AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 頭痛に淀む

<<   作成日時 : 2006/03/18 14:08   >>

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今度は頭痛である。ここまで重いのは初めてである。
原因なんて分らない。分りたくもない。
ギリギリで生きてるだけだ。これも僕なんだ。

「何をやっても楽しくない。無感動になる。感情が滞って無表情になる」
スキャンダルを売りにした、ある中年芸能人の弁。
彼は今、プロレスラーだ。インディー団体で頑張り、眼窩低骨折の重傷まで負った。
彼は鬱病なのだという。体を張ってプロレスをしているのが生き甲斐なのだという。リングの上だけが自分をハイにさせてくれるのだという。
彼の気持ちが僕には痛いほど、分る。
笑われようと揶揄されようと、自分がわずかでも輝ける場所に必死でしがみつきたくなる切実さは、嫌というほど分る。
己を必要としてくれる場所にしか生き甲斐を見い出せないのも当然だと理解する。
だが、彼にも妻はいる。帰るべき家もある。何より自分を受け入れてくれる激しく暖かい世界が、仲間達がある。
僕には何もない。
何をやっても楽しくない。
何を見ても無感動になる。
感情がもうずっとずっと滞って・・・僕はどんな顔をしているだろうか。
誰も僕の顔を見ても何も気が付かない。どれが僕の本当の表情なのか、誰も知らない。関心すら、ない。

彼は”鬱病”なのだという。
なぜか最近、プロレス雑誌でよくこの単語を目にする。
(事故死?した)あの選手は鬱病だったらしい。
私も軽い鬱病で薬を常用している。
現在も鬱病で苦しんでいる・・・。
しかしどうもシックリこない。本当の鬱病って何だ?
鬱病だから不可解な死、なのか?
鬱病なのに週刊誌記者なんて激務がこなせるのか・・・。
いや、それより何より、働けない人もいる。動けない人だっている。鬱病だからって死に近くて当たり前、なんかじゃ決してない。
鬱病、鬱病・・・どうも簡単に使われているような気がするのは僕のヒガミか、悪質な偏見か。
僕は精神科を訪ねたことは一度もない。これからも、まずあり得ない。
病気ではないから。すべては己のせい、だから。
この頭痛にしても、この孤独にしても、この捻れた精神にしても・・・。
僕は言い訳しない。人の苦しみにも安易なレッテルを貼りたくない。
人間は単純ではないのだ。
人の心は、一言なんかで語れるものであっては、いけないはずなのだ。

昨日書いた映画「櫛の火」の主人公も頭を痛がっていた。女が薬を渡したことが、ふたりのキッカケになった。
僕は人前で頭痛を訴えたりはしないだろう。
誰も薬などくれないから。心配してくれる女もいないから。
僕は映画になり得ない。小説にもプロレスにも存在出来ない。
本物の独り者にドラマは、ないんだ。だからウツビョウなんて、適当に言われたくないんだ。

僕の関わっている人が鬱病で通院している。
何か心が乱されると、一日中、眠らずにはいられなくなる。そのために死なない寸前の量の薬を飲んだりしている。
そうしなければ生きていけないから。死ぬ間際まで自分を追い込まなければ、今日を今をかろうじて乗り越えることさえ出来ないから。
僕は止めるべきだろう。そんなに沢山飲んじゃ駄目だと、ひっぱたいてもやめさせるのが当たり前だろう。
けれど僕はそうしない。
今現在のその人に、駄目とか、いけない、とかどうしても言いたくない。
死なないのなら、いい。そうする以外耐えられないのなら、それでもいい。
僕は何もしてあげられないから。病気も代わってやれない、その人を援助出来ない、治療も施せない、とことん味方にもなってあげられない。
だのにどうして、その人のやることを否定出来るだろう。駄目とか馬鹿とか、弱虫とか甘えるなとか、頑張れ頑張れ頑張れとか、どうしてしゃあしゃあと口にできるだろう。
僕は、いい、としか言わない。
そのままでいい、とだけ繰り返してあげるしかない。
僕しかいないのだから。そんなことを言ってあげられる人間は、その人の周りには僕の他、誰もいないのだから。
僕に出来ることは、否定しないこと。何でも認めてあげること。
本当に、本当に弱っている人には、くたびれ切っている魂には、そうしてあげてもいいじゃないか。
それくらい優しくしてあげることが、なぜ間違っているんだ。
彼等はみんな一人だ。
僕も独りきりだ。
鬱病とすぐ口にして大勢の仲間に囲まれている輩に、何が分るのか。何を決められるんだ?

僕も所詮、現場に向かえばたちまち生き返る。本番がスタートした途端、一気にアドレナリンが全身を駆け巡る。AVが唯一の生き甲斐、などと感じてしまう。
僕なんかまだまだ甘い人間だ。頭痛くらいでヘバっている人生の卑怯者だ。
誰もいなくても生きていける。
泣きながらでも、丸まっていられる。

だけどどうやら頭痛だけでは済まなくなってきた。
喉が腫れて寒気がしてきた。
今さら風邪ではあるまい。ぶり返すような無理も何もしていない。ようやく暖かめの陽気になりかかっているようだし・・・。
じゃあ何だ?この途切れることのない、疲弊は。重た過ぎる虚ろな病いは。
「死なないと治らない」
高齢の患者にこんなことを言った医者がいるらしい。
お前こそ死なないと治らない。
僕だって、死なないと楽になれそうにない。
それでも生きる人間がいる。高齢だろうと鬱病だろうと売れないAV男優だろうと、今を生きている人間がいる。
薬に溺れても、頭痛に淀んでも、孤独に虐げられても・・・。
生きることは感動じゃない。
意味、でもない。
生きているだけ、でいいのだ。
それが精一杯なら、何の表情も浮かべることはないのだ。

あなたは、まだ生きていてくれるのだから。





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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
辻丸さんの言葉に「潔さ」を感じます。まるで、戦地で玉砕して行った兵士のような…。
しかし、それだけが“生きる道”ではないと、私は考えます。
もっとご自分を労わってください。それは罪ではありません。
人間の権利です。
生き残ったものにしか出来ないことがあります。生きていなければ出来ないことがあります。
私がこんなことを言うのはおかしいですが…。(時に死を望むのに…。馬鹿ですねぇ。私は。(笑))

休むことは悪いことじゃないです。自分をかわいがるのは罪じゃないです。
辛いときに辛いというのは権利です。他の誰かはもっと辛いから…と比べるものではありません。

こんなえらそうなことを言える立場ではないのですが、辻丸さん、ご自愛ください。
私が辻丸さんをどれだけ大切に思っても、辻丸さんが大事にしてくれなくては、ここからでは手も心も届きません。

こんな離れた場所から、何を言ってもしょうもない感じですが、もっとご自分を大切になさってください。

あなたを思うファンがたくさんいるのですから。ファンのために。

じぇな
2006/03/19 12:52
ありがとう。
ファン?どうでしょうか・・・。
でも少なくとも、ここはあなたもいていただいていい世界です。あなたの目線もあなたの立場も、あなたが独りぼっちであることも、すべて許される場所です。
どうか、いつでも・・・・ありがとう。
辻丸耕平
2006/03/19 14:52
「鬱病とすぐ口にして大勢の仲間に囲まれている輩に、何が分るのか。何を決められるんだ?」
入院しているとき、やっぱり独りぼっちで、『なんか違う…』と思っていました。
yahooチャットの鬱部屋に入り浸っていた時期もありました。
でも、「このままではだめだっ!!なんか違うっ!!」と思って、鬱部屋に行くのをやめました。
仲間と集うことも治療には必要でしょう。でも、「治す」ためには、自分の足で立ち上がる時が来たら、立ち上がらないとダメなんですね。
言い訳ばかりしていたら、前には進めないんですね。
もちろん、その前に、力を蓄えないといけないけど。
立ち上がってよかったです。お友達にもそういうときが来るといいですね。
じぇな
2006/03/19 21:00
ありがとう。
独りで立ち上がることは大変です。でもその大切さを理解されているあなたは、もう歩き始めています。
ゆっくり、じっくり、御自分の気持ちを一番に、進んでみて下さい。
鬱のその人も今日から働きだすそうです。出来る範囲で、無理せずに・・・。
辻丸耕平
2006/03/20 11:30

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