AV落人辻丸の言霊〜殉教録〜

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zoom RSS フェチを呼ぶエゴイズム

<<   作成日時 : 2005/08/20 19:32   >>

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ひとりのAV女優を数人の男優で性感責めするような設定の場合、僕は迷うことなく女の子の顔の側に向かう。僕は顔フェチ、女性の表情フェチなのだ。

サオ師のくせに僕は女性の生殖器にまったくといっていいほど関心がない。あのいささか黒ずんでねじれた、皺だらけの不気味な生肉の奇形、ほとんどグロテスクという印象しか持てない。もちろん自分の男性器にしても、嫌でも見慣れて来た諦観はあるにせよ、今だずっと凝視する気には到底なれないのだが。
だから洋ピンも裏ビデオも駄目だ。何本か手前の出た旧作の無修正流出版を見せられたことがあるが、勃起した自マラがむごたらしい割れ目に埋まって行く様には正直、嘔吐しかかった。
そんな有り様だから、M字開脚という自販機本から延々続くエロの王道ポーズも、てんでズリネタの対象とはならず、その形をとってしまう撮影用正常位、つまり正座状態でアヘアヘ女優を見下ろすピストン体勢などは、たちまち情けなきフニャマラを誘発してしまうばかり。

僕が生まれて初めて女性器を間近で目にしたのが19才の春、場所は3万円ソープだった。でも童貞だった大学生の僕は、お姉さんのかいがいしいサービスにも関わらずとうとうイケなかった。
団鬼六の小説とSM雑誌で己の性に目覚めた僕は、その古典的な官能描写と巧みに股間を隠し切ったレイアウト技術によって、女性には醜悪な部分など一切無し、という純朴な無知に達していたようだ。
お陰で実際の性交ではたちまちの無修正インポ?オナニーでイクという健康的行為さえ21才まで知らなかった遅れすぎの生育ぶりでは、少々取り返しがつかなくなっていたのかもしれない。

こうして哀れなモザイク世代となってしまった僕は、現在に至るも女性器を見たり触ったり舐めたりすることに、なんの興奮も覚えない偏向体質のままなのだ。絡みのメニューに69を加えられるとドッと落ち込む。せっかくフェラチオで元気をもらった我がムスコが顔面直撃の女性器地獄であわや再起不能の宣告を受けるからだ。
女優に大股開きしてもらって、そこを覗き込み、立ち待ちを凌ごうとする同業者を何度か見かけたことがあるが、いやはや完璧に、真似も理解も出来ない自分があるのみだ。

僕なら顔を見る、乳房を見る、肩や太腿や、お尻や指先を見る。
これをフェチと片付けられるのなら仕方がない。顔を間近で見つめながらならセックスも出来るし発射も可能。美乳や、シミひとつない滑らかな体つきなら、その(秘部を隠した)全裸を見下ろすだけで充分満足を得られる。さらに腋の下の清らかさ、細い指の癒しあふれる感触。
羞恥や悦楽に悶える女の表情は至上の魅力だし、肉付きという微妙な膨らみ、凹み、そのラインと張りとで構成された女体の壮観こそ、最も崇高な美の具現。一糸まとわぬ素っ裸と輝く表情こそが、僕にとっては永遠不滅のエロスであるのだ。

男達の手のなかで恐怖と緊張に震える顔をじっくりなぜ、恥辱に耐える閉じた瞳のアイシャドゥに目を奪われ、歪み開きを繰り返すルージュで燃える唇にまさに意識もろとも吸い込まれ、夢のように盛り上がる乳房は我が手の内で豊かに踊り、さらされた腋の危険な誘惑、波打つラインの妖しいくねり、張りわたった腿肉は強烈すぎるセクシャルなたくましさ。
僕は愛液、唾液も嫌悪する(もちろんスカトロ系もだが)。潮噴きなんて、自分に出来ないコンプレックスを抜きにして、過当競争によるキワモノ的見世物以上のなにものも感じない。アナルも論外だ。あの汚染された小穴さえなければバックだって、もっとじっくり堪能することが出来るだろうに。
ヘアさえも完全には納得していない。パイパンならマシ、とはいわないが、腋や腕の無駄毛同様、女性には形よく頭部を彩るつややかな髪の流れ以外、あらゆる漆黒は必要無い。

つまり僕は、もうどうしょうもなく、己のフェチのみでしか興奮を覚えない、性のエゴイストになっているわけなのだ。フェチの環境にいたからエゴイズムに走ったのか。元々エゴイストに生まれたからフェチズムに取り憑かれたのか。それはわからない。
ただ僕にとって生身の女性との自然な接触が乏しかったことによる飢えが、フェチを呼んだことは確かだろうし、イジメや臆病さに対抗するための自己愛、自己肯定が、内向的なエゴイズムにすがったことも否定出来ないだろう。

ここまで読まれた、特に女性の方は、あっさりこうクリックするだろうか。
気の毒に・・・不幸な男・・・かなりの病気・・・・。
しかし僕は言いたい。反論ではなく、あなた方に問いたい。

僕の性がフェチでしかないなら、あなた方の愛と性交だってフェチではないのか。
心で繋がっている?そう思い込むことへの執着。
相手を大事に思う?その思いやりを絶対と、したがるこだわり。
正しい男女の交わり?他を認めない卑小な教育主義。
女性への尊厳?なら男性への尊厳は?好みの顔、自分だけのための性格、安定した収入、問題のない環境、そして自分の生活、あるいは一生のためにその場その場で都合良く生きてくれる、時には死んでくれる、相手の運命。

これってエゴイズム以外の何でしょうか。
こうであらねば、これは譲れない、我慢出来ない、これって大切、こうしてくれるでしょ、これが愛でしょ、こうじゃなきゃわたしじゃない、あなたらしくない・・・。
立派なフェチじゃないですか。たくさんのなかから何かを選ぶ。自分の満足のために選ぶ。フェチじゃないんですか。その根底は、結局エゴでしかないのではありませんか。

フェチというだけで異端扱い。エゴと口にすれば途端に良識を掲げだす欺瞞の全体志向。

僕は過去に4、5人の女性と付き合いました。みんな喧嘩別れに終わりました。彼女達の別れ際の態度は皆こんな風でした。
僕は電話する相手もいないくらい孤独なんだ。あら、電話代がかからなくていいわね。
ひとりで寒いよ。ならストーブつけたら。
なんのことだい?自分の胸に聞いてみることね。

とても大切に思ってる。会う度に好きになっていく。ほかに何もいらなくなるくらい。
ほんの半月程前、こんな言葉をくれた彼女たちが、です。

もちろん僕のせいです。僕の不甲斐なさ、冷たさ、身勝手さのせいです。
でもそれだけでしょうか。本当に僕だけの責任、僕だけが彼女達の純愛を壊した原因、そうなのでしょうか。
僕は認めません。まだ生きている限り、僕はひとりで罪を背負いません。
彼女達は一度は僕を選び、また僕を選ばないという選択をした。自分のフェチに叶った相手と僕を想い、そうではないと気付いて僕を捨てた。なによりも自分のフェチです。絶対なのは、自分だけのためのエゴイズムです。違いますか。

今日書いてしまったことは、すべては僕のコンプレックスでしょう。
こんなことを臆面もなく書いたりしたら、もう誰も訪ねてきてもらえなくなるかもしれない。
しかし持たざる者が必死でなりふり構わず、どうして?!と叫ぶことがそんなに愚かでしょうか、みじめでしょうか。
そうするしかない、どうしょうもなくそうしてしまう、それもその人だけの生き方です、たったひとつの魂の軌跡です、僕の人生です。
それを選んだのが僕のフェチであり、エゴであるのなら、僕のような人間を寄ってたかって潰してしまおうとする人たち、それも彼等のフェチです。エゴイズムです。僕はそう思います。

僕みたいな人間は本当に僕だけですか。
あなた方の周りにはいないのですか。
あなたは、絶対に、違うのですか。
僕は信じません。









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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんわ

私は今不倫をしています。もう半年かな・・・。
前の彼とH無しで4年。それでもいいと思った私、でもダメだった。
我慢できなかった。

それって、私のわがままでしょうか・・・。
きらら
2005/08/20 22:14
こんばんわ。焼け付くような日ざしです。よく眠れません。
前の彼と別れたのは決してセックスだけのせいでは、ないはずです。あなたのせい、だけのはずがありません。
ひとは誰でもわがままです。それを認めないひとこそ愚かです。
あなたは自分を責め、でもまた不安定な関係に身をやつしている。でもそれもあなたの選んだこと、その迷いと自分の弱さを見つめられるあなたに、誰も意見がましいことは言えません。
わがままは罪ではありません。自分の心だけに真摯に向かい合って下さい。
寂しいのですか。
今をどう感じてますか。弱くてもいいから自分のために生きてみて下さい。
すいません。
辻丸耕平
2005/08/21 10:26

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