AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS AVとは、何か?

<<   作成日時 : 2006/01/03 19:12   >>

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AVとは、何か?
新春放談ではないが、たまには大上段な構えもいいだろう。
AVとは、何だ?
去年も色々聞いた。僕はその度に、黙っていた。

年末、こんな現場があった。
若手フリースタッフによるレイプ物。
いきなりパソコンでDVDを見せられた。超ヤバ、と説明されたモノ本強姦撮影?
始まって五分もしないうちにベテラン男優氏は言った。これなら散々やったよ。
僕も何となく感じていた。乱れるカメラ、自然光のみの暗い画像。
しかし抵抗が弱い。切迫感がない。いつのまにか、絡み的な構図。
それが本物の地下映像か否か、は問題ではない。
リアリティが薄いのだ。ヤラセの匂いが、こびりついているのだ。
が、スタッフ陣は、それはそれで構わない、とにかくこういう雰囲気のリアルな味付けをしてみたい、と申し出た。
つまりレイパー達が揃いも揃ってオラオラ系の集団芝居、これをいい加減変えたい、と言うわけだ。
色んな奴がいていい、そっぽ向いてる奴、ただ助平な奴、ひたすらヤるだけの奴・・・ひとつのレイプに様々な関わり方があっていい、その方がリアルだ、そういう意見だった。
そこでとにかくやってみることになった。
プロの役者じゃないのに、一人一人のキャラを固定すると余計動けなくなるのに、バラバラの連係プレイなんて相当難しいのに・・・あれこれ男優陣、ボヤキつつも最初のレイプシーン、スタートとなった。

結果はある意味深刻だった。
レイプとは言いにくいコーナーになった。
まず女優の抵抗が弱過ぎて、すぐにやられるがまま、になった。勝ち気な娘、という設定なのに、たちまち哀れな牝奴隷に落ちた。
そこからは単なる陵辱だった。それも執拗なイジメショーだった。
恥ずかしいポーズとらせて寄ってたかってのお触り、いじくり、舐め舐め、セクハラ・・。写メを撮りまくりの嘲り嬲り。ハめて泣かせてオモチャ扱い。
皆よくしゃべった。世間話、与太話、わい談、オタク論議。
そして携帯も鳴った。平気で会話した。レイプと言うより、何かの宴会芸を皆で眺めている風情だった。気の合った仲間で楽しくゲームして騒いでいる、まさにリアリティがそこにあった。
実際、役どころから外れた返事をする奴もいた。監督を監督と呼んじゃう奴までいた。
皆が芝居を忘れて目の前の生け贄を味わっていた。仕事を抜きに、快楽に走っていた。下品で低俗な、性欲の掃き溜めだった。
かくて実に生き生きとしていた汁男達、スタッフ達。
僕は何もしゃべれなくなった。やや呆気にとられて距離を置いていた。
ピストン中の男優氏の顔を覗いてみた。
彼は淡々と、過不足なく、発射までの仕事をこなしていた。
カットがかかり、これで終わりか、これでまあ、よかったのか・・・・。
僕の頭がいささか真っ白になりかけていると、男優氏が別室にスタッフを集めた。
そこで一種の、カミナリが落とされた。

何あれ?何なの?アレ。
ふざけてるだけじゃん、滅茶苦茶やってるだけじゃん、あんなののどこがリアルなわけ?テキトーなだけじゃないの、ふざけ合って楽しんでるだけじゃん。
こんなんじゃ二度とやらない、やりたくない、ふざけ過ぎだよ、仕事じゃないよ、女優が可哀想だよ、レイプじゃないよ、AVじゃないよ、ただ遊んでるだけだよ!・・・。

彼の意見ももっともだった。男優氏はレイプの第一人者で、それだけAVにおけるレイプの危険性、破壊性、そのための安全性、信頼性、そして求められる真剣さ、プロ意識、表現者としての自覚、創作者としの良識、社会人としての最低常識、こういう諸々の必要条件を常に心に留めて仕事をしてきた。
それが、たとえAV男優だろうと、だからこそのプライドを、たった今踏みにじられたのだ。
やりたい放題、したい放題、好き勝手なだけの無法状態、野放し芝居。
いや、彼には少しもお芝居には見えなかったのだろう。誰ひとり、自分以外のただひとりも真面目に演技してる奴なんていなかった、そこに一番憤慨したのだろう。自分ひとりだけが馬鹿にされた、コケにされた、どうにも収まらない気分・・・。
僕は黙っていた。
彼の言い分を充分承知しつつも、しょせん何もしていなかった僕は黙るしかなかった。
かろうじて彼に義理を立てられていたとしたら、同じレイプ系男優として彼の本音を共有していたとしたら、僕はさっきのイジメにはほとんど加わらなかったことだけだ。
彼等の宴に、そのバカ明るくさえ見えたノリに、僕はどうにも参加出来ていなかった。

けれども僕は、若いスタッフ陣を一方的に批判しようとは思わない。
彼等はチャレンジした。毎度お馴染みのパターンレイプを少しでも変えようと努力してみた。模索していた。
結果は、やリ過ぎに見えただろう、騒ぎ過ぎに見えただろう、出鱈目にしか見えなかったろう。
実際、素人衆のレイプオフ会にしては皆、余裕があり過ぎた。呑気にワイワイやりっぱなしだった。犯罪行為のまっただ中での携帯通話なんて、明らかに悪ノリだった。
しかしどんなにおフザケに見えたプレイであっても彼等は真剣だった。少なくとも取り巻きの汁男陣に比べれば、若手スタッフは皆必死で芝居していた。リアルなレイプの雰囲気を作り出そうと、あれやこれや、奮闘していた。
そのすべてが裏目に出た、とは僕は思わない。映像の上では、編集が加えられれば、案外ウソだろう?を越えた、逆転のリアリズムに到達しているかもしれない。新しいレイプAVの、鉱脈を発見していたかもしれない。
男優氏の確信するリアリズム。
スタッフ陣が追求したリアリズム。
それがズレただけだ。
方向性にいささかの狂いが生じただけだ。
目指す目標は変わらないのかもしれない。
AVならでは、のレイプ。ユーザーを興奮させるレイプ。映像としてのリアルなレイプ。
決して本当にヤバくあっては、いけないレイプ。
最高のエンターティメントとしての、鬼気迫る、モノ本レイプAV。
誰も現実のレイプなんて、見たくない。
安心して楽しめる、ショーとしてのレイプしか、素直な快楽は得られない。
そんな人間性あるユーザー達のために彼等は努力した。精一杯遊んでみせた。男優氏は、業界の先輩として叱ってみせた。
何も出来なかったのは、僕だけだ。
僕にはレイプがAVが、どうあるべきか分らなかったのだ。どう追求していけば、どう確信すべきか、てんで分らないまま、そこにいたのだ。
AVって・・・結局何だ?

リアリズムの問題。
AVだけでもこのテーマは幅が広い。
本番したからセックスか?
イってみせれば絶頂か?
責められ泣いたらMオンナか?
騙してヤれば本気の反応か?
好きに遊べば、現実の快楽か?

所詮は撮影、と開き直るのか。
ギリギリの本物に徹底して、こだわるのか。

やり方は、大きく分けて二つある。
そのものズバリにまかせる放任主義。
巧妙細心な演出による造型至上主義。
昨今の日本映画は前者もどきがやたら目立つ。曰く「自然な演技」「感じさせる芝居」。
要するに役者任せなだけだ。スケジュールやダクションに勝てない御用監督の出世志向から発した、ただの演出力放棄だ。
昔の、オズ、ナルセ、クロサワ、ミゾグチ・・・方法論こそ各人各様だったが、放任主義など一人もいなかった。みんな悪戦苦闘の末に、己だけの演出術を探り当て、どんな役者も鬼のようにその決定した「型」の中に塗り込んでみせた。
そこにこそ計算され尽くした、これ以上なく練り上げられた、本物があった。リアルを超越した劇世界の究極があった。
我々は、映像に何を求めるのか。
無責任なリアリズムか。
完成された、本当の真実か。
AVだって映像だ。
人間の作る、光と影の無限図だ。
無論、巨匠になれるはずはない。そんな条件を与えられることなんて、永久に有り得るわけがない。
ならばこそ、我々はAVをどうするか、AVに何を求めるのか。

それはぶつかるしかない。AVに己を投げ出すしかない。
女優や男優に任せるなら、地獄の底まで放任するしかないのだ。
自分で作り上げたいなら、あらゆる罵声に耐えて鬼にも馬鹿にもなって邁進するしかないのだ。
AVに飛び込むことだ。
ふざけるのなら、死ぬほどフザけてみせることだ。
プライドを主張するなら、狂うまで叫び続けることだ。

たかがAV。
たかが人間。

でも人間は、どこまでも人間なのだ。
AVは、どうなろうとAVなのだ。
人間は人間。
AVはAV。

無になるしかない。
人間がAVになるしかない。AVを、人間にするしかない。
無我の、AV・・・・。

当たり前のことだったろうか。
理屈をこねるより、その瞬間に自分がどう動くか、どんな人間として生きるか、AVを、自分がそうだと思うAVを、今どのよう絞り出そうとしているか、狂い咲いているか、のたうちまわっているか。
それだけなんだ。
AVは、自分なんだ。
自分があれば、そこはAVなんだ。

AVは芸術、AVは文化、AVは商品、AVは、ただのマ●コ・・・・。

何でもいいのだ。
AVは、その人だから。
その人が、その人として、その人であり続けながら作っている限り、それがAVなんだ、その人の、AVなんだ。

AVだけじゃないかもしれない。
映画も、文学も、仕事も、勉強も、性も愛も人生も・・・命も魂も・・・そしてあなたも・・・。
あなたで、あり続けるしかない。あなたで生き続けるしかない。
そうすれば、そうする限り、あなたは、いる。
他の何ものでもない、あなたがそこにいる。

僕もそうありたい。
いつまでたっても一向に徹しきれないが、ロクデナシのままだが、僕もそう祈って生きていきたい。
AVがそれを教えてくれる。
撮影現場が僕を諭してくれる。
出来上がったAVが、僕を導いてくれる。
AV女優が、僕を包んでくれる。
そして僕も、AV男優になれる。

これがAVだ。
僕が生きている、AVなのだ。









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内 容 ニックネーム/日時
あけましておめでとうございます。
新年から興味深いお話しを頂戴しました。
有難うございます。
すずき
2006/01/04 00:56

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