AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 人生を描き継ぐ・・映画メモ「美しき諍い女」

<<   作成日時 : 2006/07/19 14:08   >>

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91年 仏 監督ジャック・リヴェット 原作バルザック 出演ミシェル・ピッコリ エマニュエル・ベアール ジェーン・バーキン

四時間もの長尺。しかも劇中、一切音楽は流れない。
異色の映画だ。いや、まがうことなき、異常な大作だ。
全編の七割を占めるのはアトリエ内での創作シーン。それも画家が白い紙にデッサンし、描き込み、仕上げていく様を、カメラは執拗に映しとっていく。
まるでこの映画そのものが写生されていくように。膨大なフィルムを費やして、ただひたすら画家の仕事ぶりを克明に、ありのままに辿っていくことだけが、この映像に託された生命であるかのように。
ドラマでも記録でも、映像詩でもない。
説明でも描写でも、アクションでも濡れ場でもない。
この映画は、描くことが全ての映画だ。そのシンプルにして儀式めいた行為が、人間を支配してしまう物語だ。
何もないマッサラな白紙の上に見る見る張り巡らされていく描線。それは次第に形を帯び、色を浮かべ、命を宿し、そして遂には描く者、見る者、描かれる者たちよりも、強烈な異形の存在となって君臨する。
人はすべて、そのような何物かに魅せられる運命にあるのか。
自らが創造したものに、畏怖と隷属を乞うのが、卑小なる人間の精神なのか。
我々の多くは絵画が構築されていく過程をまず見たことがない。それは神聖にして、戦慄を伴う宴の場であることを本能の如く知っているからだ。
この映画はそれを突き付ける。リアルを越えた病的な時空でもって我々に逃れることを許さない。
これは祈祷の映画だ。
我々はこの悠久の時間において、容赦無く描き込まれていく、哀れな被写体なのだ。

画家ニコラは、恋人マリアンヌを連れて、伝説の画家フレンフォーフェルを訪ねる。
フランスの片田舎に妻リズと二人で隠遁したように生活するその”描かなくなった巨匠”は、ニコラ達を歓迎し、アトリエに案内すると幾つかの習作を披露する。
ニコラは絶賛するが、フレンフォーフェルは苦々しくこう言う。
「悪くないが、ダメだ。血の気がない。仕上げれば血の気が出るんだが・・」
「望みすぎでは?」
「まさか・・・”美しき諍い女”は血が通ってる」
それは十七世紀に突飛な人生を送った娼婦の呼び名だった。
十年前、彼は妻リズをモデルにそのタイトルで創作にかかったのだが、構想半ばで断念していたのだ。
諍(いさか)い女(め)とは、ケンカっ早い女、うるさい女、を意味する俗語だ。
夕食の時、フレンフォーフェルはマリアンヌへ無遠慮に尋ねる。
「ニコラが好きか?」
「・・・」
「彼も君を熱愛している。それは一目瞭然だ」
マリアンヌは聞き流すが、フレンフォーフェルは続ける。
「彼が君より絵を大切にしたら?」
「・・・」
「君なら絵のために、彼を犠牲に出来る?」
「・・・もし彼が挫折したら、私が破滅させるか、別れるわ」
「二人で破滅か?」とニコラ。フレンフォーフェルは言う。
「画家は残酷な真実を求める」
「でも、私を破滅させてないわ」とリズは言うが、彼は「危うかった」と答える。

血の通う絵画。画家はそれを求める。
しかし血の気があるということは、やがて息絶えるかもしれない、という意味でもあるのだ。
画家は愛より絵を選ぶ。恋人は愛のために破滅か別離を選ぶ。二人で滅ぶか、生かして別れるか・・・。
愛とは残酷な真実だ。画家も女も、それを求めるのだ。
愛も肉体も残せなければ世間は、そんな女を諍い女とも、娼婦とも呼ぶ。
作品に結実させれば、芸術家として賞賛する。
どちらもやはり残酷な真実だ。
本当に血の通った人間は、それだけで危うい存在なのだ。

女同士二人きりになった時、マリアンヌは、なぜ変わり者の彼と結婚したのか、とリズに問う。
「だって・・彼と暮らすのは簡単じゃないもの」
「ほんと、耐え難いわ。私もイヤな女だから、うまくいってる・・・こうしか生きられない」
マリアンヌも、ニコラとの仲をリズに語る。
「彼に頼りたくない・・・一年前はお互いに似てた・・私が変わったの」
ニコラが個展を開き、新進画家として注目されだした頃から、何かが変わった、と言う。
「私が闘ってる」
「彼は気が弱そうね」
「・・・最期には傷つけ合う関係よ・・分ってるの・・感じてる」
「・・・分るわ・・経験ある」
「彼(フレンフォーフェル)が勝ったのね」
「誰も勝ってない。傷を残したまま、和解したの」
「・・・」
「固い約束よ・・・壊れないわ」

闘う者は変わる。傷付け傷付けられるうちに勝ち負けに関係なく、変わり果ててしまう。
こうしか生きられない者は、変わらない。傷を抱いたまま、壊れない心で周囲と守り合っていく。
勝つという自我は結局弱い。
人は一人では、所詮強くはなれない。

アトリエの中、ニコラが、ここは涼しくて静かだ、と何気なく言うと、フレンフォーフェルは一気に語る。
「静かだ、と?森の音は?ざわめきや、ささやきは?海と同じだ」
「・・・」
「海のようだ。太古の昔からある森羅万象の音。原初の音だ。森と海が溶け合ったもの・・・それが絵画だ。そう思わんか?」
「僕にとっては違います。絵画は描線です。浮き出る色・・山吹色や鮮烈な赤・・明確に仕上げたもの」
「そうか・・絵が出来上がったと思うたび自分に言い聞かせる。”もう少し描き込むべきでは?”、”もっと大胆にやろう”、”危険を冒してみろ”とね」
「その結果、絵を台無しにしたことは?」
「何度もあるよ。危険を冒すんだ。だが誰もが大胆さや、独創性に向くわけではない」
「平凡な芸術家でも危険は冒すべきだ」
「そんな資格はない!」
「じゃ、彼等は?」
「他者に殉じる」

絵画とは線なのか、色なのか。
確かに描き込むものだ。大胆に独創性に挑むものだ。
しかし最後には、原初の音に還るのではないのか。
人はざわめき、ささやき、の中に生きている。
森羅万象の世界から誰も逃れられるものではない。
人間は海で産まれ、森で育った。人間は最初に見たもの聞いたもの、それを描くしか何も与えられていないのではないのか。
大多数の凡庸な人間は、何も聞こえないまま、ぼんやりと他者に殉じて生活する。
危険を冒すのは、聞こえる者、見える者だけ。
絵画は音だ。芸術は原初の響きだ。
それは生きることでも、あり得るのだ。聞こえなくなったら、死ぬしかない・・・。

とっくにもう描けなくなったと諦めていたフレンフォーフェルだったが、ニコラがマリアンヌをモデルにすることを承知したことから、再び”諍い女”の創作にとりかかる。彼女なら描けるかも、と直感したのだ。
一度はニコラに食ってかかるほど拒んだマリアンヌだったが、結局は何かに引っ張られるように自らアトリエを訪ねた。
かくして始まった二人きりの闘争・・・。
黙々と部屋を片付け、道具を用意する画家。
言われるままに椅子に座り、背筋を伸ばし、視線を固定するモデル。
フレンフォーフェルは、まずノートに様々なポーズをデッサンしていくやり方だった。
二人しかいない部屋に響く、ペン先が白い紙をかじり続ける音・・・延々と悠久の如く継続される、描写という儀式・・・それは女が全裸に移っても変わることはない。
何枚も何枚も、ペンの爪跡と、筆の染みとでのみ仕上げられていく女の影・・。
だが、調子の出ない画家は、途中でやめてしまう。マリアンヌは自分のせいか、とイラついてしまうが、フレンフォーフェルはまた明日もやると言う。
戻ってきたマリアンヌに、ニコラが尋ねる。彼はマリアンヌが自分にとってかけがいのない存在であることを悟り、モデルにさせたことを後悔していたのだ。
「それで?」
「何が?」
「満足か?」
「それ以上ね」
「・・・つまり?」
「あんなの初めて・・不思議な力で核心に迫っていく・・面白い体験だったわ」
「僕を悩ませようとして話すのか?」
「真実に悩むのは変よ」

ここから映画は不思議な領域に侵入していく。
ただ描くだけ。創作という風景が、果てしなく展開していくだけ。
しかしそれは行為の核心そのものだ。
描く者、描かれる者・・・描くための空間、描かれるためのデッサン・・・。
行為とは単純なものだ。何の装飾も要しない行為こそが、人の心をグサッと捕らえるのだ。
冗長とも退屈とも単調とも見える。
だが、この憑かれたような映像の軌跡は、迷うことなき追求は、有無を言わせず観客を圧倒し、作品の生命力を焼きつける。
音楽などいらない。描くために生じる爪を立てるような旋律が、時空と感性を軋ませる。
この映画が、真実であることを、見る者は否定出来なくなるだろう。
我々は誰も悩むことはない。描くという真実に、全てを任せて、刻み込まれていけば、いい。

翌日から、フレンフォーフェルは、もうマリアンヌの裸体だけを描き始める。
後ろ向きに立たせ、椅子に軽くもたれかからせ・・・直接キャンバスにまた何枚もデッサンしていく画家。
「今、何を考えてる?ニコラのことか?」
「いいえ・・・自分よ」
その指定するポーズは徐々にキツくなってゆく。
「人は何かを求め行き詰まり、所有したがる。いくら求めても、所有など不可能なのに・・」
「・・・」
「放棄こそが恐ろしい・・」
一本一本刻まれていく人間の線・・黒々と塗り潰されていく女体の陰影・・。

今、何を考えてる?
僕がAV女優によく言うセリフだ。
裸の女に、何度もしつこく鞭打つ、偏執の詰問、だ。
僕はずっとAV女優という名の女性を求め、行き詰まった。AVというアトリエ内では、いくら切望しても所有など不可能である、と・・・いや、まだ完全に達観してはいない。
それは放棄してしまうことだから。AVを、女性を、そして自分自身を棄て去ってしまうことに他ならないから。
僕はそれが恐ろしいのだ。だから完璧な作品も、自然な恋愛も、仕上げることが出来ないんだ。
僕は自分を考えたことがあるのか?
今、僕は自分の何を見つめているんだ?

フレンフォーフェルは、リズとの出会いを語って聞かせる。彼はこれまでモデルは全て町で自ら声をかけて見つけてきたのだ。リズもそうだったが、彼女自身もモデルのバイトを探していたという偶然と運命の出会いだった。リズ以前のモデルは、もう皆忘れてしまった、と言う。
「描くより、まず(リズと)寝たい、と思った・・初めて恐怖を感じた・・・恐怖が私の原動力となった・・・突然すべてが変化して、見えなくなった・・・指先で触れる絵画・・・まるで、指が物を見て、独りでに動くかのような感じ・・・それを探してる・・求めてるんだ・・・そう、それだ・・・・多分、あの瞬間、本物の画家になった・・・」
「じゃ、なぜ・・」
「やめたのか?・・・どちらかが・・・破滅するから・・それに・・・」
それ以上語らず、創作に戻る老画家。

芸術を越えて性愛を覚えた時、作家は俗なる自分に失望し、恐怖する。
しかしそれが原動力となって、本物を丸ごと掴み取れる才能を開花させる。
僕が最初にAV女優と寝たいと思ったのはいつのことか・・・もう覚えていない。
ただ、その瞬間、突然すべてが変化して見えなくなって、独りでに動きだしてしまうかのような感じ、それだけはずっと見失ってはいない。
演じるより、責めるより、抱きたい、と思うことだって今だになお・・・。
僕は、やめようとは思わない。
どちらかが破滅することを、僕は望んでいるから。願わくば、二人しての破滅を、僕は最期の祈りに決めているから。
でも僕は本物の男優にはなれなかった。
僕にとっての本物の女優、いや女性、そして本気の人生と出会えなかった。
僕は独りで生き、独りで滅ぶしかない、偶然と運命のようだ・・・。

フレンフォーフェルは、さらに過酷なポーズをマリアンヌに強いてくるようになる。それは獣のような、拘束されているような・・・。
「君を解体する・・肉体を脱がせて、骨格を露にする」
「前にもやったわ」
「あれで私が満足したとでも思うのか?君の内面が見たいんだ」
「それがこのポーズ?」
「まだ二人とも束縛されてる」
彼はそのハードさで、リズを始め多くのモデルを、脱臼や肩が外れるところまで追い込んできたのだ。
「からだ全体だ。部分など要らない。胸も脚も口も、問題じゃない。それ以上を・・・すべてを・・・君の中にある血や炎や氷を、つかみ出す。外に引き出して、あの額に残してやる」
彼の心は迫り来る興奮に乱れかかってくる。
「この見かけの内面にあるものを知りたい・・・見えないものを・・・違うな・・私が望むんじゃない・・・輪郭や描線が望むんだ・・・描線とは何なんだ・・私は追う・・描線を追い求める・・・」
とうとう彼は筆すら放り出す。
「そしてどこへ?空へ?それもいい・・・空を描線で壊してやる!」
「もう、うんざり・・」と、マリアンヌは頭をかかえる。
「まだ序の口だ!胸も腹も太腿もケツも要らん」
「・・・・」
「・・・渦巻き・・・銀河や潮の満ち干・・・ブラックホール・・・天地創造前の混沌のことを?それを君に求めている」
「・・・・」
やがて開き直ったように、ポーズをとるマリアンヌ。

僕もAV女優の内面が見たい。
当たり前にさらした肉体を脱がせて、精神の骨格を露にしたい。
女性全体だ。バストもヒップも、マスクもマ●コも、問題じゃない。
それ以上を、女性の中にある血や炎や氷を引き出して、AVという額に残してやりたい。
だが、僕の追い求める描線とは何だ?
言葉か、情念か、愛憎の熱か・・・。
僕にとって女性はブラックホールだ。混沌の極地だ。
それをAV女優に求めた時点で僕は男優失格なんだ。
AV女優はオンナではない、恋人ではない、あくまでも外面だけの、束縛された商品にすぎない。
僕は所詮、エゴと煩悩が飢えているだけの家畜でしかない。
要らないものばかりに呑み込まれて、もうすぐ壊れる・・・。

二段椅子にもたれた磔のようなポーズ・・・。
「君を砕き、解体する。すべてを捨て去った時、残された物が見える」
「・・・」
「元に戻れるから心配ない。君が望むならね」
「下劣な男ね・・」
「私など関係ない。何も出来ん。私ではない。絵画が求めるのだ。二人で踏み出そう。そこでは大雨に打たれ、渦にのまれる。早く動かなくては、視力も感覚も失うぞ。マッハ1・・耳鳴りがしないか?」
「耳なんてない・・体の感覚も・・」
「いいぞ。私もそうだ。やっと近づいた。あとはただ・・」
だが、マリアンヌはそこでメチャクチャ吹きだしてしまう。
「・・・ごめんなさい」
「私の話か?」
必死で笑いをこらえながら首を振るマリアンヌ。
「自分に・・・・あなたじゃない・・」
呆然とする画家。彼は絵筆を捨て、アトリエを出る。外は陽光広がる静謐で自然に満ちた田舎街・・・。

すべてを捨て去ることは難しい。それには自分以上の強靭な波が押し寄せてこなければ、ほとんど不可能だ。
仕事でも愛でも、芸術や才能でも足りない。
それは意識だ。
絞り出された本物を見たいという極限まで高められた個的な意識だ。
街からも人からも忘れられなければならない。
嘲笑の寸前に身を置かなくてはならない。
僕も今でも笑われる。その度に僕の心は孤独に逃げる。
それでもまたその孤独から始めなければ、どこへも辿り着けない。
踏み出すのも近づくのも、最初は常に一人からだ。
己を無力に、下劣にする覚悟があって初めて、魂は飛翔するのだ。

再び、アトリエで相対する画家とモデル。
「私でいいの?描きたい対象じゃない」
「君であり、違う存在・・・君以上だ。君にも分らない何かだ。真実が描ければ、それが君だ」
「わからない」
「私もだ。それでいい」
「でも理解したい」
「理解と認識?誰も望まん。いくら強気の人でも・・」
「私は強気よ・・そう思う」
「今に分る」
「降参させたい?最初からの狙いね」
「闘ってほしいんだ。お互い毅然とすべきだ」
決心したように、マリアンヌはポーズに専念する。
「君が見え始める・・始めよう・・・」

君であり、違う存在。
AV女優であり、それ以上の、君にもまだ分らない何か・・・僕が掴みたい真実もそれだ。
どんな姿なのか、僕にも分らない。理解したいとも思わない。
見たいだけだ。
会いたいだけだ。
繋がりたいだけだ。
けれど僕は、いつも一人で闘ってきた。誰も僕と一緒に毅然としてはくれなかった。
僕では、よくなかったのだろう。
どんなAV女優、いや女性からさえも、僕はそんな対象ではなかったのだろう。
僕はまだ降参はしていない。
でも、死ぬまで強気でいられるほど、僕は選ばれた存在じゃない。

だが、画家は行き詰まってしまう。
「のらない?」
「さあ・・何かが得られるはずだ・・だが、出来ん。きっかけを掴んだかに思えた・・奇跡までも・・・」
「・・・」
「また起きるさ。今より良くても悪くても、役立たずだ・・死にたいよ・・」
「もう諦めるの?」
「君が言うのか?」
「・・闘えと言っといて、やめられたら私のせいかと思う」
「違う・・私は言葉でしか君を酔わせることが出来ない」
キャンバスから離れる画家をマリアンヌは追う。
「ダメよ・・私は?・・・信じてるの」
「・・・」
「さっきはひどく苦しくて、息も出来ないほどだった・・・あなたもよ」
「・・・」
「何かが起こったの・・・先へ進むのよ」
「・・・そうだな・・後戻り出来ない、あの段階まで・・・だが、私の力では無理だ。やめよう」
「あなたが、私を無理に連れ出したのよ。私を一人で宙に放り出さないで」
「・・・」
「怖いのね・・・私はもう平気」
また明日来るとマリアンヌは約束する。

僕は言葉でしか誰かを酔わせることが出来ない・・・。
つまりは、信じてもらえない。何も起こらない。
ひどく苦しくて息も出来ないのは、僕だけ。
一人で宙に放り出されるのは、いつも僕の方。
生きていれば何かが得られるはずだった。きっかけは幾らでも掴んだとその度に思っていた。
今はもう、これ以上良くも悪くもならないような・・・。
役立たず。死にたいよ。僕の力では無理だ。やめよう。
僕にもまだ明日はある。
誰も来ない明日・・・生きてること自体、奇跡のように笑える、僕の明日・・・。

翌日、マリアンヌは自分で考えたポーズをとっていく。画家とモデルの関係に嫉妬するニコラへの愛憎の言葉を口走りながら、うずくまるような、丸まっていくような形をとるマリアンヌを見つめるうち、フレンフォーフェルは、再起のきっかけを掴んでいく。
うつ伏せに丸くなった、胎児のような、イモ虫のようなデッサンを仕上げて一息つく二人。それは泣いている図か、耐えている描線か・・。
絵が完成したら、かえって答えを知るようで失望するか?とフレンフォーフェルは問う。
「私が?しないわ。何も期待しないし、時の観念もない。自分の歳も分らない。真っ暗な地下道にいるみたい。雨も風も太陽も寒さも暑さもない。ずうっと奥で小さな光が、揺れてる・・揺れてる・・・」
やがて何かを確信した画家は、古いデッサンを持ち出す。それはリズの顔が描かれた描きかけのもので、彼はその上に丸くなって尻と背中だけを見せ、嘆ききっている女体の輪郭を重ねていく。
青い絵の具でかき消されていく妻の肖像・・・さらに中央を厳しく切り裂くように走る真っ赤な太い線・・・それはイナビカリか、生々しい血管か、人間の裂け目か・・。

僕にも時の観念はない。自分の歳も数えたりしない。真っ暗な地下道にいるみたいな毎日・・・。
しかし期待はある。失望もする。
雨も風も太陽も苦手だし、寒さにも暑さにも弱過ぎる。
小さな光など、どこで揺れてる?
僕はずっと丸くうずくまってきた。
胎児のように、泣くことも叶わず、虫のように耐える力もなく・・・。
かき消されていく僕の肖像。
僕の嘆きがイナビカリになる時は来るのか?生々しい鮮血を走らせる時が、いつかやって来るのか?
人は追想の上に、幻滅を重ねて生きてゆく。
愛の裂け目にしか、慰安の場所はないのかもしれない。

朝、偶然アトリエに入ったリズは、無惨に潰された自分の顔の絵を見てしまう。どうしてあんなことを?と問う妻に画家は答える。
「そうするしかなかったんだ・・先に進めないんだよ・・思い出や後悔があると。仕方なかった。信じないだろうが、つらかった」
リズは夫をなじる。十年前、あの絵を描いていた当時を突き付けながら。
「あの頃のあなたには着想と熱意があった」
十年前、最後までやり通すべきだったのよ、と畳み掛ける。
「あなたが怖じ気づき、私が同意した。でもやるべきだった。前よりも強い絆で二人が結ばれたからよ」
「・・・・」
「寂しい人ね、自分を見て」と、リズは続ける。
「もう若さもないし、力もない。十年前のは、冒険の始まりだった。今度のは新たな始まりでなく、最期よ」
「冷酷だな」
「どう言ってほしいの?十年も自分を欺いている。騙し続ければいい。そうよね」
「やめてくれ!・・・残酷だぞ」
「これが私よ・・残酷なの・・今頃わかったのね・・・」

僕はもう若くないし、力もない。
十年前、いやほんの四五年前だって、冒険を始めるだけの着想も熱意もあった。
しかし僕は怖じ気づいた。生きることにおののき、それからは毎日が最期になった。
僕は自分を欺いてはいない。騙してもいない。
僕は冷酷になったのだ。己に対して残酷なキャンバスになってしまったのだ。
僕は塗り潰した自画像だけを描いて生きてきた。
寂しいだけの僕には、他に言い様もなかった。
思い出も後悔もない。
先へ進むことに同意しなければならない相手など、どこにもいない。
僕は残酷とだけ、絆がある。

リズは、訪ねてきたニコラの妹と話している。彼女も兄とマリアンヌの関係に嫉妬し、思い悩んでいる女だったのだ。
「もうすぐ描き終わるわ・・完成してもマリアンヌは見ない方がいい」
「なぜ?どうなるの?」
「彼女が、さらけ出される・・・私がずっとモデルだったの・・彼のお気に入りで・・唯一のモデル・・。最初は私を好きだから描きたがった。それからは・・好きだからこそ、描く気を失った。君か、絵かのどちらかだ、そう言ったわ」
「わからない・・・そんな重大な問題?」
「そうなの。人は溺れた時、自分の人生や忘れていたことを一瞬にして見るの。だから絵の中にだって、ひとつの人生を描けるかも。つまり絵画の描線だけで・・・驚くだろうけど、ともかく彼はそれを求めてるの」
「それは人間の・・嫌らしさ?」
「そうね、嫌らしさだわ。肉体の嫌らしさじゃない。裸でもない。別のものよ・・」

僕も本気で誰かを好きになったら男優を辞める、いや出来なくなるのだろうか。
AVなんて、重大なものであるはずがない。
でもAVの中にだって、ひとつの人生を描けるかも・・・エロスの描線で、加虐の色彩で・・・。
僕はそれを求めているのか。
女優と二人で、さらけ出されることを願ってきたのか。
それは己の嫌らしさ・・・愛し合おうとした女性の嫌らしさ・・・・。
でも未だ徒労でしかない。
AVには肉体の、ハダカの嫌らしさしか、ない。
僕は愛かAVか、どちらかを選ぶようにならなければ、永遠に誰の人生も見えないのだ。
精神の嫌らしさ、だからこその真実の愛しさ・・・今の僕には描けない。
すでに溺れかけている僕には、AVでも現実でも、自分を絵に出来ない。

「求めてるものを、見たことある?」と、マリアンヌ。
「多分・・」と答える画家。
そして遂に絵は完成した。
無言でそれを凝視していたモデルは、肩にかけられたフレンフォーフェルの手を振り切り、画家を睨み付けるや、足早に去って行く・・・。
待ち構えていたニコラの妹が、マリアンヌと兄を巡って言い争う。
「私だけが苦しんだ・・だのに彼と別れる?」
「もう無理よ・・愛してないの」
「身勝手ね」
「違うの、あんたも見たら・・・その前に逃げる」
「他人が何よ、思い過ごしだわ」
「そうじゃない・・見たのよ・・非情で冷淡なものを・・・私だった・・」
深夜、リズも一人アトリエに忍び込んで、その十年越しの労作を見る・・・。
彼女はキャンバスの裏側、Fの文字の横に十字架のような印を描き込む。

人が求めるものとは、己の裏側なのか。
非情で冷淡で、誰も愛さない心・・・。
画家はそれを絵に描く。
愛する者はそれに連なる。
逃げたくなるのも人間。自分から目をそらしたくなるのが、当たり前の感情。
人は誰でもが、芸術家にはなれない。その伴侶にもなれない。
僕は結局、非情さも冷淡さも、中途半端でしかなかったようだ。
愛されなかった。
自分の絵に寄り添ってくれる人と、だから巡り会えなかった。

しかし画家はその最期とも言うべき絵を、アトリエの壁に埋め込み、永遠に封印してしまう。
夜、ベッドでリズが語りかける。
「今朝アトリエで、眠ってるあなたを見て、死んでると思った。自分も、そう感じたわ」
「・・死か・・・それから?」
「妙な愛情ね。お墓で初めて一緒に眠れるみたい」
「・・知りたいんだ・・・この衰弱の後に・・消え去ってしまい・・元に戻らないものは何なのか・・」
「すべてよ・・・」
「・・・」

僕も自分に関する少なからぬ事実を封印している。つまり最もグロテスクで正直な自画像をこそ、厚い壁に埋め込んでいる。
もう死んでるつもりだから。
それを心から語れる何びとも現れそうにないから。
どうせ分っている。この衰弱の後には、すべてが消え去り、元に戻るものなどないことを・・・。
封印したものは決して永遠ではない。
その瞬間、無と化してしまうだけだ。
僕は、間違い無く半分死んでいる。
残りの半分で、己の死を見つめながら、眠っている。

翌日、アトリエに集まる画家、モデル、妻、恋人、妹・・・。
「さて始めよう」と、フレンフォーフェル。
「私には楽しい瞬間(とき)ではない。”終わり”には耐えられない」
マリアンヌに向かって言う。「君の期待とは違うよ・・・私のとも違う。作品は赤ん坊と同じで、成長を知るためには、時間がかかる。私には無理だ」
フレンフォーフェルは皆に作品を披露する。それは封印した絵ではもちろんなく、彼があれから一晩で一気に描き上げたものだった。
うずくまった女体は変わらなかったが、背景は瑞々しい青一色・・・紅い傷跡も走っていない・・。
「これが最初の遺作だ」
微笑を浮かべるリズ。キョトンと、無表情に眺めるマリアンヌ。

生きている限り、人生に”終わり”はない。
期待通りになど一つもいかないが、激し過ぎる真実だけに覆われているわけでもない。
だから人生の一部を封印してもいい。
最大の宣告を隠しても、生きて行って構わない。
それが愛情にもなる。優しさとも言える。
諍いは、美しいとも呼べる。
僕は毎日遺書を書いているが、遺作は一本も披露していない。
遺書は自ら終わらせられるが、遺作は僕が自分の手で作り上げるわけではないから。
僕もまだ人生の幾枚かを封印しているだけだ。
悲しむ人も微笑んでくれる人もいないが、僕はすでに無表情だ。
どのみち、時間がかかる。
僕には無理なんだ。

庭での簡素なパーティー。
ニコラはフレンフォーフェルに尋ねる。
「今でも絵画に真実を求めてます?」
「・・・その質問は、友として?それとも敵として?」
「画家に敵はいない・・駄作だけです」
「どういう意味だね」
「別に・・今でも尊敬していますが・・同情もします。僕はこんな終わり方はしたくない、茶番だ」
「その気持ちでいろ。気に入った」

僕には敵しかいない・・・それが僕の真実だと言ったら・・・。
人間には本来敵などいない。駄目な奴がいるだけだ。
僕の生き方は茶番だった。
僕には真実を求める何ものもなかった・・・芸術も仕事も、何者も・・・。
僕に敵はいない。
駄目な僕が、いただけだ。

リズと、ニコラの妹の会話。
「私も大変だわ」
「お互い難しい男が好きね」
「これも人生・・」と、リズ。
「いいえ、使命よ」

僕も最近思う。
これは人生じゃない。
僕に与えられた、つまらない使命だ。
大変でも、難しくもありゃしないんだ。

画家とモデルは、ただ軽い微笑を交わし合うだけ。
”彼女は仮面を外したのか、それとも、別の仮面か・・・もうすぐこの物語も終わり・・・この後のマリアンヌは、ここでは分らない・・・マリアンヌ?私のことだ、昔の私だ”

僕は仮面を外したのか、それとも別の仮面を飽きもせず被っているのか。
もうすぐ、僕の物語も終わり。
この後の僕は、今日までの遺書では分らない。
昔の僕、だ。
どんな諍いめいた真実も、一枚一枚描き終えられる時が来る。
人間はそうしながら生きてゆくから。
僕もまだ、諍いの渦を、生き継いでいるのだ。




























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