AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 男優私録・その六"言葉責めについて"

<<   作成日時 : 2014/02/08 17:39   >>

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"何か拭いがたい負け目を持った少年が、自分はひそかに選ばれた者だ、と考えるのは、当然ではあるまいか。この世のどこかに、まだ私自身の知らない使命が私を待っているような気がしていた"




それが小説の中の記述であったか、それとも映画化された作品内でのセリフであったかは、記憶定かでない。
とにかく三島由紀夫の小説「金閣寺」における吃音の僧について、このようなことが描かれていた気がしている。
"僕は、英語とお経だったら吃らないんだ!"

戦後、新しい夜明けにつながる、希望の言葉たる英語。
そして普遍の救いとも支えともなりえる、経という悠久の教篇。
けれど主人公はそのいずれにも慰謝されることなく、孤独の内に金閣を消失させた。
己の絶対美を。
それは純にして業たる自分の生を。

僕にとって、AVにおける言葉は、(主にアドリブにおける言葉責めとは)英語かも、経かもしれない。
言葉責めしている間はドモらない。
言葉責めしていれば、つまることがない。
言葉責めなら、いくらでもしゃべっていられる。
どんな美女が相手でも。
いかに隔絶された、遠い、眩ゆい存在の女神でも。

"そうや・・・暗い毎日を、たったひとりで生きることを覚えたら、人とスラスラ話しが出来んようになるんや"
「金閣寺」の最初の映画化作品「炎上」(58年 監督市川崑)より

だが、これが当たり前の日常会話となると、どうにもいけない。
何をしゃべればいいのか、何を語るべきか、何を伝えたら適当なのか。
面白いのか、楽しいのか、モテるのか、愛されるのか・・・。
僕はマトモな会話が出来ない。
最近、ますます出来ない。
結果は果てしない冗談か、皮肉か、憎まれ口か、無視か、口ごもりか・・・。
対人恐怖症とは違う。
自分が怖いのだ。
何をしゃべっていいか分からない自分。
下らないことばかり口走って後悔する自分。
冗談のつもりが他人をしつこく揶揄して嫌悪にかられてしまう自分。
嫌われるはずだ。
避けられるはずだ。
孤独が当然だ。
英語かお経だったら尊敬されるだろう。
社会に認知され、女にモテ、カネにもなっただろう。
よりにもよって、AVの言葉責めとは・・・。
そこに英語のような実務的な言語のコミュニケーションはない。
お経のような、宗教性による吸引力もない。
言葉責めなんて、ただの下品なガヤ。
あってもなくても、誰も困らない、誰も集まらない、誰も信じない・・・そんなもの。
救われているのは僕だけ。
使っているのも、信じているのも、祈っているのも、この僕だけ。
たったひとりの言語。
一人のためだけの教え。
笑ってしまう。
泣けてしまう。
僕の役目?

"私には快楽の観念は少しもなかった。何かの秩序から見離されて、一人だけ列を離れて、疲れた足を引きずって、荒涼とした地方を歩いて行くような気がした。欲望は私のなかで、不機嫌な背中を見せて、膝を抱いてうずくまっていた"

僕の言葉責めは、全て相手あってのことだ。
相手がどういう女性か、いかなるタイプのオンナか、その職業、生い立ち、外見、性格、そして感度、恥じらい度、抵抗度、従順度・・・女性度。
同じオンナは一人としていない。
女学生、捜査官、人妻、お嬢様、芸能人、素人・・・。
AV女優であることは絶対の枷、ではある。
撮影という前提条件は、とてつもない苦役を呼ぶ。
しかしならばこそ、僕はそのオンナの外質と本質にとことんこだわる。
この容姿、この肉体、この肩書き、この素性、そしてこの態度・・・。
全てが言葉としての責めに変わる。
加虐の素材に、恥辱の道具に、崩壊への糸口とも地獄口とも。
そうでなければ、僕は一言もしゃべれない。
相手を見て、相手を知って、相手を分かって、相手を求めて・・・つまり愛して?
僕自身の言葉だけで責められる。
淫語も擬音もいらない。
僕にはその瞬間、相手の女性さえ目の前にいてくれたら、それでいい。

つまり僕の言葉は僕が紡ぎ出しているのではないのだ。
全ては相手の女性が引き出してくれるのみ。
僕はただの使いであって、ほとんど下僕であって・・・。
単純に言うなら、まずとっかかりは、何もかもAV女優である女性のせいにしてしまう。
今こんなところにいることも、こんな目にあっていることも、こんなことを言われていることも、こんな状況で悔しがったり、恥ずかしがったり、感じてしまいそうになったりしていることも・・・・すべては自分のせい、アナタのせい、オンナであることのせい・・・と。
オンナだから、頭にくる、女だから、恥ずかしい、女性だから、だのに感じてしまいそうな・・・無論、何よりAV女優だから、撮影だから。
それでもいい。
僕は直接的に言葉にはしないものの、常に撮影中であることを女優に意識させる。
カメラをスタッフを、そして己の過去と現在をチラつかせて、リアルな動揺を誘発させる。
つい先程までの自分、スタッフと談笑していた自分、去年まで学生だった自分、働いていた自分、彼氏がいた自分、人妻の自分、昨日セックスしていた自分・・・。
そんなただの自分が、AV女優であろうとなかろうと、何の変わりもない自分が、気づけばここにいて、大勢の他人に囲まれて、無遠慮に触られて、悔しくも悲しくも恥ずかしくも、感じ始めて・・・。
僕の言葉責めは、ここから始まる。
ここに至るまでが僕の仕事である。
そのために女優を盗み見、時にはプロフィールを調べ、無論、設定上の背景も考慮して・・・。
ドラマ物が多いから、AV女優という言葉は決して使えない。
大概の女優はシナリオを深く読み込む習慣などあまりないから、あってもそこから役作りしていくだけの訓練など誰からも受けていないから、設定も役柄も表層的にしか理解していない。
だが、いくらでも遠回しに突くのは可能なことだ。
AV女優であってもなくても、見られれば恥ずかしい、揶揄されれば悔しい、罵られれば腹も立つ、そして自然と考える・・・何でここにいるの?アタシ、何してるの?こんなヤツに、こんな目に・・・。
そこで初めて、そこにようやく、彼女の本物が現れる。
AV女優以上の本気と真情が沸き起こる。
だから、より感じてくれて、より悶えてくれて、より込み上げてくれて、より泣いてくれて・・・。
僕が望んでいるのは、その一点だけだ。
僕が相手の女性に求めるコミュニケーションはその一筋だけだ。
僕の許しは、慰謝は、宗教の如き祈りは、その一条だけだ。
すると結局は、僕の英語?僕のお経?

"わ、私を見抜いて下さい!私は・・・お考えのような人間ではありません・・・わ、私の本心を見抜いて下さい!"
"ははは、見抜く必要はない。何も考えんのが一番いい考えだ"
"・・・・・・・・"
「炎上」より

淫語も擬音も、あるいは使っているかもしれない。
それでも僕が欠かさず口にしている言い回しが、ひとつだけある。
"今、どんな気分?"
明確に答えてくれた女優は、ただの一人もいない。
彼女達は啼くだけだから、ヨガるだけだから、己にどっぷりと浸かりきって、果てるだけだから。
そこで僕の役目は完遂する。
僕は放火犯か・・・。
けれど、いかなる金閣にも勝る女性という崇高美は、決して滅びない、決して失くならない・・・・それがAVだ。

"「又もや私は人生から隔てられた!」と独言した。「又してもだ。金閣はどうして私を護ろうとする?頼みもしないのに、どうして私を人生から隔てようとする?なるほど金閣は、私を堕地獄から救っているのかもしれない。そうすることによって金閣は私を、地獄に堕ちた人間よりもっと悪い者、『誰よりも地獄の消息に通じた男』にしてくれたのだ」"
他の引用全て、三島由紀夫「金閣寺」より



追記・・・二度目の映画化作品「金閣寺」(79年 監督高林陽一)については、2006年2月12日の記事を御参照下さい。








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