AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

アクセスカウンタ

zoom RSS 新・AVとは何か?

<<   作成日時 : 2006/01/13 19:21   >>

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

しつこいようだが、AVとは何か?
AVとは、まずオンナだ。とにもかくにもオンナの子、ありきだ。
そのオンナとは、何か?オンナとは、どこにあるのか・・・。

去年やっぱりこんな現場があった。
レイプ物。人妻をセールスマンが犯す、ドラマ物。
だが、セリフは多々あるとは言え、リアリティを出すのは芝居の善し悪しじゃない。セリフまわしのうまさじゃない。
女優の本気度だ。いかに女優をマジで怖がらせ、泣かせるかだ。
ところが見事にハズしてくれた。箸にも棒にもかからない性格の女だった。
とにかくヘラヘラしている。さっぱり真剣味がない。
セリフ覚え以前に終始ニヤついている。監督の指示を耳にしながら、もう吹きかけている。
単純に不真面目なのだ。ハナッから芝居なんて無理、表情なんて作れない、本気になんてなれない、そんな態度なのだ。
AVは三本目。ハメ撮りに企画物。ドラマは初めて。
「あたし、カメラがあると駄目なんですよねぇ」
それが女優の言うセリフか?AVで曲がりなりにもギャラもらおうと言う態度か?
もう、最低だった。
棒読みにもなってない、ブツブツ発声。
こちらがどんなに必死で迫っても、どこか笑っているフザケきった顔つき。血管切れるまで気合の芝居をぶつけてやっても、どこ吹く風の、ヨソ見反応。
最悪だった。どうしょうもなかった。監督が気の毒だった。もう帰りたかった。
これもAV。
昔はこんなばっかりで、と空しくやり過ごしながらも、何とかかんとか、ベッドイン。
もはやレイプはおろか、強引にもならないマグロかアザラシ女を、一方的にさえない言葉責めしながらの絡みメニュー。
やるだけやって、サッサとやって・・・と、投げやリモードにまみれつつ、指マン&クンニで多少のアエギは引き出しつつ、こんなもんさ、こんなもんだろ、の挫折派男優に、ふいに渡された電気アンマ。
レイプでしょう?いやいや、これもれっきとした家庭用品。
使わにゃ損々、やるだけ何でも、あの手この手のチャレンジマッチ・・・やけくそ気味だった。ところが何と、それが何と、逆転ギリギリホームランと相成った。

オンナが変わったのだ。
置き物女優が変貌したのだ。
いや、その前のやや荒っぽ前戯でも感じてはいたようだった。激し目の愛撫がお好みの様子と見えた。
ヨダレまみれのお下劣ディープキッス。ほとんどビンタまがいのオッパイ責め。
強引マングリでのケダモノクンニ。突貫工事調の狂速フィンガー。
そこへシュールに現れい出たのが、どこから湧いたか電動アンマ器。
オンナはイカれた。ハード性具で、たちまちトチ狂った。
暴れる、暴れる。
のけぞりまくって、ひっくり返る。
とにかくじっとしていない。痛いか萌えるか、おかしくなるか、眉間皺寄せ、あがいて叫んでのたうち巡り。
押さえ付けるだけで一苦労だった。いきなりの重労働になった。
両足バタバタ、離して、やめての闇雲抵抗。動くなわめくな、おとなしくしてろ、さあさあ、ここからがやっとのモノ本レイプ、嫌がるオンナを無理矢理組み伏せ、マ●コ一筋、怒濤の強制絶頂責め地獄。
オンナはマジで嫌がっていた。本気の抗いで全身を痙攣させていた。
芝居ではない、生々しい表情が肌の底から湧き出ていた。おふざけのない真っ正直な力が僕の加虐に対抗してきた。
狂おしい闘争だった。狭いベッド上でぐんずほぐれつ、僕とオンナは諍い続けた。破廉恥で脳乱な、サバイバルプレイにもがき合った。

そして、そこはAVだった。
最終的にはやっぱり僕が勝ち、オンナをイカせた。イカせまくった。
すると、オンナは泣いた。涙を流して啼いた。
ほんの数分前まで、最も涙なんて似つかわしくないオンナが、真剣に、大真面目に、しおらしく哭いてみせた。
僕はAVを見た。
彼女の予想外の、女の涙に、AVというもののナマの肉体を、僕は見ていた。

なぜイきそうになるとオンナは、泣くのか。
なぜどんな性格のオンナでも、イきかかるとマジになるのか。
イく、という行為と涙。
イく、という意識と真剣さ。
真面目でなければ、オンナはイけない。泣くほど真剣に向かわなければ、本当の絶頂には辿り着けない。
性は遊びではないのだ。ふざけていては、本物の快感から離れて行くばかりなのだ。
今やすべてが遊びの時代。悪い冗談の時代。
ひょっとして性だけが、悦楽だけが、人間を真摯なものに出来る最後の砦ではないのか。
素直な涙を溢れさせる、唯一の聖域。
人はそれをアダルトビデオと呼ぶ。否、AVとしか、呼びえない。
人間はここまで堕落したのか。
いや、むしろ原点に戻ったのか。
人間本来の無垢な魂に。あらゆる雑念も煩悩も洗い流した、非力で繊細な精神に。
人は泣くためにAVと交わるのかもしれない。ヌくためでもヌかせるためでも、イくためでもイかせるためでもなく、AVは溢れる涙と共に存在しているのかもしれない。
泣くことは感動だ、同時に滑稽だ、哀れだ、無力だ、みっともない恥さらしだ、けれど泣くことは間違いなく真実なのだ、真情なのだ、真心なのだ、人間なのだ。

AVとは、何か?
商品でも文化でも、イロモノでも芸術でも、いい。
人は何かに泣く。何かに触れて思わず涙を浮かべる。
それでいいじゃないか。
それだけで充分じゃないか。
僕ももっともっと、泣きながら、生きていきたい。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
新・AVとは何か? AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる