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死にかけた。 本当に死ぬかと思った。 一昨日のことだ。 そしてもう、遠くのことだ・・・。 「その朝に思ったことをいまでもはっきりと覚えている。"死にたい。もう生きていたくない"、神に対しても、自分に対しても、何に対しても希望が持てず、人生が終わってほしかった」(エディ・ゲレロ) ふいに眩暈に襲われた。 朝、自然に目が覚め、布団から体を起こすまでは何ともなかった。 それが突然すぎる強烈な眩暈、だ。 一瞬で視界が逆転し、後は延々、旋回して反転して、狂騒した。 物という物が全て急斜面を滑り落ちた。 一気に倒壊してズタズタに錯乱し、とめどなくグルグルギルギル、逆流しまくった。 立っていることが出来ない。 目を開けていることが出来ない。 そこに当たり前にいることが、どうにも叶わない。 僕だけが、僕の視界だけが、意識だけが、狂っていた。 他の現実は、部屋も朝も時間も天気も、何もかも前日と同じ通常のままだというのに・・・。 僕だけが地上でたった一人、突き落とされていた。 激烈な眩暈地獄に放り捨てられ、無抵抗のまま喘ぐことも出来ずに、ユラユラグラグラ・・・。 そんな状態で窓という窓を開け、ゴミを捨て、布団まで片付けた僕は、一体何を考えていたのだろうか。 自分をどうしたくて、いつもと一切変わらぬ空虚な日常を仕上げようとしたのだろうか・・・。 悪鬼のような万華鏡から逃れようと固く両目を閉じた僕に容赦なく襲い掛かったのは、底知れなく厳しい吐き気だった。 体の奥底から絞り上げてくるようなドス黒い嘔吐感の塊が、僕の全身を責めに責め立てた。 ほんの少し呻くだけで、とめどなく吐いてしまいそうだった。 内臓もあらゆる膿も、怒涛の勢いでこの世に撒き散らしてしまいそうな狂おしい切迫感だった。 いっそ思い切って吐き切ってしまった方がどれだけ楽になれるか知れない。 それなのに僕は吐けなかった。 もうそこまで激烈な不快の泥塊が込み上げてきているというのに、僕にはその一息を、わずかの呻きを押し上げる余力さえ残していなかった。 トイレにしゃがんだ時点で僕は無惨に壊滅していたのだ。 おぞましい眩暈の恐怖に震えながら、絶え間なく巡ってくる非情の嘔吐に、僕はただ無力に埋没しているしかザマはなかったのだ・・・。 やっとの思いで座椅子まで這っていった。 毛布一枚を体に巻きつけ、春の明るい日差しの中、暖房をガンガンにかけてうずくまった。 寒かった。 いや、怖くてたまらなかった。 このまま死ぬのが・・・。 このままたった一人で、まいってしまうのが! 実際、動けなかった。 もう本当に何も出来ないくらい、眩暈と嘔吐と悪寒と、全身の苦痛に喘いでいた。 頭は鈍痛が充満し、指の先まで痺れが走って、神経のカケラも麻痺していた。 僕は蓑虫のように丸く沈んでいた。 都会の一点に、踏み潰されたちっぽけなゴミカスと化して全ての他人から忘れられていた。 僕の意識はただひたすらに耐えるだけだった。 この苦しみが、この止まらない地獄の痛みが、どうかどうか、いつでもいいから止んでくれることを虚空に願うだけの哀れな人屑だった。 届かない希望かもしれなかった。 このままいつか吐いて吐いて、それが喉奥にからまって、呼吸を遮断して命を絞め上げて・・・あるいは、僕はそれを願っていたのかもしれないのだ。 ジワジワと死臭の沼にはまっていく自分のみじめな肉体を、僕は苦痛の底で夢想していたのかもしれないのだ。 それもいつかはいいだろう、とずっと思っていたことだ。 突然だろうと、急転だろうと、人の終焉は時を選ばないくらいとっくに分かっているつもりだった。 覚悟はとうに出来ていた。 ただこの限界の苦しみだけは、耐え難い吐き気と、揺さぶられっぱなしの頭痛だけは、早く、何とか一刻でも早く、終わりにしてほしかった。 こんな苦行にはもう我慢できない。 ここまでのたうちまわって、もうたくさんだからと、涙ながらに訴えるだけが、僕が自分で出来る 唯一の残滓だったわけで・・・。 僕は祈願していた。 泣きながら哀訴していた。 何に? 誰に? 何のために・・・。 僕が死ねなかったからだ。 これだけ苦しめられて、地獄を味あわされて、それでもいつまでも息絶え絶えに命がどこかにこびりついたままでいることに・・・。 終わりにしてほしかった。 どうせ誰もいないのは分かっているから。 自分だけに任せてほしかった。 生ける独房から解放される自由くらい、このロクデナシの僕にも誰か恵んでほしかった。 鉄格子の向こうにだって、誰もいないはずなのに・・・。 それから僕は死ねなかった。 たかが食あたりくらいで死ぬはずがなかった。 胃炎か何かだと思っている。 事実、その日一日だけダウンして、翌日にはどういう訳か、ジムまでトレーニングしに行ってしまっている。 軽い眩暈はまだ残っていた。 胃も腸もしつこく重く、食べる度に微妙で不快な吐き気は止む気配が全然なかった。 それでも僕はサンドバックを蹴った。 ストレッチして自転車をこいで、夜は14年前のピンク映画を見ていた。 心を病んで帰郷した知り合いの男優氏が出演していた。 彼には仕事をひとつ潰された苦い思い出しか今は残っていなかった。 そういえばぶっ倒れる前日に見ていたのは先日亡くなった市川昆監督の「東京オリンピック」。 だからどうだと言うのだろうか。 1964年。 僕はまだ三つで、この世における何の記憶も持たない、まだ死んでいるのと同じ存在だった。 この映画の冒頭は破壊から始まる。 そして"作られた平和"という言葉で終わる・・・。 他人からすればこんなものただの笑い話だろう。 わずか一日寝込んでいただけの、下らない世迷言で片付けられるだろう。 死ぬ死ぬって吠える奴に限って死ぬはずがない! 世間はこう嘲って毎日を淡々と当たり前に、逞しく過ごしていく。 僕は死にかけた。 誰がどう思おうと、あの日一日、僕は死んでしまうと確かに信じた。 それを僕は笑えず、憐れみもせず、憤慨も漏らさず・・・。 僕しか知らないことだからだ。 僕だけが味わった苦役と死界の体験だったからだ。 僕が喘ごうが誰も知らない。 僕が泣こうが誰も聞かない。 僕が死んでしまおうが、誰も、たった一人も、永遠に気付きはしない。 それを僕は痛感した。 反吐の底で歯噛みし尽くした。 僕の仕事に何の意味があるだろう? 僕の存在に何の価値があるだろう? 僕が生きていることに、どれだけの重みが残っているだろう・・・。 AVはゴミになる。 AV男優は唾棄の端に消える。 そして僕はそんなものだけにかすかな刻みを残して、あえなく掃く捨てられる。 言葉もない。 便りもない。 足跡もない。 誰もいない。 当然、交わりもなければ、触れ合いも、つかの間も、偶然も、もはや、ない・・・。 僕の苦痛は僕だけのものだ。 僕の絶望も暗鬱も僕たった一人が、引きずっていくだけの、下らない無用のものだ。 誰も振り返りはしない。 誰も、打ち捨てて顧みることもない。 僕は結局死ねなかっただけだ。 まったく何一つの理由もないまま、生きていくことを、まだ、まだ、まあだ・・・・強いられてしまっただけのことだ・・・・・いつまで? 僕に答えは見つからない。 今もまだ頭が重い。 しつこい吐き気、しぶといだるさ、ウンザリさせられる気分の悪さ、むかつき、憤り・・・・。 僕は死にかけた。 それを覚えているのは、間違いなく、僕ひとり、なんだ。 どこまでも・・・誰も、いない・・・・。 追記・・・・もう、こんな滅茶苦茶な文章しか書けないのだろうか? ・・・かもしれない。 「もうこれ以上は耐えられない。つらくて今日を乗り切ることもできなさそうだ。呼吸をするだけでもつらいんだ」自伝より 2005年11月13日、エディ・ゲレロ死去。享年38歳。 (2005年12月18日分の日記参照) |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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はじめまして。 |
yuka 2008/04/12 11:55 |
私も同じような経験があります。 |
只野 2008/08/17 23:50 |
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