AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS WWE10〜清濁合わせ呑む〜

<<   作成日時 : 2006/05/01 14:10   >>

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三月六日放送分のテレビマッチを見た。それも前座番組だった。
それでもなかなかに楽しめたのは一重にWWE独自の破天荒さにあった。
このソープオペラにマトモな人間はいらない。試合のみの出番といえど、彼等の仕事は虚業を貫き、虚飾を反転させることに他ならない。

のっけから性倒錯ファイター、ゴールダストの登場である。
彼は二世レスラーだ。父親はアメリカンドリームと謳われたスーパーヒーローだ。
その息子が、全身金ピカのコスチュームにブロンドのカツラ、そしてケバケバしいメイクで試合するのである。
妖しい息遣い、ヒップダンス、自己陶酔のオナポーズ。
こんな超色物がベビーフェイスであり、西部の男キャラである対戦相手に勝ってしまうのだから、病めるアメリカの底は深い。
この自堕落とも思えるキャラクターを、彼は自ら発案したのだとか。
親の七光りを越える逆説の勝利。
偉大なるレジェンドに対しての確信のテロ主張。
彼がレスラーとしてしぶとく生き残っている(このキャラで実に十二年)オーラはそこにあるのか。
運命に逆らうことは案外、諧謔を極めることにあるのかもしれない。

続いて現れたのは現役の高校教師レスラー。
ところがれっきとしたヒールなのである。
観客を揶揄し、己の知性と体力を誇示して、地元の無名レスラーを容赦無くいたぶって勝つ。
WWEは壮大なる反面教師だ。
当然、本物の聖職者は、その汚れた本性をさらしてみせなければならないのだ。
子供と大人が一緒になってその悪行にブーイングという名の喝采を送る。
どんな親だって昔は子供だった。みんな、その他大勢の生徒でしかなかった。
教育は絶対ではない。
愛国心だの、校長の権限だの、チャンチャラおかしい。
日本人はこんなこと出来ない。教師達はリングの上ではなく、新聞紙上で乱れることにしか、子供達に伝えることがないらしい。

次はもう存在そのものがWWEか。
元AV男優キャラ、バル・ヴィーナスだ。
この人は長い(在籍八年目)。中堅、いやすでにかなりの下位打線に落ち着いてしまっても、しっかりポジションをキープしている。
コスチュームは天下御免のバスタオル一枚。
もちろんベビーフェイスで、ファイトスタイルは極めて堅実だ。
下賎な職業人こそが真面目に戦う。相手の体脂肪率2%?のフィットネス男の方が遥かに憎々し気な態度で観客のヒートを買う。
結局、ヴィーナスは反則プレーに負けてしまった。最も正統派らしい決まり手で星を落とした。
最近、この人、よく負ける。負けて惜しまれ、暖かい声援で送られる。
AV男優が、だ。
プロのイロモノが、だ。
彼がリングを汚しているだろうか?AVが誰の心に恥辱を与えているだろうか?
WWEは、笑う。
僕等だって、あざ笑ってやる。
のんびりしょーぜー、などと言ってる間に、時代もプロレスも、遥かな昇天を果たしていくのだ。

そしてメインを締めるのは、チャボ・ゲレロ。
先日急逝した天才レスラー、エディ・ゲレロの実甥だ。
相手は巨漢怪力派のジーン・ス二ッキー。スーパーヘビー級だ。クルーザークラスのチャボとの体重差は優に四十キロか?
それなのにチャボが勝ってしまった。リングアウトでも丸め込みでもなく、堂々の力技でピンフォールしてしまった。
エディのお陰だ。伯父の威光が優ったからだ。
日本ならここまでサービスしないだろう。格闘技ゴッコ好きの村ファンが何のかのとケチをつけるだろう。
しかしアメリカ人は認める。WWEなら体格差も実力も超越する。
ファンの支持だ。ファンの夢だ。ファンの祈りだ。
死して魂は息づく。伝説は永久に現実を導く。
人間は死んだら終わりではない。
精霊の意志を受け継がなくてはならない。
WWEはシーズンオフのないノンストップエンターティメントだ。常に止まらず生き続ける命の饗宴だ。
だからこそ、不滅もあるのだ。心と感情と思慕が、生死を隔てないヒューマンドラマを作り上げているのだ。

とは言え、WWEは決しておとなしくはならない。世界を敵にまわしても、その興奮の度合いに手加減はない。
先日のテレビマッチ。かつてのアイドルレスラーが、マイクを通してこう言い放った。
「エディ・ゲレロ?奴は天国なんかにいない。地獄に堕ちたのさ!」
ここまで言わせる、WWE。
清濁まとめて叩き壊す極調のショックビジネス。
かなわない。
人間には、かなわない。
それを娯楽と呑み干している、我々の自虐は、天国にも地獄にも到達する・・・。

今だ放送後に流れる故エディ・ゲレロの追悼プロモーション。
たったワンカット、エディとビンスが、WWEの帝王ミスター・マクマホンが満面の笑顔でハグしている映像が目を横切る。
二人の信頼。二人の友愛。
一人は過労死し、一人はその逝去を最大限の商売にしている。
これも人間だ。
我々はそこで泣くことも、怒ることも、沈黙することも、許されているはずなのだ。

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