AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS 傷だらけの人生

<<   作成日時 : 2006/03/11 08:07   >>

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何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても ばかと阿呆の からみあい どこに男の 夢がある

「傷だらけの人生」
1971年の歌である。ほとんど、いや完璧なまでに絶望の詩である。
三十五年前。
人間は傷だらけだった。人の心はすでに、耐え難い痛みの中にしか、あり得なかった。

”古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ
新しいものを欲しがるもんでございます
どこに新しいものがございましょう
生まれた土地は荒れ放題
今の世の中
右も左も 真っ暗闇じゃあござんせんか”

古い奴とは戦中世代。当時、戦後日本は二十六年目。
戦中派が作ったはずだった。新しい日本を築きあげるつもりだった。先に逝った、あいつらのために・・・。
それが、どうだ。
新しいものは、どこにもない。生まれ変わったはずの祖国は、どこにも見えない。
日本は荒れ放題のまま。同胞の心は、闇に埋もれたまま。
古い奴だと言われる。本当のことを訴えれば、今を見ろ、未来を見据えろ、と冷笑される。
稼ぐが勝ち。争わなきゃはじまらない。やったもん勝ち。振り返っての責任なんて、どこかへ押し付けるのが、常識。
何も見るな、ということか。自分の周りは、真っ暗なままにしておけ、ということか。
闇はすべてを隠す。あらゆる過ちを、罪を罰を、己自身の姿をも残らず葬ってしまう。
我々は、もう死んでいるんだ。とっくに日本は、焦土に還っていたんだ。

”何から何まで 真っ暗闇よ
筋の通らぬ ことばかり
右を向いても 左を見ても
ばかと阿呆の からみあい
どこに男の 夢がある”

筋なんていらない。カネになればそれでいい。欲望が満たされれば、何も顧みることはない。
儲ける欲望、売れる欲望、奪う欲望、棄てる欲望、勝つ欲望・・・。
右に固まろうと、左に群がろうと・・・絡み合いがあるだけ。エゴに縛られた馬鹿と阿呆が、寄ってたかって人生ゴッコしているだけ。
夢は、一人で見るものだ。
男も、そして女も、自分の夢は自分だけの目で、ずっとずっと見つめることだ。
闇には人間が多過ぎる。大衆が集団が、世の中を真っ暗に塗り潰す。
心の闇なんかじゃない。社会の闇こそ、我々を踊る阿呆に駆り立てているではないのか。

”好いた惚れたと けだものごっこが
まかり通る世の中でございます
好いた惚れたは もともと心が決めるもの・・
こんなことを申し上げる私も
やっぱり古い人間でござんしょうかねぇ”

けだものごっこ。
もはや人生、つまり人の生ですらないのか。獣の生なのか。
カネに好いた、地位に惚れた、自分に好いた、己の満足だけにひたすら惚れた・・・。
心が決める前に、社会が決める、世間が決める、他人が決める、現実がすべてを決定する。
そんな世の中、人間じゃない、心じゃない、生きていて、どうして変にならない?おかしくならない?弱くならない?孤独に落ちない?
傷ついた者は忘れられる。戦えなくなった腰抜けは、後ろへ後ろへと廃棄されていく。
みんな古道具にされてしまうんだ。純粋に病んだが最後、誰からも振り返られることのない、そんな世の中なんだ。

”ひとつの心に 重なる心
それが恋なら それもよし
しょせんこの世は 男と女
意地に裂かれる 恋もあり
夢に消される 意地もある”

心を重ねる。
買うのでも奪うのでもなく、心に心を重ねて、ひとつになる。人と人が、繋がれる。
意地や気合が、人の心を引き裂き、夢と称して生きる努力も価値さえも、黒く汚く、消し去ってしまう。
心は意地じゃない。夢は心でもない。
ただ重ねるもの。
ひとつになって、ひとつに包まれて、一人じゃ寂しいから、辛いから、誰も救ってくれないから、重ねてみたい、ひとつに静まりたい。
しょせん人間なのに。
それもよし、ですべてを許せるのが、人間だったはずなのに・・・。

”なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが
そういう私も日陰育ちの ひねくれ者
お天道様に背中を向けて歩く・・馬鹿な人間でございます”

僕も日陰者だ。イジメられっ子の、ひねくれ者だ。AV男優なんて、馬鹿な人間だ。
僕は背中を向けて歩く。正面を向いても、明るい世界なんて、どこにもない。
お天道様を信じてるわけじゃない。
自分が信じられないんだ。こんなことを、なんだかんだと飽きもせず書いている、自分に呆れているんだ。

”真っ平御免と大手を振って
歩きたいけど 歩けない
嫌だ嫌です お天道様よ
日陰育ちの 泣きどころ
明るすぎます 俺らには”
          (作詞 藤田まさと)

僕は歩けない。どこもかしこも明るすぎて、ちぢこまってもいられない。
嫌だ嫌だ、と言っていたい。
幾つになろうと、みっともなく泣いていたい。
世の中がどう動こうと、傷だらけの自分に沈み込んでいたい。
ここはそのための場所だ。
そんな人達だけの、薄明かりの荒れ地だ。
嫌、としか書かない。泣き言しか、伝えようとしない。
それを読んでくれる。それを灯りと見てくれる。
同じともし火と、黙って感じてくれる。

傷だらけの果てに、重なりがある。
背中同士でも、歩いていける・・・。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
明るいところだと、ありのままの醜い自分に
惨めな気持ちになりますが、暗いところでは
あたたかく励ましていただいているので...
歩いていけそうな気がします。
☆リグレット☆
2006/03/12 15:33
ありがとう。
醜さは辛いです。惨めな重たさです。
けれどそれを正直に見つめることは、美しさです。心に命が灯っているのです。
ハムスターも明るすぎるところでは、生きにくい動物です。だけど薄暗い場所で汚れのない命を息づかせています。
それを見つめるあなたの心も、静かに前へ進んでいるはずです。
辻丸耕平
2006/03/12 15:48

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