AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 空白の現場

<<   作成日時 : 2006/05/03 14:02   >>

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何もない現場だった。本当に何の記憶も残してくれない撮影だった。
こういう現場もたまにはある。僕なんかには場違いな仕事で終わる。
AVも消えゆくのみだ。人の日常なんて、はかない限りだ。

電車に乗った。駅で降りた。地図がなかった。とにかく歩いた。そこにスタジオがあった。

新しくオープンしたスタジオのはずだが、やけに煤けていた。畳などクスんで、シケッて、ダニの寄せ場だった。
つい最近まで誰か住んでいたのか。庭にはプールまでこしらえて家族で暮らしていたのか。
人間は去り、家屋だけが残る。体液にまみれて、欲望に朽ちるまで老惨をさらす。
廃屋と呼ぶには壁が白い。
草庵というには、バスルームだけがリフォームすぎる。
これがAVの産んだ別荘だ。生活から隔絶された、煩悩の別宅だ。
僕はこういう屋敷にしか、もう招かれない。
隠れ家にうごめく、日陰者でしかない。

そして、後は何もなかった。
女優がいて、カメラがあって、エッチしただけだった。
何をした?
何かは、した。
ギャラの分だけは、商品になる素材にだけは、AVのカッコウだけは、何とかついた。
裸があって、マ●コがあって、オンナがいて、エロが撮られた。
それだけだ。まったくもって、それだけで一日が終了した。
これが人間だろうか。
我々は、こんな風にして、いつか消えるのだろうか。

レンタルビデオオンリーの時代、年に三百本出演した、ある売れっ子男優氏はこう言った。
「三百日、行って、帰ってきただけですよ」
見事だ。
申し分のない、人生の至言だ。
彼には家庭がある。妻子が待っている家がある。そのための三百日。そのためだけのAV三百本。
ほとんど消えた。誰もが忘れた。
それでいい。その方が絶対に、いい。
何かがあっては、いけないのだ。
何もないから、すべてがうまくいくのだ。
AVは、消えなければならない。
僕の記憶も、早晩、滅ぼされなければ、ならない。

何もない日も、たまにはいい。
仕事したはずなのに、何も残らないくらいが、潔くていい。
僕にも普通のことが出来た。
当たり前の職業人になれた。
人並みの一日を無事に終えた。
こんなことで感慨にふける僕なんかに家族はいらない。
あの寂れた主なきスタジオのように、僕は枯れていく方が相応しい。

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