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"悲しみさえも 焼きつくされた あたしの夏は あしたもつづく" 昨日・・・僕は自分の映画を見にいけなかった。 スクリーン上の己を見届けることが叶わなかった。 たまたま仕事が入ったのだ。 よりにもよって、その日に限って・・・。 その前日も前々日も、そして今日も明日も空いてるっていうのに。 その日に限って、よりにもよって・・・。 僕の人生は結局、こんなだ。 いつもいつも、くだらなさすぎるほど、語るに落ちる日々の繰り返しなんだ。 "あたしの 海を まっ赤に 染めて 夕日が 血潮を 流しているの" 映画「八月の濡れた砂」(71年 監督藤田敏八)のテーマ曲。 20年以上ぶりに見た。 70年代の青春が、ステレオタイプなほどに暑く熱く描き込まれていた。 若者は戦わない。 教師にも牧師にも、政治家にも牙を剥けない。 彼らに出来ることは、サッカーボールを教室のガラス窓に蹴り込むだけ。 教会のオルガンで「懺悔の値打ちもない」をひいてみせるだけ。 太陽族の残滓のような白いヨットを奪って、真っ赤に汚し、そこで強姦し、壁にライフルを撃ち込むだけ。 彼らは死のうとして崖から飛び降りても死なない。 暴力団に袋叩きにされ、純潔を奪われそうになった憧れの女高生に自殺され、ラスト、やっとの思いで一人の大人のオンナを二人がかりで犯す。 青春最期の夏、彼らに出来たことは、これだけのことだ。 あとはただ、太陽と海に包まれ、いや囚われ・・・黙って何かを睨み続けていただけだ。 あたしの、自分の、海を真っ赤に染めたものは、己の鮮血だったろうか。 それとも犯した女体からにじみ出た、熱く乾いた噴出だったろうか。 血潮を流しているのが己の太陽だったとしたら・・・もはや落日をとどめることも叶わない、若き己の魂の燃焼だったとしたら・・・。 僕には海もなかった。 焼けつく夏も、沈む夕日も、そして灼熱の血潮も、とうとう訪れやしなかった。 青春という言葉が、一番嫌いだ。 よりにもよって、その日に限って・・・。 僕は夏という夏に、燃えるような運命の脈打ちに・・・いつもいつも見放されて生きてきたんだ。 "あの 夏の 光と影は どこへ 行って しまったの" 光と影。 まさに映画だ。 まぎれもなく、僕が焼き付けられた映画のはずだ。 それを僕は見れない。 あまりに馬鹿馬鹿しい偶然から、目にすることが出来ない。 かろうじて、あと一回チャンスがある。 だけど・・・また駄目になりそうな気がする。 どうせ仕事が入るだろう。 一週間丸々空いていたって、きっとその日に限って、もう滅多に巡ってこないAV男優としての役目がまわってくるだろう。 よりにもよって・・・どうしようもなく、よりにもよって・・・。 僕はやはり"生涯AV男優"らしい。 それ以外、全ての社会から、あらゆる人間の交わりから、僕は一生隔絶されていくらしい。 僕の映画は、どこへ行ってしまうのだろう? 僕の、僕自身である人生の光と影は、どこへ逝ってしまったのだろう? "悲しみ さえも 焼きつくされた あたしの 夏は あしたも つづく" そしてもうひとつ、僕はある宣告を受けた。 あまりに突然に、僕は一瞬で奈落に突き落とされてしまった。 この部屋を出ていけ、という。 お前のこの部屋が失くなるから、黙って立ち去れ、という。 僕にとって、現在のこの部屋は、まさに唯一の隠れ家だった。 絶対の一人になれる、この世でたったひとつの安息の逃げ場だった。 そこが無くなってしまう、という。 もう、どこにも、ここまで僕を静かに、あらゆる面で都合よく、包み込んでくれる空間はありえない、と確信していたのに。 ここだけが、僕をかろうじて守ってくれる、終の棲家だと信じていたのに。祈っていたのに・・・。 それが無くなる。 僕の前から嘘でも冗談でもなく消えて、なくなってしまう。 こんなに、突然・・・。 "打ち上げられた ヨットの ように いつかは 愛も 朽ちるもの なのね" この部屋は僕のヨットだった。 漂流の果てに流れ着き、至上の無人島にしがみついてくれていた、僕の愛艦だった。 それが朽ちたのだ。 5年にも満たないうちに、地上の風に払われてしまうのだ。 じゃあ一体、僕はどこへ行けばいいのだ? もう一度、いや今度こそ何ひとつ命綱も錨も帆柱もないまま、どこかへ打ち上げられろ、というのか? これ以上の無人島なんて、僕には見つけられない。 もう、再び漂流して、ゼロからやり直す気力なんて、今の僕には、それこそ朽ちて、千切れて、ひと滴も、残ってやしない。 一体これは何だ。 この唐突な、理不尽な、他人からしたらまったくとるに足らない、状況の急変は、運命の戯れ事は、まったくどういうことなのだ? どこへ行け、というのか。 お前なんか、どこで朽ちろ、と誰が言ってるんだ? "あの 夏の 光と影は どこへ 行って しまったの" 夏がなくてもいい。 青春なんて、どこにも拾えなくて構わない。 ただこの部屋は、どこよりも僕が長い時間を過ごしているこの部屋、つまり僕の最も生きている、息をしている光と影の溜まり場は、他のどこにもないんだ。 絶対に、きっと、必ず、代わりは見つかりそうもないのだ。 それにもう疲れた。 新しい、僕だけの部屋を探し出すエネルギーは、とっくに枯渇してしまった。 今さら、どうしろ、というのだ。 こんな僕に何をさせようというのだ? 自分の姿を見る機会さえ与えられない不運な奴に。 笑殺の価値すらない、下劣で卑小な、ツいてなさすぎの、ろくでなし、に・・・。 "想い出 さえも 残しはしない あたしの 夏は あしたも つづく" 作詞・吉岡治 作曲・むつひろし 唄・石川セリ そう、それでも人生は続くのだ。 朽ちようと、忘れられようと、打ち棄てられようと、僕の人生は、まだ続いているようなのだ。 笑われるために? 無視されるために? 何もしてあげられませんが・・・と、笑顔で排除させられるために? 僕が死ねば、僕は終わる。 誰も僕を思い出したりなどしないのだから、いなくなった途端、僕は一欠けらも、残しはしない。 僕が生きていたことさえ、その瞬間、消え去ってしまうんだ。 僕という人間など、どこにもいなかったのだと、完全に断罪されてしまうのだ。 もうすぐ倒壊される、僕のこの部屋のように。 それが分かっていながら、死ぬほど、嫌というほど分からせられていながら、僕の人生、僕の夏は、僕の命は・・・明日も続く。 多分、何の理由も意味もなく、明日もまた引きずられていく。 自分の映画も見れないだろうに・・・己の寝ぐらも・・・地獄しか待っていないだろうに・・・。 今はただ、風邪が苦しい。 こんな時期にひいてしまった情けない疾病に、一人まいっているしかない。 たかが風邪だ。 どうせ不幸だ。 まったく大したこともない、と蔑まれるだけの、僕の耐え難い痛切だ。 しかし、僕は、ひとりなんだ。 ずっとずっと、ひとりで、生きることを強いられてきたんだ。 誰からも、何もしてあげられませんが・・・。 すべては、僕のせいなのだろうか。 だのに死なせもせず、さらに苦しめ、とばかりに僕を鞭打つ他愛も無いこの業苦は、誰に向かって叫べばいいんだ? 何を祈って泣けば、いいんだ? 死ね、死ね・・・と、わめいている。 僕を取り巻く、総ての"敵"が、嘲笑の河岸から僕の首を絞めてくる・・・・・。 「僕は毎日のように孤独な気持ちになる。仕事をしているときの仲間とか、そういう人達だって、結局は敵だもんな、そういう孤独なときに、蔵原、神代とかいったかつての先輩たちを懐かしく思うこともあるけど、あの人達だって僕とはまた違うしね。やっぱり抽象的な"神"のようなものが支えになるのじゃないかな。でも生きているうちに、自分の思いのタケをさらけ出したいといった、そんな気持ちはあるよね。だから映画を撮りつづけていくんだよね」 藤田敏八 1997年8月29日 逝去 |
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風邪ひいちゃったんですか? |
みなみ優 2007/09/04 15:27 |
初めまして、私は福祉の仕事をしている男です。 |
ちょっとしたファン 2007/09/21 06:41 |
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