害者と言われる側を信じるか、ただそれだけ。
どっちにしても・・・根拠も証拠もない。信じない者は何があっても信じない。信じたくない。信じられるはずがない。なぜなら「信じない」という「舞台」にもう立ってしまったから。僕に言わせれば、そんな舞台という名の"AV"に彼女達は自らの自由意志?で出演してしまっているのだから!
驚きの果てに僕が辿り着いた心境は、そんな一種の不条理劇の花道・・まあAVそのものが見る人によっては不条理そのものだろうが。何しろ人前で好きでもない男女がSEXしてて・・・。
その不条理さを最も先鋭的に感じている人達によって華々しく?開催されたのが、やはり半年前の規制派による強要被害シンポジウム(議員会館)。
それは僕にとってほとんど政治ショー、マスコミイベント、とまで言っては、これもヘイトか?
だが、間違いなく、あれは「舞台」だった。行進しないデモ。「賛同する人」たちによる「行動」だった。
その結果としてのTV「クローズアップ現代」。あの涙ぐましいほどの、ケレン味たっぷりな?演出姿勢には、ほとほと感心した。ロケ効果、セット処理、カッティング、小道具、演技、そして絶妙な編集。
マイケル・ムーア並?さすがメジャー放送!AVとは桁が・・いや、正直、ドキュメント系のAV監督(つまりハメ撮り大好き監督)ならもっと面白く仕上げてくれたろうにと苦笑しつつ。
これら全てもまた、「舞台」だろう。「行動」だろう。ひょっとして規制版"AV"?
こりゃ敵わないな!
僕は直観した。あの生まれて初めて入った、AV男優なんか入れてくれないのでは、と危惧していた議員会館とやらで僕はAV側の人間として、お手上げ、の気分だった。
ついで思った。AV側に何が出来る?業界がどう訴えられる?本当に業界は闘ってくれるのか、女性たちのために。「クリーン」つまり「強要はない!」と叫ぶ女優たちのために。あの"長い物には巻かれろ"の業界が。人権団体と、マスコミと、政治と、つまり"お上"と・・・やり合ってくれる?
「AV業界を信じましょう」誰がシュプレヒコールするのか?巨大な"敵"に向って!

"もし被害者が『出演強要などされていない』『ギャラをもらっていたAV女優』だったとしても、彼女達が業界で過酷な日々を過ごしていたことは、紛れもない事実だと思う。その辛さを口にすることすらAV業界への冒涜とみなすのは、あまりに狭量過ぎないか"
これは僕の勝手な言い換え。「被害者」を「慰安婦」に、「出演強要」を「強制連行」に、「ギャラを貰っていたAV女優」を「お金をもらっていた売春婦」に、等々置き換えていただければ、ほぼそのまま「奥さまは愛国」の本文になる。
それくらい、このふたつの問題は当てはまるのだ。僕にとっては。だから著者のこんな一文をそのまま今現在の業界派に向けて放ちたくなる。
「批判をすることと、声を封殺することは同義ではない。乱暴な言葉で相手を傷つけて発言出来なくして悦に入る行為は、あきれと怒りと失望しか生み出さないと思う」(朴)
敵・・・○○人狩り・・○○主義・・○○シスト。
被害を報告する側へのこれら想像力のカケラもない「乱暴な」言葉、これも表現?ただの批判?「悦に入る行為」?
マスコミを偏重と叩きながら、被害例や加害的証言はとことん無視。「裏取りしない」と批判しつつ「揚げ足をとられるから」取材拒否。実際、僕のネット上のインタビュー記事は業界側からはほとんど今も黙殺されている。
さらに遡れば、前述した初めてこの問題について行われた公開検証イベントにおいて、僕が証言した過去から現在に至る出演強要、現場での人権侵害事例は、その場にいた業界人及び支援者達からは完全スルーされた!
「あまりに狭量過ぎないか」
もう一度書く。僕のこの問題への出発点はまさにここであり、僕はあの日、業界側から僕自身がAV業界への「冒涜」とみなされたような「あきれと怒りと失望」を覚えた。
確かに報告書にある「相次いでいる」とか「○○もあろうが」なんて偏った言葉もまた言われた側からすれば「乱暴」そのものだろう。だが、ヘイト対カウンター、でいいのだろうか。元より、最初から根源的に差別偏見の対象にされている側が、「あきれと怒りと失望」を「乱暴な言葉」でやり返して「悦に入る」にとどまっていていいのだろうか。そこに理解は?対話は?協調は?何より「被害者」の「辛さ」への真摯な想いは?「冒涜」としかとらえない己への自省は?
どっちもどっち、かもしれない。悪いのはあくまでも「あっち側」?だが、それでも再度思う。
いくら規制派が、「加害者」が悪い(業界は悪?)と"戦争"を仕掛けてきたと感じたからといって、「被害者」なんて変(業界はクリーン?)・・・と世間からとられてもいいのか?それが、いつ「被害」に遭うかもわからない女性達を守ることになるのだろうか?それが業界派の主張する"愛AV"、"AV愛"なのだろうか?

「花時計の街での運動は、かつて私が関わった『運動』と雰囲気がとても似ていた。というよりも、同じだった、と言ってもいい。一生懸命で、正義感いっぱいで、正しさと熱意に満ちて、仲間といるのは楽しくて、でも、もしかしたらとても排他的な・・・。」「マスコミは、私たち女の声を届けない。私たちは偏った思想の偏った運動をやっている偏った女たちだと思われている。冗談じゃない。怒りと悔しさで、『声をつぶされないために!』の思いは、私自身が深めてきたことだ。彼女たちの悔しさは、私自身が一番わかるのではないか、とすら思った。まさか、そんな?でも、じゃあ、私と彼女たちの"違い"は、何なのだろう?」(北原)
だが、どっちもどっちと思いつつ、かつて30年くらい前に「『女犯2』を考える会」とかあって、マスコミや人権団体の欺瞞に僕も呆れたことがある。
「本物のレイプにしか見えない!」「あれが演出なら君は黒澤明級だよ!」「本人に確かめるから連絡先を教えて!」
僕はその「女犯2」の監督と人権団体の話し合いを記録した映像をたまたま見たが、妙に和気あいあい?
だが後日、同メーカーでの別シリーズの撮影現場(僕も出演した)に調査?にきたその人達は、週刊誌でかなり捏造してくれた。「無理を重ね撮影延期になり、女優が逃亡した」とか。だが事実は、当たり前に追撮が行われ、その女優は引き続きメーカー専属となり、僕も何度か共演し続けた。そのくせ後日、出版されたその監督の著書の中で詳細に語られた"人権侵害"と思しき事実についてその団体はまっく糾弾などしなかったが。
マスコミも人権団体も偏っている!僕もその頃はそう思っていた。偏見もあったが、敬遠していた。その僕が今では、反論するAV側に終始より多くの違和感を覚えている。どうして?
「一生懸命で、正義感いっぱいで、正しさと熱意に満ちて、仲間といるのは楽しくて、でも、もしかしたらとても排他的な・・・」
業界派がまさにこうだ。でも規制派だって、こうなのだ。
「私たちは偏った思想の偏った運動をやっている偏った女たちだと思われている」「声をつぶされないために!」「彼女たちの悔しさ」・・・それは両陣営の女性たちが共に実感していることだろう。
AV女優への差別。人権団体への差別。いずれに対しても世間一般の根強い揶揄を含んだ偏った見方。
30年前はまるで考えなかった、この両者への偏見に僕はなぜ今気づいたのか?それは僕自身がどちらかに、まさに「偏っていた」からだ。30年前は完全にAV側に。だが、今はどちらにも「偏って」はいない・・・つもり。
それはどうせ、どっちつかずで、コウモリ的な卑怯で狡猾な立場でしかないだろうが、少なくとも、僕は「規制」にも「自浄」にも賛同しきれない。むしろ、どちらも「信用出来ない」。それはAVとか人権とかいう以前に、「一生懸命」だの「正義感」だの「正しさと熱意」だのが僕には信じられないから。「仲間」なんてもの自体が、少年時代、いじめられっ子だった、そして今は「いじめ男優」である僕という偏屈者にとって性に合わないからだろう。これら全ての言葉や姿勢が、僕には「排他的」と紙一重にしか見えないのだ。両陣営ともにそう見えて仕方がないのだ。対象が「被害」か「加害」か、の違いだけ。何より相手側への、そして被害者と自発的AV女優への想像力がまるで感じられない!
僕はいじめられっ子という「被害者」であったが、いじめ男優という「加害者」でもある。数えきれないほどの女優を"ドッキリレイプ"つまりシナリオ無視の"騙しいじめ"で号泣させてきた。自殺未遂にまで追い込んだ。「あとで殺す!」と罵られたこともある。拳で殴られたり頭突きされたこともある。そんな29年余。
人間なんて、どっちにでも転ぶ?いや、究極、同じなんだ。誰かは誰かを「いじめ」、そしてまた誰かから「いじめられる」。それが嫌で人は群れたがる、戦いたがる、「偏り」たがる
30年前、ある意味で何も怖くなかった僕が、今はどちらも怖い。
「愛国」であろうとなかろうと。"愛AV"であろうとなかろうと。

「お国のために闘ってくださる日本の兵隊さんのために、そういう女性は必要だったと思います」(愛国女性)
「いったいなぜ、『必要』なのだろう?女の人生を狂わせてまで優先される男の性欲を、あなたはどう考えているのか?」(北原)
シンポジウム直後、事情聴取、逮捕、送検、と相次いで業界は散々叩かれた。するとAV側の論調が変わった?反省、自浄、健全化・・・。
「あれ?クリーンじゃなかったの?」ある人のツィートに僕は拍手しそうになった。その後、業界内部の声が報道され始めるうちに、さらなる変化が。
AVはフェミの勝利?性の文化?つまりは「必要だった」と。そして現れたのは、業界側からのまるで選民思想的な「被害者」アピール。
悪いのはあくまでごく一部。業界は健全化に取り組んでいるのにマスコミはキチンと報道しない。裏取りしない。スティグマを煽っている。だから・・・。AV女優の人権を守れ!業界を護れ!差別解消!これは"戦争"だ!遂には、被害者はAV女優、と?!
僕は戸惑った。なんでそういう方へ?被害者は?一般女性の被害は?分けること自体が差別?そもそもAVを「必要」としているのは圧倒的に男。男の性欲のためのAV。だのに。
「女の人生を狂わせてまで優先される男の性欲を、あなたはどう考えているのか?」
「狂わせて」などいない?それこそ男の傲慢さ?「性欲」は悪くない。女にとっても、表現者たる女優にとっても、AVは「必要」!
確かにAVが多くの女性たちにとって性的精神的経済的なセーフティーネットになっていると僕は思っている。彼女たちはなにも「男のために」AVをやっているのではない、と主張するだろう。でも、そうだろうか。
ひたすら、売らんかな、を絶対に、ハード化を突っ走ってきた日本のAV。とことん消しが薄くなったのも、本番が当たり前になったのも、顔面シャワー、ぶっかけ、乱交、野外、妊婦、ガチレイプ、アナル、潮吹き、生中出し、10発100発500発!、電動ドリルバイブ、極限イカせ、拷問、虐待、ロリータ、熟女、素人、本物、芸能人・・・。
ただただ際限なき男たちの欲望のエスカレートに従い続けて来ただけ?それがAVという表現、文化?
これも男目線の勝手な見解だろう。それは百も承知している。それでも女性達に問いたい。
被害者の存在をどう思いますか?被害者がAVを全否定しても、いいですか?それを主張する自由を認めてくれますか?被害者にとってAVは「必要」などではなかった、と言う風に考えてはいけませんか?困りますか?それこそ"選民思想"であり"差別、偏見"ではないですか?

「そう、彼女たちと私に違いがあるのだとしたら、それは、ここなのだろう。彼女たちの男との関わり方だ。日本の男への信頼だ。私には『愛国』のことは、よくわからない。それでも『日本人を信じましょう!』『橋下さんが言ってくれた!』そう言える女たちの愛は、この国の男たちに向けられているように、私には見える」(北原)
そう、業界派の「彼女たち」と僕に違いがあるのだとしたら、それは、ここなのだろう。業界の男たちとの「関わり方」「信頼だ」。
被害の問題にも、業界改革についても、AVへの差別についても、ひたすらダンマリを決め込む業界の男達に代わって、何度でも叫び続ける「女たち」。その無責任な沈黙を容認し、レジェンドへの尊敬すら表明する、ほとんど無垢にさえ見える「信頼」。
「AV業界人を信じましょう!」「○○監督が言ってくれた!」
PV撮影と称して素人女性達を無人島に連れて行き、深夜「では、ハメさせていただいてよろしいでしょうか」。当然、拒否する女の子の前に現ナマ積んで、OKするまで睨めっこ。ギャラも了承もあるんだから「強要なんてどこぞの弁護士の捏造」」「AVが女性を性的に開放した」と今なお吠える、そのレジェンド監督。
セルで躍進した別の最大手メーカーの社長兼監督の現場は、出演者に保健証持参。負傷者ありきで、女優に危険な武器持たせてのガチレイプ。「本気で抵抗してね」。他にも格闘技経験のある女優を何人も集団ぶっかけレイプで病院送り・・。
僕はレジェンド監督作の出演女優二人と当時会ったことがある。「本番なんて聞いてなかったのよ。嫌な思い出よ」「お前の顔じゃ売れないって無理やりアナルを監督にヤられた」
僕はその作品を二本とも見た。二人ともニコニコしていた。でも顔は疲労と寝不足でボロボロだった。アナルの子は泣きながら笑わされていた。
メーカー社長兼監督の現場には僕も出演し、レイパー役をやった。女優にスキーのストックで腕を強打された。別の女優からハイヒールを顔面目がけて投げつけられた。激昂したある女優はラストの絡みを断固拒否して現場から去った・・。
業界派の「女たち」の「愛」もまた、どうして「男たち」に向けられるのだろう?なぜ「男たち」の方を「信じましょう」となるのだろう。それが彼女達の言う「自己決定権」とやらだろうか。

「男の話は、つまらない。とても、つまらなかった。それは『俺の話を聞け』という姿勢が全面にでてくるからだろう。街行く人々の足を止めさせ理解してもらおうとする女たちの話術とはまるで違う、『オレの正しさとオレの偉大さの主張』だからだろう」(北原)
やがて、ようやく業界の「男たち」も「語り始めた」。でも僕には「つまらなかった」。それはあまりにも、彼等の論調が、迂闊で杜撰で、無神経に思えたからだ。「俺の話を聞け」に近い姿勢で自らの健全さとプロフェッショナルぶりと、常識人気取りをアピールしだしているうちに、熱が入ってくるや、本音丸出しの"AV村"常識の独演。それに多少気づきだすと、理解ではなく自己弁明と「分かって下さいよぉ、ねぇ」もどきの甘えっぷり。
「女たちの話術とはまるで違う」。結局は「オレの正しさとオレの偉大さの主張」。
なぜ批判しない?かばう?容認する?業界の「女たち」は。
一方では、人権派の報告書や要請書の確信犯的な無理強い?ゴリ押し?も、本音ミエミエのストレートさ、だとは思う。ならば、この似たものムードって・・?双方とも、目的のためなら手段を選ばず?
男は商売のため。女は規制のため。そしてまたある「女たち」は・・・何が目的?

「いったい、なぜ、あなたたちは、この国の男を信じられるのか?」「愛国とは、日本の男を愛し、信じることなのだろうか。だとしたら、私が愛せないのは、国ではなく、もしかしたら日本の男、なのだろうか」(北原)
僕は結局、AV界の「男たち」が信じられないのだろう。いや、AV界に群がる男共なんて所詮・・・という偏見以上の脱力感が否定出来ないのだろう。何より僕もその一人だから。29年間、出演強要を聞いてきたから、聞いてないふりをしてきたから。強要を見てきたから。自らの手で強要を行ってきたから。人権侵害を犯してきたから。それは業界の男共から求められてきた強要なのだから。売れるAVとして必要とされた、まさしくユーザーの男性達が、すなわち「日本の男」が望んだ"侵害"なのだから。
それがAVなんだ、と僕は実感している。だから僭越ながら「強要はない」と言い切る業界を前に、本書からこの一文を拝借したい。
「私はあなたの、鏡であり続けたい。だからおなたの隣にこうしているのだ」(朴)
いつ頃からかなんて、もう忘れた。多分、公開検証イベントの後、それとも前、?どうでもいい。
僕は加害者であることを自覚した!!
僕は間違いなく「AV強要」の加害者なんだ!「人権侵害」の証人なんだ!!
「出演強要」に関しては直接「見たことはない」。だが「聞いたこと」は何度もある。これで十分だろう。
だから思っている。強く思っている。
僕以外の「加害者」が現れない限り、僕は業界を信じない。業界の「この国の男」を信じることは出来ない!

「みなさん、従軍慰安婦なんかいなかったんですよ。ただの売春婦なんですよ-!」「おばさーん、おばさーん、売春してんの?」「慰安所員は本来、立派なお仕事でした。それを性奴隷云々と、あわれっぽく泣きながら、そのお仕事を貶めているのは、今、これからここをとおる、死に損ないのおばあさんたちでーす」(街頭ヘイト)
AVは売春か?このテーマもまたAV問題には深く関わっている。
法も倫理も関係なく、そうではないと誰に言い切れるか?業界の男に。男そのものに。
「○○チャンとヤりたい!」というのが男優。気に入った女優とは必ずハメ撮りすると公言する監督。
僕も「買って」きた?AV女優を「買ってきた」?!まさか、絶対にそんな・・・と、言い切れるか、お前は。
たとえギャラを貰っていたって・・・タダでもいいからヤりたいのが男優じゃないか!役得くらいにしか思っていないのが、AV男優志願の起点じゃないのか(事実、そんな現場もある)!でも「女たち」は自信満々に言う。
"被害者なんかいなかったんですよ。ただのAV女優なんですよー!"
ネット上では盛んにこう揶揄されている。
"AV女優さーん、売春してんの?"
業界派の女達はそんな男達はスルーして、規制派の女達に向ってこうアジる。
"AV女優は本来、立派なお仕事でした。それを性奴隷云々と、あわれっぽく泣きながら、そのお仕事を貶めているのは、今、これからとおる、死に損ないの人権おばさんたちでーす"
売春とは何なのか。AVは本当に売春ではないのか。被害者と加害者、一般女性とAV女優、男と女・・・全部違うように思える。皆、感じ方、捉え方が微妙に異なると思う。
だから、言葉は怖い。単語は怖い。表現はもっと恐ろしい。だが、少なくとも男でしかない僕にはどちらとも断言出来ない。それぞれで決めるしかない、法や常識や言葉がどう断定しようと・・・各人の心が決めることでしかないような気がする。
いずれにせよ、AVはどこまでもこの命題からは逃れられないだろう。"AVは売春か?"

「みなさん、普通の頭、常識で考えてみて下さい」「普通に考えておかしいと思わないですか?」「(売春婦であった過去は)恥ずかしくて名乗りでない。それが普通の日本人女性の心ゆきだと私は思います」(愛国女性)
双方の主張する「普通」、そして「常識」。だが何の問題であれ、これほど恐ろしく利用される言葉もない。
戦争になれば殺すことは「普通」。敵を憎むのが「常識」。するとこれは命令か、絶対か、服従の別称か?
児童ポルノを巡るAV女優個人情報管理、という規制派からの「普通」。
遂に立ち上げられた業界側の自浄団体からの、被害者はAV女優、という「常識」。
双方から聞こえる人権保護という大義名分の名を借りた「普通の心ゆき」。失礼ながら僕の頭では、つまり「常識」では、どちらの主張も「おかしい」としか思えない。
個人情報を国家に一方的に管理させることが、人権保護?
被害者はAV女優?
どう考えても僕には理解出来ない。むしろ、AVなんて・・と思う方がよほど「普通」に感じる。それ以前に、全ては「普通」と言ってしまったら「普通」ではないか、とさえ思える。
女は恥じるのが「普通」か。規制派はそう言う。
AVを恥じないことが「普通」か。業界派はそう言う。どちらもそれぞれの「常識」だそうだから。
結局また僕は脅えるしかなくなる。規制に反対したくなる自分を。被害者はAV女優と一般女性、だと思う自分を。
「普通」はそれを許さない。「常識」が黙っていない。だが、怯えさせる時点で・・・両者とも「おかしい」のではないか。「普通」でも「常識」でもなくなっているのではないか!
両陣営の「女たち」は決して「恥ずかしく」なったりしない。「恥ずかしく」なってるのは僕の方だけだ。自分の「普通」も「常識」も持ち合わせていない、「心ゆき」なんて意識したことすらない、そんな自分の無力さを「恥ずかしく」思うだけだ。

「自尊心を保つためにできる最も簡単なことが『弱者ぶる』他者への攻撃だろう。被害者だろうが、強者を自負しようが、どちらにしても声を失う道を選んだ女たちは、被害を被害と正当に声をあげる女に、怒りと軽蔑と嫉妬が向かうのかもしれない」「男と共に生きるなら、国と共に生きるなら、女はそこで言葉を飲むべきだ。それがこの国の女の闘い方なのだ。」(北原)
「自尊心」から?AV側の女達は、世間の男達からの「可哀想」とかの憐憫目線を強く拒否していながら、なぜか世間からの偏見差別に対しては徹底して人権と自由意志を盾に被害性を訴える。ある種、一般人の出演強要被害者よりも堂々と!
一方で「被害を被害と正当に声をあげる女に、怒りと侮蔑と嫉妬が向う」。
それをまた気味悪いほどに速攻で絶賛応援する「この国の」一部のフェミ系、SW支援陣。
何か変ではないか?
業界の「男と共に生きるなら」「女はそこで言葉を飲むべきだ」?それがこの業界の「女の闘い方なのだ」?
業界の男に寄り添うこと、世間へは被害性を強調すること、これらは結局、「この国の」男社会の加害性に加担することになりやしないか。
自分達は「被害」を受けながらも、それ以上に闘う「強者」だ、だからただの「被害者」という「弱者ぶる他者」が嫌いだ、という「闘い方」しかないのか、「この国の女」には。

「自分の性格上の問題を指摘されて、差別だとキレるのはやめて欲しいです。でも、そういう鎧を着けなくてはいけない人生だったのかなぁって、思うところもありますが・・・」「だいたいさぁ、日本に住んでいる日本人が差別される訳ないでしょ!私は差別されたことなんてたったの1回もないし、誰がするのよ!日本語が間違ってるし、何か不都合があってもそれは差別じやなくて、あなたが悪いんでしょって言いたいです。なに弱者ぶってるのよっ!」「誇りある国に帰ってそこに住んだ方が、もっと誇りを保てるんじゃないの?ウフフフフ」(愛国女性)
業界男達と「共に生きる」業界女達は、直接間接であれ、「弱者ぶる他者への攻撃」に走る。それはまさに「そういう鎧を着けなくてはいけない人生」?上記の「差別」を「強要」と置き換えて読んでほしい。
「される訳ないでしょ!」「たったの一回もない」「誰がするのよ!日本語がまちがってる」「あなたが悪いんでしょ」
業界愛のない、AVに誇りを持てない「弱者ぶる」女は、業界内で救済される資格なんて無し!?被害面したかったら世間とやらに出て、その誇りの下で訴えなさい?
だが、待ってほしい。一方でこれは人権派の本音にも聞こえてくる。「鎧を着けなくては生きて行けない」のが、AV女優という"間違った"職業?だから差別されて当然?「あなたが悪いんでしょ!」「誇りある国に帰って」って・・・カタギに戻って一般社会でつつましく女らしく生きていきなさい?
またしても、どっちもどっち。規制派はAV女優を見ず、業界派は被害者を見ず、人権派はAVを認めず、AV側は世間に媚びず、合言葉は「あなたが悪いんでしょ」。
同じ女性なのに、共に世間に対して「鎧を着けなくてはいけない人生」を選んだ者同志?のはずなのに。

「少なくとも日本人からは言われたくない。北朝鮮がどんなにひどい国かなんてことは、日本人からは絶対に言われたくないんだよね」「日本人と無関係どころか大いに関係があって、そのことに気づこうともしない日本人に、私たちは絶望を深めてきたのですよ」(在日)
AVが「どんなにひどい」世界かなんてあなた方から言われたくない。一般を気取る男達から。そしてそんな男社会の一員たる一般気取りの女達からも。
かくも世間とやらに、AV業界人達はとっくに絶望している。その最大の敵対アイコンが(昔から言うまでもなく)人権団体。
でもその断絶に逆依存?している限り、偏見はなくならない。
いや男たちは偏見があった方がいいのかも。その方が男の「加害」を誤魔化せる。いくらでも矮小化出来る。いや、そうしてきた。これからもきっとそうしたい。だから「強要なんてない」。つまり「女のでっち上げ」?本音は・・女優も女達のことも実はどうでもいい?
「絶望」すべきは、まさにこの男社会、男尊女卑の現実に「気づこうともしない」AV業界の「私たち」ではないだろうか。

「生真面目な女たちの真剣が、女性蔑視の根深いこの国の愛国男性に届かなかった時(届かないに決まっている、と私は思っている)、そして女の愛国が男の愛国に裏切られた時、女たちの愛国運動が男のそれよりももっと先鋭化した思想になる可能性は・・・あるのだろうか。」(北原)
著者(北原)は、この国の男の「愛国」を「ナルシス」と形容する。業界男の"愛AV"も僕にはナルシス、つまり自己愛、つまり下心、つまり我欲にすぎないのでは、つまりAVは、やっぱり男のためだけに都合よく「でっち上げ」られた、オナニーの道具という商売品。女をモノとして好き勝手に弄ぶための、ずばり"視姦"ソフト!
「女性蔑視の根深いこの国」で業界派の「女たちの真剣」が、AV男達に「届かないにきまっている」と、僕も思ってしまう。30年もいると。「女の子が一番大事」と言いながら、ひたすら「使い棄ててきた」男達。
事務所を介して出演した野外AVで書類送検されたある女優は男達からこう言われたらしい。
「もし逮捕されたら(自分で)罰金払ってね」
そんな現実から30年以上もの長い時間目を晒し、いつの間にか麻痺し、無感覚になり、ただ単に濫造される商品としてだけその存在に慣れてしまっただけのAV業界とその取り巻き社会。それを権利ある「思想」と勘違いしてしまっている、業界「愛」の女達・・・。
僕のこんな考えも「生真面目な女たちの真剣」には、やはり「届かない」のだろうか?

「勝者が生まれるはずのない戦い、それでも向き合い引き受けなけれはいけない過去、それが『従軍慰安婦問題』ではないのか」(北原)
憎しみとせめぎ合いの果てに、どんな歴史が待っているか、僕には分からない。だが、どんな「戦い」にも必ず"戦後"がある。
その時、敗者は僕一人でもいい。ただ今のままではAV問題は「勝者が生まれるはずのない戦い」に終始するだろう。「強要はない」と言い張る男達に女達が寄りそう業界である限り。規制派が叩き、業界派が抵抗し、男達は高みの見物、被害者はカヤの外、世間は呆れ、法がどう定めようが関心外で放置され、偏見も差別も人権もひたすら対象外で、行き着く先は、誰も金払ってAVなんか見なくなってしまった棄民の村・・・。
だが、それでもこれから永遠に業界が向き合わなければならない過去現在未来、それが"AV出演強要問題"ではないのか。
「異常」「異様」「全否定」「思考停止」「浅はかな愛国」・・本書の後半にはこんな言葉が並ぶ。僕もそうだ。AV問題を考え出すと。
「強要はない」という「思考停止」。もはや「異常」だ。「異様」だ!
"AV愛"が強要を全否定し、AV全肯定だけに拘るのなら、それは「浅はかな」自己愛でしかないだろう。
もちろん規制派だって、強要を全肯定し、AV全否定だけに拘るのなら、それも「浅はかな」自己愛でしかないだろう、が。
「強要はない」の反語は「AVはいらない」?僕らは多分、停まっている・・・。

「北原 今の愛国の女性たちは、男性のために『しょうがなかったんです』と言います。
雨宮(処凛) そこまで諦めているんだったら、ある意味すごいなっていうか。でも今の世の中、『従軍慰安婦ない』とか『オッケー』とかっていう男の人の価値観に染まってる気がします。それを認めた瞬間に生きやすくなる、生きられる範囲ってすごく広がるというか。楽ですよね、」(北原)
AV業界内でも昔から、「強要ない」、「何でもオッケー」とかって「男の価値観」に染まるAV女優の方がチヤホヤされて生きやすくなる。楽になれる。大事にされる。そして売れる。AV問題でもそうか。
業界の「男性のために」彼等のやりたい放題やらない放題を「しょうがなかったんです」と笑顔で擁護し、巧みな論理と言語力で、弁明しまくってさえいれば、いつの間にやら"カリスマ"になれる。念願?のスポークスマンに立てる。「生きられる範囲ってすごく広がる」。つまり名前が売れる。承認欲求がこの上なく満たされる。まさに"カリスマAV女優"みたいに!
30年近く前にもいた。「○○監督を神と思っています」「AV界に殉職する覚悟でございます!」とまで豪語してマスコミを席巻した超インテリAV女優。だが、やがてその愛人の監督から棄てられた彼女はギャラ未払いの果てに自殺?未遂。現在は完全なる隠遁生活・・・結局、今も昔も「男の人の価値観」でバラまかれる、それが「AV」!「AV」女優!
それでも、こんな歴史も何もかもが「しようがなかったんです」か?"愛AV"の「女性たち」よ!

「そんな女たちの絶望の深さこそが、愛国女性の盛り上がりに結びついているのかもしれない。この国を生きるあまりにも深すぎる女の絶望、『男女平等』という建前と『女性蔑視』の本音を使い分けてきた、この国の『戦後民主主義』の絶望なのかもしれない」「この国に未来と希望を見いだせる女が、街中で韓国人を罵る貧しい快感に浸れるだろうか。『愛国』が彼女たちにとっての『正義』だとしたら、それは最も絶望に近い正義なのではないか」(北原)
AVが「女たち」にとって、性的精神的経済的な「正義」のセーフティーネットなら、それは「絶望に近い正義」かも。
AVにおける「男女平等」という建前。「女性蔑視」という本音。
分かっていながら、それでもAVに「未来と希望を見いだ」したい業界派の「女たち」。
だが規制派側だって、「男女平等」なんて建前?そして「AV女優蔑視」という本音?それが女性達の「戦後民主主義」?ああ、またしてもコインの表裏。
AVを愛することで自分を守れるような「快感」から目覚め、自分の「希望」で生きることこそ。
AVを潰すことで自分を守れるような「正義」から目覚め、自分の「未来」で生きることこそ。
他にどんな「愛」があるだろうか。AVを野放しにしてきたこの国に。

「一旦、正義感や憎しみの感情がわき起こると、その感情に反するような情報はシャットアウトしてしまう。だから、感情が変わらない限り相手方の主張が頭に入ってくることがないので、何も変わらない」「彼女たちの考えが変わるのは、おそらく大多数の人たちが『それはおかしい』と気付き、自分達だけが孤立した時だと思います。そういう意味では、最後に変わる人達でしょうね」(上瀧浩子弁護士)
引退の途端に孤立し、「変わる」AV女優達。しかしそれもまた逆の「感情」であり、差別偏見を生む男尊女卑社会の、そして"女の敵は女"思想の悪行ゆえだ。
「変わらない」でも、「変わる」でも、どちらでもいい社会、になれれば。
その二つの選択には区別も隔たりもいらないのだから、そんな二つの生き方がごく自然に共存出来る社会にしていくためにも、AV業界側は強要をはっきり認め、向き合い、全ての被害者に想いを馳せて、あらゆる方面へ協力すべきだ。
被害者は、一般女性とAV女優。それは本人が決めること。どちらを選んでもどちら側からも無視差別されない、「正義」にも「憎しみ」にも偏らない社会こそ、本当なのではないか?
「最後に変わる人達」が誰であってほしいか、いや誰でもあってほしくない!、と僕は勝手に思う。
「それはおかしい」か?僕はそんなに、僕「だけが孤立」してしまっているのか?

「まるで『しっかりしなさい。でもしっかりできないのなら、私がしっかりしてあなたを支えてみせる。生活も思想もすべてにおいても』と胸を張っているように感じられた。遊びや暇つぶしでの運動はなく、そこに同志男性への尊敬や愛すら乗っかっている。ある意味健気でたくましく、ある意味恐ろしいほどの一本気。そんな彼女達の思いを利用しているだけではないかと言いたくなるような、一部男性達の存在が私は腹立たしく思えてならなかった」(朴)
本当に、2000年前後からこういう「しっかり」した「ある意味健気でたくましく、ある意味恐ろしいほどの一本気」なAV女優が増えた。その結果、男共のビジネス至上と、罪悪感ゼロ、いう堕落が始まった。
実際、AV業界存亡の危機に繋がるこの強要問題にさえ、むしろそうだからこそ、両陣営の女達を適当に「利用している」だけの「一部」では決してない男達。それに乗っかるフェミ?と有識者?の欺瞞(彼等はなぜか業界側からの偏った情報ばかり信じたがる)。そしてAV「同志男性」の虚飾。
強要否定発言をしたある女優は、現場で業界男から「よくぞ、言ってくれた!と褒められた、とか。
僕も「利用している」だけかもしれない。「尊敬」されたい?「愛」されたい?「支えて」もらいたい?
まさに、「しっかりしなさい」!
規制派からも業界派からもこう言われてる気分だ。僕は何一つ「運動」していないのだから。元より、ただの売れなくなったAV男優なんだから。

「権力者が語る権力者の物語ではなく、ふつうの女たちが語る物語に耳を傾け、彼女たちの言葉から知る時代の空気を受け止めていくのも、『歴史』なのだ。」(北原)
発信者はすでにそれだけで「権力者」かもしれない。規制派も業界派も、それぞれの「物語」を「語る」ことが出来た時点で、すでに一つの「力」に辿り着けたのかも。
でもだからこそ「ふつうの女たちが語る物語に」もっと「耳を傾け」たい。「ふつう」のAV女優たちが語る「物語」を見たい。そこから「時代の空気」を"AVの空気"を受け止めたい。
それをさせないのは、やはり男。男の権力、差別力、支配力!
そして「女たち」も両派、お互いにそうしていない、そうさせていない。そこには「歴史」は産まれない。
この問題についての現役女優達の声が、いつの間にかまったく聞かれなくなった。箝口令?噂だけか?
"当事者"の声が封印されたままで何が"健全化"だろうか、"自浄"だろうか、"AV実演家の権利"だろうか。
「AV出演強要問題」を本当に「憎」めるのは誰だ?!
「ふつうの女たち」って一体誰だ?!この問題に関わる、みんな、みんな、そうじゃないのか?!

「奥さまは愛国」では「なぜ」の問いはあっても、では「どうすれば」の答えは何も見出されてはいない。当然だ。誰もが「自分が正しい」と確信して行動している人達しか登場しないのだから。「こうすれば」いい、というその「こう」を各人が各人で選び取り、何の疑いもなく日々真面目に取り組んでいるのだから。今さら「なぜ」も「どうすれば」も余計なお世話。時間の無駄。
「AV出演強要問題」についても、とっくに様々な人々が、特に女性達が行動している。それぞれの「こう」を信じて。そこにはひょっとしてすでに「憎む」気持ちすら無くなっているのかもしれない。「なぜ憎むのか?」なんて僕一人が勝手に「でっち上げた」妄想なのかもしれない。実際「強要はない」は憎しみが産んだ言葉には聞こえない。「規制」だって「自浄」だって、憎しみから湧き出てきた考えではないようにも見える。
だが、それでも僕の目や耳や頭には、この問題の根底にどうしようもない人間同士の「憎悪」を感じないではいられないのだ。
「偏っている」ゆえの「敵視」。「愛している」から生まれるヘイト。やっぱり僕が「加害者」だから?嘘だ。「男」だから。かもしれない。でも、それが分からないから・・僕も結局何かを誰かを誰か達を「憎んで」いるから?それはつまり自分を愛したいから。自分のために、自分を愛し、それ以上に「憎んで」いるから?許せないから?
"なぜ「AV出演強要問題」を憎むのか"
「愛」してるからじゃないですか?だから「憎む」のではないですか?あなたが、あなた自身を。違いますか?
世間の皆さん。AVを潰したい皆さん。
「強要はない!」と、言い張る皆さん。それを許している"愛AV"の皆さん。

「何をしたらいいのか。どんな言葉を持てばいいのか。時には強い声をあげながら、NOと明言しながら、考えることを続けていきたいと思う」朴順梨

追記・・・著者お二人には、多数の引用、本当に申し訳ございませんでした。





















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