AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 灰色の生・・映画メモ「ラストタンゴ・イン・パリ」

<<   作成日時 : 2006/04/02 09:32   >>

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72年 伊 監督ベルナルド・ベルトルッチ 出演マーロン・ブランド、マリア・シュナイダー

「畜生ぅー!」
轟音をたてて列車が走り抜ける高架線の下、一人の男が耳を塞ぎながら絶叫する。くたびれた中年男。色褪せた着古しのトレンチコート。
パリである。どんよりとした天気である。男の横を派手な身なりの若い女が足早に通り過ぎる。ただそれだけの冬。何の変哲もない木枯らしの都会。

パリと人間のドラマ。
けれどもそこには華やかさや活気はない。明るい太陽も、きらめくような輝きもない。
すべてのシーンが昼間なのに終始、さえない曇り空である。くずつきっぱなしの空の元、漂う人間達には開放感というものがあまりに乏しい。
パリは灰色の街だ。建物も道路も、淀んだ空も乾き切った空気も、とことん石灰色なくらい、沈んでいるのだ。
そんな中、古アパートの空き部屋で偶然巡り会った男女が逢瀬を重ねる。
そこにしか温もりがないと言わんばかりに、互いの素性も知らぬまま肌を合わせる。
孤独な魂の映画だ。文明に彩られた風景に、温度はないのだ。

最初のセックス。
二人は何のそれらしい会話も交わさないうちに愛し合い始める。窓ガラスに寄り掛かり、着衣のままで、立ったままで、結合し、悶え合い、果てると同時に床に崩折れる。
あっと言う間の燃焼。しかし二人には充分だった。一気に絶頂を極めた男女は、長い間、打ち上げられた魚のように苦し気に喘いでいた。

言葉を要しない求め合い。込み上げんばかりの、牡と牝の本能。
人間は衣服をまとう。二本足で生息している。
だから立ったままの交尾なのだ。性器だけを露出させて、つながるのだ。
だが、人間は性を否定して進化してきた。性交を隠匿して文明社会を築いた。
だからか、人間の性はとんでもなく苦しい。死と背中合わせなくらい、ギリギリの荒行に近い。野性に則った性を完遂した彼等はすでに罪人なのだ。禁断に踏み込んだ男女は、性の享楽ではなく、性の魔宮を彷徨うしかないのだ。
僕も性を楽しめない。
受難に思えるような、苦行にしかなり得ていない。
僕は堕ちたのか。
陽も当たらない不毛の街に、僕も迷い込んだのか。

男は安宿の主人だった。その妻は、ある日突然、血まみれで自殺してしまった。
現場の警官が、アメリカ人である男のことをこう説明していた、と家政婦が言う。
「ここの主人は風来坊だって・・・最初はボクサーで、それがうまくいかなくて、その後役者をやり、ドラマーをやり・・・南米で革命家になり、日本で記者をやり、そしてタヒチへ渡り、ぶらぶらして、フランス語を覚えパリへ来て、そして・・彼をダメにした女と出会い結婚して、その後は、何もない・・・」

殴り合い、演劇、音楽、闘争、ジャーナリズム、パリ五月革命(68年)・・・結婚。
彼は様々なことをやった。闘って、演じて、奏でて、運動し報道し、外国語をマスターし、祖国を棄て、家庭を作って、何もなくなった・・・。
当時、こんな人間が世界に沢山いただろう。挫折とも転向ともとれる傷を負った生き残り達が、名も無く生息していたのだろう。
彼等には性しか残っていなかった。男か女であることしか、何も存在していなかった。
僕も、かぶれるくらい許されるだろうか・・・・最初は作家志望で、それがうまくいかなくて、その後編集者をやり、ライターをやり・・・AV男優になり、インストラクターをやり、ぶらぶらして、バソコンをいじりブログを覚え、そして・・彼をダメにした女達と出会い、結婚もせず、その後は、何もない・・・・。
僕はただの、ろくでなし、だ。

男はアパートの部屋にカーテンとマットレスと椅子だけを運んだ。女が尋ねる。
「お名前は?」
「ない」
「わたしは・・」
「名前など聞きたくない!君も私も名前はない。ここでは名前はない」
「狂ってるわ!」
「君の事は何も知りたくない。住所も、どこから来たかも、何もだ。何も知りたくない」
「怖いわ」
「お互い何も知らず、ここで会うのだ。いいね」
「なぜ?」
「ここではお互い名前など必要ない・・・今までの知っていることはすべて忘れる。すべての知人も、する事も、住んでる所も、何もかも忘れる・・」
「・・・無理よ・・・出来る?」
「分らん・・・」
「・・・・」
「怖いか?」
「・・・・」

名前など聞きたくない。自分の名も、相手の名も、誰の名であっても・・・。
何も知らず、すべての過去を忘れ、そこでただ会う。時間を過ごす。
理想郷だ。世俗に破れた人間の、最高の籠り場だ。
癒しの部屋かもしれない。肩書きもしがらみも、あらゆる義務と責任と、報いからも解放される至福の隠れ家かもしれない。
生きることは、生きていることだけで地獄なのか。そんな非業がどうして華美を競う人間社会の根底なのだ?
僕も自分の名前は嫌いだ。自分の過去も嫌いだ。
自分の名前など聞きたくない。誰のことだって本当は、少しも知りたくない。
僕は・・・●っているのか?
怖いと感じても・・・もはや返す言葉もないのか。

妻ローザの母がやって来た。男は葬儀の準備は済んでいる、と説明する。
「通知・・衣装・・親戚・・花・・すべて揃ってる。忘れたものはない。だが、神父は嫌だ。神父は見たくない」
「でも・・」
「いいね」
「駄目よ。お葬式は神の前で・・」
「NO!ローザは信じてなかった。何が神様だ!」
「そんな大声を出さないで・・」
「・・神父は自殺を認めない・・教会は自殺を認めない・・」
なぜ娘は自殺を?と問われ、男はドアを激しく殴りつける。
「なぜあいつは自殺を・・・なぜ・・分らないか・・わからない・・・」

神を信じないから自殺するのか。
神が自殺を認めないから、信じないのか。
男は神を信じない。人は自殺するからだ。神が許さないはずの行為を、大勢の当たり前の人々が、黙って行っているからだ。
でも自殺の理由は分らない。自殺した人間に問うことは、いかなる人間にも叶わない。神が認めないからか・・・。
僕は神を信じない。僕も自殺するからだ。かなりの確率で、してしまうはずだからだ。
認めるも許されるも、ない。
僕はその理由をここに書き記している。毎日のように、遺書と称して自殺する理由をクドクドと説明している。
それでもほとんどの人には分らない。どんなに激しく書き殴ってみせても、なぜ?なぜ?・・・と、わかってくれない。

女にはテレビのディレクターをしている恋人がいたが、彼女はまた部屋を訪れる。「ただ見つめ合ってみよう」
「何も知らないって素敵・・」
二人は何もないマットレスの上。全裸で抱き合っている。
「あなたに名前をつけるわ」
「名前?冗談じゃない。今まで山ほどの名前で呼ばれた。名前など要らん。うめき声の方がマシだ」

ただ見つめ合うだけでずっといられたら・・・・。
何も知らないまま、全身で愛し合えたら・・・・。
名前など、肉体でも何でもない。うめき声の方が、よほど人間らしい。
人は室内でしか全裸になれない。人類の悲劇はここから始まっている。滑稽なる不条理劇が、人間の歴史を支配している。

夕暮れの部屋。上半身だけ裸で立つ女。横たわってハーモニカを吹く男。
「なぜ国に帰らないの?」
「・・さあね・・・いい思い出がない・・」
彼の父は酒乱だった。母もどこかおかしかった。彼は田舎の農家の息子だった。
二人はじゃれ合う。
「まるで子供が大人ごっこしてるみたい・・・子供に戻ったみたい」
「子供の頃は?」
「素晴らしかったわ」
「大人にゴマをすって、告げ口をして、アメのために自分を売ったか・・」
「違うわ・・・」

僕も故郷には帰らない。多分、死ぬまで帰ることはない。
ろくな思い出もないのだ。ゴマをすり合い、告げ口を楽しみ、アメに満たされたイジメっ子共に、僕は毎日売られていたようなものだ。
僕はハーモニカもリコーダーも吹けない。自分の調べを、永久に奏でられない・・・。

男は壁に沿ってウロウロする。
「聞いてるの?」
「初めてイッたのは幾つだ?」
「初めて?・・朝、学校に遅刻して、こんな坂を走ってた。その時突然、何か感じたの。走るほど感じる。もっと思い切り走るととても強く感じた。二日後、また試したけど、今度は駄目だった」
「・・・・」
「聞いてるの?まるで壁に話し掛けてるみたい」
「・・・」
「あなたって孤独ね。優しくないわ。エゴイストよ!」
「・・・」
「私も独りで平気よ」
「・・・」
男は短い棒をドラムのスティックのように器用に回して笑う。
女はうつ伏せで自慰し、そのまま床に転げ、膝をかかえ、やがて壁にもたれる。
男は小さなランプの傘を見つけ、握りしめているうち、涙を溢れさせていく。

青春・・・僕にそんなものは、ない。
初めてイッたことも、何かに熱中していたことも、僕には苦い悔恨の想いが伴うだけだ。
だから人の若い頃の話も聞いていたくない。人の青春くらい、僕を切なくさせる残酷童話はない。
若いということは、独りでも平気なことだ。自分のエネルギーだけで、自分を燃やすことが可能ということだ。
僕にはもうそんな力もない。
孤独で優しくなくて、エゴイストでしかない。
だから泣くんだ。何かを見つける度に、何かを懐かしむ度に、失った過去を憐れんで泣くんだ。呪って泣くんだ。

洗面鏡の前に並ぶ二人。
「君は自由のままでいい」
「私は自由じゃないわ・・本当に・・私の事、知りたくない?・・女を嫌ってるのよ。何をされたの?」
「・・女は私を知ってるふりや、知られてないふりをする。つまらない・・」
「・・・私は知られても平気よ。私は二十歳で・・」
「つまらん話はするな!」

僕は知ってるふりをされる。都合が悪くなると勝手に知らないふりをされる。
知ってる気でいるから、女達は人を誤解していると決めつける。そのくせ知らなかったからしようがないでしょう、と人をさっさと断罪する。
そして二度と顧みない。呆れるほどアッサリと、人に容赦無く見切りをつけて済ましてしまう。
つまらない話だ。
僕は、それくらいが当然の、つまらない男なんだ。

男の安宿の客といえば、アル中、ヤク中、売人、娼婦・・・だがその中に一人、物書きらしい堅実そうな中年男が、妻と不倫していた。もっともその男に問い詰める覇気さえ彼にはないのだが・・・。
ある日、男はバターをつけた指でほぐしてから女のア●ルに挿入する。
「神の教えとは、徳をぶち壊す事だ・・繰り返して言え・・繰り返せ、神の家族・・言うんだ・・神の家族・・善良な人の教会・・言え、言うんだ・・子供らは嘘をつくまで責められる・・」
泣きながら犯される女・・。
「意志は抑制により破壊され・・自由は・・殺される・・自由はエゴに殺される・・・家族・・・ファック・・家族・・・ファック・・・・ファック・・家族・・・」

墓場の宿でさえ安住出来なかった男。
彼は家族を求めて敗北した。ファックに妻を奪われた。
人は酒、クスリ、カネ、情慾、に捕縛されて神を棄てる。
彼はあえて神を裏切る。善良も徳も突き抜けて、己の意志を示す。狂おしい自由に投身する。彼が熱望した、政治や国境からの脱出の如く・・・。
神の家族は彼を救わなかった。エゴが彼の心を殺した。子供らは嘘をついた。
彼がそれらを越えるにはソドミーの領域に達するしかない。神と教会を怨念と共にぶち壊すしかない。肉体のテロ行為を実行するしかない。
僕は家族もファックも与えられなかった。僕は自分のエゴに破壊された。
自由も神も、最初から僕を責め立てようとしなかったんだ。

雨でずぶ濡れになった女を男が、部屋のバスルームで洗ってやる。
「あなたは年よ。腹が出て・・」
「腹が?ひどいな」
「半分はハゲ、半分は白髪」
「十年後の君の胸はサッカーボールだ。そして私は・・」
「きっと車椅子ね」
「かもな。永遠に向かって、あざ笑っているさ」
「詩的ね」

僕も下っ腹が出ている。
半分以上ハゲて、白髪すら生えてこない。
十年後・・・車椅子なんてまっぴらだ。
死という永遠に向かって、あざ笑っているんだ。みじめな涙で己をずぶ濡れにして、空き部屋のタイルに怨歌を遺すのだ。

女は恋人の話をする。彼女は結婚を申し込まれた。
「その男に守ってもらいたいのだろ。そのたくましい輝く戦士に。君を守る砦を造らせ、君はもう何も怖れず、孤独になることもない。それが君の望みだ」
「そうよ」
「そんな男は、いない」
「彼がいるわ」
「すぐにそいつは、自分のための砦を造る。君の乳房で、君のヴァギナで、君の笑顔で。そこにいると、そいつは安心するのだ。そしてムスコを立てて、拝み崇める」
「・・・彼がいるわ」
「君は独りだ。独りぼっちだ。死が訪れるまで、その孤独から解放されない・・カッコよすぎるな・・ロマンチックだ。死のケツに顔を突っ込むまで、恐怖の子宮の闇を覗くまで・・・その時初めて・・君は男を見つけるかもしれん」
「見つけたわ、あなたよ・・・彼ってあなたなのよ・・」
「・・・・」
男は女に右手の指の爪を切らせる。
「指を私のケツに突っ込め」
「えっ?」
「私のケツに突っ込むのだ」
「・・・」
女は言われた通りにする。
「ブタになる・・・ブタに君を犯させる。ブタがゲロを吐いて、君がそれを飲み込む」
ためらう女に男はなおも言う。
「私のためにやれ・・君とやりながらブタは死ぬ・・君はブタのケツに顔をつけて、死の屁をかぐ・・」
「・・・」
「私のために出来るか?」
「出来るわ、何だって!・・もっとひどい事も・・・」

戦士などいない。みんな自分のための砦を造る。搾取と快楽に安心し、己の栄光を拝み崇める。
弱い者は独りだ。独りぼっちの性だ。背徳と倒錯の彼方にしか、真に孤独を癒してくれるものはないのだ。
そのために人はブタになる。ブタとして犯され、汚物を分け合い、醜悪の底でのたうち回る。
孤独な魂同士がむつみ合う手段はそれしかない。汚れた下劣な行為にしか救いはない。
男は女にそう教えた。僕は受け付けられなかった。
僕はブタにはなれない。ケツにも子宮にも執着はない。
だから僕は独りだ。死が訪れるまで、解放されることは、もうないんだ。

男は、花と白い衣に包まれ死化粧を施された妻の死顔に一人語りかけていた時のことを思い出す。
「その化粧、馬鹿げている。風刺漫画の娼婦だ・・・夜中のママの匂い・・風呂で溺れた偽オフェリア・・自分で見てみろ、大笑いだ・・君はおふくろさんの傑作だ・・・クソっ・・花だらけで息が出来ない・・」
妻の、コインやらキーチェーンやらガラクタの入った箱を見つけた、と言う。
「君があんなガラクタを集めていたとは・・・たとえ夫が、二百年生きようと、妻の真の姿を知る事はない。たとえ宇宙を理解し得たとしても、君の真の姿を知る事は出来ない。君が誰だったのか・・」
妻との出会いは、男がこの宿の客として声をかけられたことだった。
「五年間、夫というより、この安宿の客だった。特権はあったがね。そしてそれを・・」
不倫相手に譲った、と男はつぶやく。
「我々の結婚は、君にはただの隠れ家だった。たったカミソリ一枚で君はそこから逃げた。最低の罰当たりの淫売め・・地獄で腐れ!・・君は最低のブタより汚い、なぜか分るか?・・君は嘘つきだ・・君を信じてたのに、知ってて嘘をついた・・・・違うと言ってみろ!・・何も言えないのか、何とか言えるだろ・・・ええ?何とか言え、笑ってみろ・・・・何とか言ってくれ・・・笑って誤解だと言ってくれ・・何とか言え、ピッグ、ファック・・薄汚い嘘つきめ!・・・」
男は泣き出し、妻の遺体にすがる。
「すまない・・耐えられないんだ・・・こんな君の顔を見るのは・・・・君はこんなバカな化粧はしなかった・・君の口をふいてやろう、この口紅を・・」
号泣する男・・。
「すまない・・なぜこんなマネを・・私も後を追いたい・・方法が分らない・・どうすればいい・・・」

僕も安宿の客だ。何の特権も・・・いや、仕事でヤれるのが唯一の特権か。
僕の人生は、それ自体が隠れ家みたいなものだ。たった一枚のカミソリで逃げられる・・・待て、お前に出来るか?血まみれになれるのか?
僕は方法が分らない。痛いのも怖いのも、僕には出来ない。
僕は最低の罰当たりだ。地獄で腐るだけの、バカな嘘つきだ。
僕は誰の真の姿も見えない。愛する人の姿も見えない。泣いてすがりつきたくなれそうな人が、僕には見つけられない。
何も言えないのだ。
僕も後を追いたい。
見えない誰かの。心から愛し合える誰かの。
でも、そんな人はいたか?優しい娼婦さえ、僕は巡り会えてきたか?
みんな、嘘つきだった。汚い淫売だった。
何とか言ってみろ、笑ってみろ。
僕は耐えられない。僕の出会いはどうしてこう、馬鹿げたものばかりだったのか。ただの一度も、泣き崩れたこともなかったのか。
僕は自分を笑う。
君は誰だったのか。
僕は、愛を風刺する漫画だ。
僕は、誰だったのか・・・・。

何も見えない男との関係に限界を感じ始めた女は、恋人をアパートの部屋に招き、ここで暮らそうと誘う。
普段は常にイカれてるような恋人も、真面目な顔つきで答える。
「もう子供の遊びはおしまいだ・・・大人だ」
「大人?最低よ」
「ああ、そうだ」
「大人ってなに?」
「知らない。大人か・・言葉も態度も違う。例えば・・」
二人は、かたく抱き合いキスする。
「一つだけ分る。大人は静かだ。真剣で、ロジカルで、慎重で、冷静だ。それに問題を抱えている。この部屋は僕等には駄目だ」
恋人は部屋探しに向かう。ここでいいわ、と言う女にこう答える。
「ここは腐ってる。吐きそうだ」

1972年の大人。二つ目の戦後を経た、焼跡派?
若者達には最低にしか見えない。何もかも違っていて、静かで誠実で落ち着いている。そして重たく生きている。
そんな大人に誰もなるつもりはなかったはずなのに・・・そんな世の中を作り上げる気など、全然なかったのに・・・。
僕は大人だろうか。
何に真剣で、どうロジカルで、いつ慎重で・・・寂しいことが冷静なのか。
僕は問題ばかり抱えている。そのくせ一つとして解決も対応さえしていない。
僕は腐っている。吐きそうなんだ。静かに、いさせてほしいんだ。

高架線の下、男が女を見つけ、二人は初めて外で話をする。
男は自分が四十五歳で、安宿の主人で、妻に自殺されたと語る。
「別に大した男じゃない。1948年、キューバで病気を拾い、前立腺が膨れ上がった。もう子供は出来んが、しっかり立つ。行きつけの場所も友達もいない。君に会わねば座りっぱなしで痔になってた」
社交ダンスコンテストが行われているダンスホールで二人は悪酔いし、派手に戯れるが、結婚を決意した女は遂に別れ話を切り出す。審査プログラムは丁度、ラストタンゴ・・・。
「終わりよ・・・終わりよ・・・」
「待て、売女め・・・待てってば・・」

部屋を出た瞬間、二人は他人になる。男と女は別人になる。
閉ざされた社交ダンスは、所詮狭い舞台上だけの、はかない戯れ。
男と女はタンゴの世界か。常に呼吸と体を合わせて同じ流れに身を任せつつも、心は、視線さえもが、虚空を見つめる。
人生そのものかもしれない。手を取り合って、一つの道を変わらぬ場所をグルグル果てしなく舞い踊りながら、終始冷たく、沈黙は絶えず、無音を合図に繋がりは断ち切られる。
僕ももうすぐ四十五歳だ。子供をつくる気はないが、セックスはしたい。
行きつけの場所も友達もいなくて、ずっと座りっぱなしだ。
僕は踊ることさえ出来なかった。コンテストに参加することも、審査を受ける機会も与えられなかった。
終わり・・なのか。
僕には売女すら、待っていないのだ。ラストは・・・自殺だ・・・。

店を飛び出した女は町を走って逃げるが、男は延々追い掛け、二人はアパートのあの一室に舞い戻る。しかしそこは新しい新婚道具に満たされた別の部屋と化していた。
「君はアフリカからアジアまで逃げた・・やっと見つけた・・・愛してる・・・君の名前は?」
女は、大佐だった父の形見である軍のピストルで、男を撃つ。
「我々の子供・・我々の・・子供は・・・覚えてる・・・」
男はテラスに出る。噛んでいたガムを丸め、手すりにくっ付ける。何か、ボソ・・ボソ・・と、言葉を・・・・・。
パリのくすんだ街並・・肌寒そうな静寂・・男はうずくまるように息絶えている・・女は背を向けたまま、つぶやき始める。いつまでも、つぶやき続ける・・。
「彼は誰?・・町で追ってきた・・私を犯そうと・・狂ってた・・名前も知らない・・名前も誰かも知らない・・私を犯そうと・・そうよ・・知らないわ・・誰なのか・・狂人よ・・名前も知らない・・・・・・」

時代は変わった。部屋も変わった。
アフリカからアジア・・・人々は逃げた。圧政から逃れ、戦って、道に迷った。
やっと見つけた安息を、人間らしさを、だが国家の兵器が抹殺する。問答無用に息の根を止める。
けれど男にとってその瞬間こそが、至福だったかもしれない。
もう苦悩からも煩悩からも、自責からも赦免される。
子供達は覚えてくれているはずだ。噛み棄てたガムの固まりみたいに、しぶとく粘り強く、我が魂は地上にこびりついているはずだ。
男は丸まって死に、眠りにつく。
彼は狂人にされてしまうだろう。強姦魔として葬り去られるだけだろう。
女のエゴのため、若さのため、未来のため、この後に続く時代のため・・・。
それでも男は敗れ去ったのではない。彼の人生は、ラストタンゴだったわけではない。
彼の死体は部屋の外だ。血の一滴にも汚れていない、彼の真の姿だ。
彼は誰でもいい。誰にも知られなくて、構わない。

このラストは絶望と頽廃の終末ともとれるだろう。
愛は空しく滅び、現実の中で唾棄されるのみだ。
しかし僕は、彼のように死んでもいい。
自分の夢がついえた刹那、死の救済と永遠の達成に浸れるのなら、その後はドブネズミでもいい。
同じ四十五歳だからか。
長い歳月這いずり回って、無様な終わりに自嘲して死ねるからか。
分らない。
僕の真実など、濁った灰色の空よりも、永遠に見えない。
僕は、つぶやくだけだ。
誰だ、誰だ、僕は・・・誰だ?
うなされるように、どこまでも繰り返すだけだ。
僕は知らない。僕なんて、知らない・・・知らない・・・。










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